孤高の人 第二章 展望 [#地から2字上げ]新田次郎     第二章 展望      1  大正十五年十二月二十五日、大正天皇が崩ずると同時に、改元の詔書が発布されて、昭和と決定された。 [#ここから2字下げ]   詔 書 |朕《チン》皇祖、皇宗ノ威靈ニ|《ヨ》リ大統ヲ|承《ウ》ケ萬機ヲ|總《ス》フ|茲《ココ》ニ定制ニ|遵《シタガ》ヒ元號ヲ建テ大正十五年十二月二十五日以後ヲ改メテ昭和元年トナス |御名御《ギョメイギョ》|璽《ジ》  大正十五年十二月二十五日 [#ここで字下げ終わり] [#地から2字上げ]各大臣副署  その日は土曜日だった。  加藤文太郎は、大正天皇崩御の号外を手にして、関東大震災の日も土曜日で、やはりこうして号外を手にして神戸の町を歩いていたことを思い出していた。関東大震災の日は天気もいいし、暑かったけれど、この日はひどく寒い日であった。  大震災の号外を手にしたときも、加藤は、そのあとに来るものについてなにか大きな不安を予想した。その社会不安は、あれからずっと、じわじわとおしすすめられていた。不景気はますます、深刻になっていき、失業者は|巷《ちまた》にあふれ、ストライキは各所におこり、労働者の声は政府を揺すぶるようになっていた。資本主義政党はこれに対して、護憲三派内閣を組織することによって、無産者運動、労働運動にようやく注視しだした国民の|眼《め》をそらそうとはかり、さらに普選法施行によって、大衆運動にアメをしゃぶらせ、その一カ月後には治安維持法をつくり、民衆の政治的進出をおさえつけようとした。治安維持法は間もなく、その法力を発揮し、大正十五年、京大生三十八名は同法で起訴され、即日結社禁止となった労働団体もあった。この弾圧法に抵抗するかのように各地で大規模なストライキが起ったが、その労働運動自身にも、分解作用がおこり、労働農民党は社会民衆党、日本労働党、労働農民党に分裂した。  加藤文太郎は労働問題には直接関係してはいなかったが強い関心を持っていた。会社を追放された金川義助がその後どうなったかは分らなかったけれど、おそらく|強靭《きょうじん》な神経を持った金川義助のことだから、どこかで、運動をつづけているような気がしてならなかった。  大正が昭和に変ったことは、なにかそこに新しいものが期待されたけれど、すぐ、加藤は、新しいものが、大正時代より更に暗いもの、つまり、大正から昭和への移行は、暗転でしかあり得ないように考えると、見るもの聞くものすべてが、|憂《ゆう》|鬱《うつ》に思われてならなかった。  憂鬱は昭和二年を迎えてもつづいていた。会社全体の空気は沈滞しつづけていた。一時よりは静かになっていた、|馘《かく》|首《しゅ》の|噂《うわさ》が、ひそかに、そして、ものすごい速さで神港造船所の中をかけまわり、首切りが始まった場合、それにいかなる方策を|以《もっ》て対処するかについて、組合幹部が研究しているという噂や、その幹部の動向を会社が、探知しようとあせっているなどということが、ほんとうらしく伝えられていった。そういうニュースをいちはやく加藤のところへ持って来るのは、村野孝吉だった。 「こんどこそ、会社は首切りをやるらしい。だが、おれたちは大丈夫だ、月給安いからな」  村野孝吉はそんなことをいった。  三月になったころ、加藤は浜坂の兄から手紙を|貰《もら》った。父が急病だから帰って来いという手紙だった。文面は簡単だったが、なにか父の身辺に容易ならぬ|災《さい》|禍《か》が見舞ったように思われた。加藤は土曜日一日の休暇を取って、金曜日の夜、汽車に乗った。  加藤の父の病気の原因をなすものは、加藤が大正から昭和と改元されたとき予感した|杞《き》|憂《ゆう》が、杞憂ではなかったことの証明のようなものであった。  台湾銀行、第十五銀行の破産に端を発した金融|恐慌《きょうこう》は日本全国に波及し、加藤の父もまたその被害者のひとりにならねばならなかった。加藤の生家は、網元であり、彼の父は浜坂では知名人の一人であった。金融恐慌は、加藤家の土台をゆすぶった。加藤の父は、その心労で倒れたのである。 「おれは銀行を信じていた」  加藤の父は低い声で、文太郎にそういった。大きな声を出してもいけないし、興奮してもいけない、そういうふうな環境に持ちこむことが一番いけないのだと医者に言われていても、加藤の父は、彼が最も|可愛《か わ い》がっていた、文太郎にその愚痴をいったのである。文太郎は黙って聞いていた。 「銀行が信用できないようになったら、日本はおしまいだ」  加藤の父は、そのひとことに、日本政府に対する|万《ばん》|斛《こく》の恨みをたたきつけているようだった。しゃべるだけしゃべると、父は眠った。  加藤の兄が、文太郎をかげに呼んでいった。 「お父さんは、お前にやろうと思っていた山林が、銀行倒産のあおりを食って人手に渡ることになったのを、ずいぶん気にしているようだ。それだけではないが、少なくともお前を呼んだのは、そのことをいいたいためなんだ」  兄のいったとおり、文太郎の父は、ひとねむりして起きると、そのとおりのことをいった。 「お前にやるものはなくなったかわりに、おれはお前に、いい嫁を探してやる。いい嫁を探すまではどんなことがあっても死ねないぞ」  文太郎は、そういう父の眼が、まちがいなく、その約束を果すだろうことを疑わなかった。  文太郎は父の眠った折を見計らって町のはずれの|宇《う》|都《づ》|野《の》神社へでかけていった。裁判所の前をとおり、学校の前を通って、坂道を登りつめたところに神社があった。  加藤はここが好きだった。ここからは町が一望のもとに見え、岸田川の河口からひろがる浜坂の湾が見えた。  加藤はこの石段を登りながら、子供のころ、この石段をなんべんとなく登ったことを思い出した。いつもひとりだった。加藤は、なぜこどものころ、こんなところにひとりでかけ上って来たのだろうかと、その理由を考えながら、ふと、彼は、たいして意味もなく、神戸の高取山へ登っていたのは、つい二、三年ほども、前だったのに気がついて苦笑した。 (だがいまはちがう。今は、ヒマラヤという目標があるのだ)  加藤がそう自分にいい聞かせていると、すぐ近くで子供たちの騒ぐ声が聞えた。今も昔も変りなく、ここはこどもたちに愛されているのだなと、ちょっとこどもたちの方に眼をやってから、神社の裏に|廻《まわ》り、こどものころよじ登った松の老樹に触れた。こどもたちの声は遠ざかり小鳥の声が聞えた。加藤は、お前が嫁を貰うまでは生きているといった父のことばを思い出した。 (おれがヒマラヤへ行って帰って来るまでとなるともう十年はかかる)  加藤は大変愉快になった。嫁を貰うまで父が生きていてくれるなら、嫁を貰わないほうが親孝行になるのだ。  加藤はもとにもどると、もう一度海を見た。|汀線《みぎわせん》は白く、弧をえがいていた。海の色は、まだ当分春のおとずれを見合せているかのように灰色ににごっていた。  石段を下りかけると、つい走りたくなる。|膝《ひざ》|小《こ》|僧《ぞう》が笑うのだ。かけおりたい気持をおさえながらおりていくと、石段の途中で十歳ぐらいの女の子がひとり、鼻緒の切れた|下《げ》|駄《た》を片手にさげて、しょんぼり立っていた。その少女を置いてきぼりにして逃げた、年上の女の子たちは、石段の下で、顔をそろえてその少女の災難をからかうように見上げていた。 「どれ、こっちへよこしなさい、ぼくが鼻緒をすげかえてやろう」  少女は、どうしていいやら困った顔で、加藤の顔を見詰めたままだった。つぶらな澄んだ眼をした少女だった。泣いてはいなかったが、いまにも泣きそうになった眼をそのまま加藤にむけていた。  どれ、といって加藤は少女の下駄を取ると、彼の腰にさげていた|手拭《てぬぐい》をやぶって、鼻緒を立ててやった。 「さあ、これでいい、履いてごらん」  少女はにっこり笑って、その赤い鼻緒の下駄を履くと小さな声で、やはり恥ずかしいのか、小首をかしげてありがとうと言った。  加藤はこの美しい眼の少女と、神社の参道であったことが、久しぶりで故郷に帰ったなによりの収穫のように考えていた。  少女は元気よく石段をかけおりて、彼女を置きざりにして逃げた年上の少女たちのあとを追っていった。 「名前を聞いとけばよかったな」  加藤はころがるように、石段をかけおりていく少女のうしろ姿に眼をやりながらつぶやいた。 �海の見える|館《やかた》�からは海はよく見えたが、館というほどの建物ではなく、ごく平凡な、二階建ての古びた商館ふうの建物だった。かなり前に建てられたものらしく、ペンキははげ、持主はかわったが、もとここに、英国の大貿易商がいたという伝説だけは残っていた。階上も階下も、いくつかのこまかい部屋に分けられ、貸し事務所になっていた。こうした建物がところどころに見受けられるのは、やはり神戸という港町の持つ特徴のひとつであろう。  海の見える館という名称は最初この建物を建てた英国人がつけたもので、今では館ビルと呼ばれていた。ビルディングとはおよそかけちがった建物だけれども、海の見える館より、館ビルの方が貸し事務所として、利用価値があるものと、この所有者は考えて、名前を変えたものと思われた。  神戸登山会の事務所は館ビルの二階にあった。神戸登山会事務所の小さな看板がかかげられてその横に梅島貿易株式会社と書かれた金看板がかかげられていた。神戸登山会は、会長梅島七郎の事務所と同居した格好になっていた。 「神戸登山会の発展策として、まず考えられることは若手の優秀なメンバーの獲得であり、それらのメンバーをできるだけ早くリーダーに仕上げて、実績をつくることだ」  岩沼敏雄は神戸登山会の拡張発展について力説していた。会を維持するためには、たえず新入会員を受入れねばならないし、新入会員が集まるように、|或《あ》るていどの会としての業績を作らねばならないと考えていた。当然なことだったから、|誰《だれ》も反対するものはなく、具体策として、岩沼敏雄がなにを持ち出すかだけをじっくり待っているようだった。 「関西には人材はいくらでもいる。この神戸にだっている。この間、東京へ行ったとき、明正山岳会の北森大四郎に会ったとき、彼が地下足袋の加藤って知っているかと聞くんだ……」 「加藤文太郎のことかね」  神港山岳会の中条がいった。 「そうだ加藤文太郎のことだ、北森大四郎は、加藤と|燕山荘《つばくろさんそう》でいっしょに泊ったことがあるそうだ。加藤の歩き方を燕山荘の赤沼千尋さんが見ていて、喜作とそっくりだといったそうだ。かもしかの喜作のように足が速いのと、用意のいいのをほめていたそうだ」  岩沼敏雄は、北森大四郎から聞いた話を自分が見て来たように話した。いささか誇張が加えられていたけれども、話としては|面《おも》|白《しろ》いし、翌朝、明正山岳会を、みごと出し抜いたあたりになると、関東を代表する一つの山岳会を相手取って、加藤が関西の山岳会を代表して戦ったかのごとき語気さえ感じられた。 「地下足袋の文太郎についてはおれも聞いた」  |摩《ま》|耶《や》|山《さん》|岳《がく》|倶《ク》|楽《ラ》|部《ブ》の会員の能戸正次郎がいった。 「また聞きだから、真相は分らないけれど、加藤は燕山荘を朝|発《た》って、十二時に|槍《やり》ヶ|岳《たけ》の頂上に登り、中岳、南岳、北穂と、あの|岩稜《がんりょう》を通って、穂高小屋には、まだ明るいうちにつき、その翌日は奥穂から前穂を朝食前に往復して西穂をやって上高地へ下山している」 「相当な足の速さだな、それでは|眺《なが》めるなんてひまはないだろう、ただ歩きに歩いたってところだね」  その批判に対して能戸正次郎は、 「それが、ただ歩くだけではなかったらしいんだ。彼は歩く行程中に含まれている山のいただきには必ず立寄っている。槍ヶ岳の頂上には小一時間もいて、じっと考えこんでいたらしい」  そうだとすれば、その記録は、いかに夏季だといっても、速すぎるようだという批判が、あっちこっちから出た。 「加藤文太郎の歩き方を見ていた、槍ヶ岳肩の小屋の穂苅三寿雄さんは、足の速すぎるのが、欠点にならねばいいがといっていたそうだ」  しかし、信じられないなあという声が起ったとき、神港山岳会の中条が、 「いや、おそらくそれは本当だろう」  と前置きして、加藤が冬の神戸アルプスを|須《す》|磨《ま》から|宝塚《たからづか》まで完全縦走したその足で宝塚から|和田岬《わだみさき》まで、たった一日で踏破した話をした。 「それは人間|業《わざ》ではない、まさに|天《てん》|狗《ぐ》だ」  と岩沼敏雄は彼としては最大級な|讃《さん》|辞《じ》をはなって、 「そういう男こそ、われわれ神戸登山会のメンバーに望んでいた人じゃあないかな。中条さん、その加藤を神戸登山会へ入れようじゃないですか、関東の登山界の名門、明正山岳会の北森大四郎をびっくりさせた男だ、その加藤が神戸登山会に入れば、会の名はあがるだろうし、やがては関西の山岳会が統合された場合、関西を代表する男として売出すのにも好都合だ」  だが中条は首を横にふった。 「だめでしょうね、たとえ加藤を、入会させることに成功しても、加藤はメンバーにはなり切れないだろう」 「それはどういうことなんです」  岩沼敏雄はむっとしたような顔でいった。 「加藤は彼の会社の山岳会、つまり神港山岳会にも籍を入れてはいないんだ。彼はあまりにも、われわれとかけはなれ過ぎているのだ」  中条は加藤文太郎の一面を説明するために、いつか、六甲山のいただきで見た加藤の歩きっぷりを語った。 「しかし、加藤にしても、ひとりで山歩きをしているのは|淋《さび》しいだろう。たとえ、けたはずれの超人であっても、どこかの山岳会に名を連ねているということは、それなりに意味があるじゃあないか」  岩沼敏雄はあくまでも加藤を神戸登山会に引っぱりこむことを主張してやまなかった。 「外山三郎さんと藤沢久造さんに相談したらどうだろうかね、加藤文太郎のことは外山さんが一番よく知っているし、外山さんを通じて、藤沢久造さんも知っているはずだ」  中条は、その話にはもうあきらめかけたような低い声でいった。 「話すまでもないことだよ、加藤文太郎のことは、藤沢さんから聞いている」  それまで黙っていた、神戸登山会の会長の梅島七郎が口を出した。 「加藤を無理に山岳会へ引張りこむようなことはしない方がいい。それよりも、加藤にはただ山を歩き|廻《まわ》るばかりではなく、歩いた記録をなにかに発表するように、外山さんを通して話した方がいい」  梅島七郎はけっしてはや口ではなかったが、一言一言を|噛《か》みしめるような確実さで話し出した。 「大正から昭和に年号が変るとともに、われわれの山に対する考え方も変えねばならないのだ。従来、登山はいうなれば貴族階級か大学山岳部の|独擅場《どくせんじょう》だったのが、その後普遍性を増し、いまや登山は大衆のものとなっている。社会人の登山、つまり、社会生活を基礎とした登山でなければ、登山とはいいがたい傾向になっていきつつある。いいことだと思う。社会人の登山ならば、なにも、発展などということをそれほど気にすることはないと思う。登山の好きな者たちが寄り集まって山へ行き、記録を書き、また山へ行く、それだけでいいのだ。まして、関西の山岳会を統合して、関東の山岳会と対抗しようなどという意識を持つものがあった場合は、そのこと自体が山を|冒《ぼう》|涜《とく》することであり、自らを傷つけることである。さっき話に出た加藤文太郎にしても、彼が神港造船所の技手という肩書きの一般社会人だから、彼の足の速さが問題にされる価値があるので、彼が、時間にも金にも恵まれている男だったら、彼の存在価値もないのだ、そういう考え方で、今後、神戸登山会もやっていきたいと思っている」  梅島七郎の演説は消極的に見えた。岩沼敏雄は、あきらかに不満を現わして、いくらか紅潮した顔を、横にそらしながら、やや|捨《すて》|鉢《ばち》的に、 「だが関東の山岳会は、われわれ関西の山岳会に対して、いたるところで|挑戦《ちょうせん》的行動を取っているように見えますよ」  岩沼敏雄は窓から見える海に向っていった。岩沼の視線の先に夜の神戸港が見えた。光が海と陸とを区別し、海の上では一団の|灯《ひ》が、寄ったり離れたりしていた。 「それが偏見というものだ、きみがそういう考えでいれば、そう見えるだけのことだ、ばかばかしい」  梅島七郎は最後のことばで岩沼敏雄をおさえつけておいて、 「それにしても、加藤文太郎という男に一度会ってみたいものだ」  といった。 「あまりいい印象は受けないかも知れませんよ、とにかく、彼は相当変っていますからね」  中条のひとことは、加藤に対して、好感を持っているとは考えられぬいい方だった。  加藤文太郎は|無聊《ぶりょう》の毎日を過していた。少なくとも彼にとってその日その日は無為に感じられた。設計補助の仕事は半年もやれば|馴《な》れてしまって、あとは上からの命令どおりに動くだけでよかった。仕事は単純であり、変化は乏しく、同一種類の仕事を続けてさせようとする会社の意図は|明瞭《めいりょう》であった。少なくとも、飛躍的な構想を持った、まとまった仕事は、|彼《かれ》|等《ら》には与えられず、大きな機械のごく一小部分を、ていねいに図に引いている日が多かった。  加藤はそういう仕事に別に不平を持っているのでもなければ、いやだとも思ってはいなかった。ただ、|生涯《しょうがい》をぶちこむ仕事としては、なにかたよりないような気がしてならなかった。なんでもかんでもやってみたかった。一カ月も二カ月もギアーばかり描かされたりするのは退屈だった。彼は、ありとあらゆる部品図を描いてみたかったし、それらの部品が総合されて動く、船という巨体そのものを設計したいという望みをけっして捨ててはいなかった。一つのまとまったエンジンの設計はできないにしても、その一小部分でもいいから、彼の創意を入れる余地のある仕事がしたかった。  それは加藤に限らず、研修所を卒業して、ひととおりの仕事を覚えた若者たちを訪れる一種の|倦《けん》|怠《たい》|期《き》でもあった。実はこの倦怠期こそ、優秀な設計者となるべき、|研《けん》|鑽《さん》の舞台であり、それに気がつくものは、仕事中に自ら疑問を発見し、その疑問解決に先輩の|智《ち》|恵《え》を借りて、一段一段と階段を登っていくのであった。  加藤文太郎の倦怠期は、同級生よりも早く訪れて早く解消した。その動機となるものは、海軍技師立木勲平の来訪だった。  |或《あ》る日立木勲平は、内燃機関設計部の中で講演をやった。その日は仕事を一時間早く切りあげて、内燃機関設計部全員がこの講演を聴きにいった。  海軍技師立木勲平は背広服のままだった。最近ヨーロッパの視察から帰ってきたばかりだというのに、それらしいそぶりは見せず、全体的には粗野な感じを与えているのが、かえって聞き手に好感を与えた。  立木勲平は主としてディーゼルエンジンについて講義をした。ディーゼルエンジンが|如《い》|何《か》に効率のよいものであり、近い将来には、あらゆる機械がディーゼルエンジン化する可能性があるという話と、そのディーゼルエンジンについては、今なお研究の余地が充分あり、各国が競ってこの研究に当っていることを話した。 「たとえば、燃料を噴射するノッズルの機構一つを取ってみても改良の余地は無限にあるのだ。いま私が、ここでこうして講演している間に、新しいノッズルがどこかの国の一技師によって発明されているかも分らない」  彼は講演を終った。  立木勲平の最後のひとことが加藤文太郎の胸を|衝《つ》いた。誰かがどこかで研究している。そういう研究ができればすばらしいものだと思っていた。  加藤はそのまま下宿に帰らず、設計室に帰って、彼の設計台の前に|坐《すわ》った。ここで、あの新しいディーゼルエンジンの設計ができたらいいなあと思うと、急に、その新しい機械についての知識を吸収したくなった。庶務係員の田口みやがひとりで机の上を整理しているだけで広い設計室には誰もいなかった。 「会社の本が借りたいんだ」  加藤は田口みやにいった。会社には備えつけの図書があった。また、各部にも、若干の必要図書が置いてあった。本の管理は田口みやがやっていた。 「なんの本ですか」 「ディーゼルエンジンの本が読みたい」  田口みやは加藤のいったとおりのことを紙に書きとめた。  歩き出すと彼の足は速かった。  池田上町の下宿まで来ると、サンマのにおいがした。秋が来たなと思った。  彼は、下宿の多幡てつが用意してくれた夕食の|膳《ぜん》にひとりで坐って飯を食べた。病的なほど青い顔をした、孫娘の美恵子は見当らなかった。加藤はいつも無口だったから、多幡てつも、加藤には、|強《し》いて話しかけようとはしないのだが、その夜の多幡てつは、やや|饒舌《じょうぜつ》であった。うれしいことがあったようには見受けられないけれど、どこかに落ちつきをかいていた。気にかかることがあるのだなと加藤は思いながら多幡てつの顔を見ていると、彼女は、しきりに二階を気にしているようだった。二階に誰かいるなと思った。すると、となりの開かずの間が開けられて、そこに誰かが居ることになる。食事の終りごろ、二階から美恵子がおりて来て多幡てつになにか言おうとしたがやめた。美恵子は黙って加藤におじぎをした。美恵子の眼の中には加藤を警戒するようなそぶりが見受けられた。 「二階にお客様が来ているんです。東京の|親《しん》|戚《せき》の人でね、二、三日泊ってから帰る予定ですから、よろしく」  その、よろしくは、なんとなくおかしな響きに聞えた。となりの部屋に誰が来て泊ろうがおれの知ったことではないと加藤は思った。加藤は二階の部屋に上って新聞に眼を通してから、外山三郎から借りて来た山の本を読み始めた。十時を打つまで隣室ではことりともしなかった。  十時きっかりに加藤は読書をやめて、山行きの支度を始めた。いつもどおりの古びたナッパ服に、ハンチングをかぶって、外山三郎から借りた本の中にあった簡易テントに似せて、彼自身が、針と糸で縫い上げたテントを抱きかかえると、一度は玄関におりて、そこで地下足袋を履き、ゲートルを巻くと、懐中電灯をつけた。玄関の上りかまちの下に号外のような新聞が一枚落ちていた。彼はそれを拾ってポケットに入れると、家人には、別にことわらず、一たん玄関を出てから、|身体《か ら だ》をななめにしてやっと通れるような、壁と壁の|隙《すき》|間《ま》を通り抜けて狭い庭に出た。名ばかりのような泉水には幾年も前から水が|涸《か》れたままになっているらしく、青ごけが生えていた。庭の|隅《すみ》に、その貧弱な庭には不相応なほど大きな枝ぶりのいい、|楠《くすのき》があった。加藤はその木の下に、彼のねぐらを作った。ルックザックの中から一枚のシートを出すとそれを|尻《しり》の下に敷き、木の枝に自製の簡易テントを|吊《つ》りさげるように引懸けて、その中で、|膝《ひざ》を抱くような格好で眠りにつこうとしてから、ふとさっき玄関で拾った新聞の号外を思い出して、懐中電灯を当てた。無産者新聞と書いてあった。加藤はなにかたいへん悪いものを拾ってしまったように、それをもとどおりたたむと、懐中電灯を消して、そっとテントのすそをまくって二階を見上げた。  隣室からは電灯の灯が|洩《も》れていたが人の気配はなかった。加藤は無産者新聞を玄関で落したのは、二階の人に違いないと思った。そんなことはどうでもよいことだったが、加藤には、隣室の人と、家人とのわざとらしい関係に妙に暗いものを感じていた。やがて加藤はテントの中で眼をつむった。そのかがんだままの姿勢は苦しい姿勢だったし、明け方になるとけっこう寒かったが、彼はそういう姿勢ですぐ眠りつくことのできる練習をしなければならないと思っていた。かがんだままの姿勢でいるよりも虫のようにちぢこまって横に寝るほうが楽だということも彼は知っていた。そういう実験と訓練について下宿の多幡てつは、あきらかに|軽《けい》|蔑《べつ》を含んだ眼でもの好きだと呼んだ。なんといわれようと加藤は、それを|止《や》めようとはしなかった。そんなことをやれと書いてある本はどこにもなかったし、すすめる人もいなかったが、加藤は彼の山の経験から、眠るということがいかに必要であるかという点から割り出した彼特有の試練の方法だった。  そういう格好で一週間野宿すると、疲労を感じて来る。そうなれば野宿はやめて下宿の二階で寝ることにしていた。どうしても、野宿をしなければならないというふうに、きびしく自分を責めてはいなかった。彼は下宿で|布《ふ》|団《とん》の中で寝ることも、庭で膝小僧を抱いて眠ることも、寝ることにおいては同じであり、どっちにしても、そう苦にしないで眠れるように努力していたのである。  翌朝、彼は眼を覚ますと、テントをたたんで、玄関へ引揚げると、ゆうべそこで拾った無産者新聞を、まえのところにそっと置いた。 「物好きですね加藤さんは」  多幡てつは、いつものことをいつものようにいった。加藤は、それにはことさらに答えず、飯を食い終ると、さっさと会社へでかけていった。  会社につくまで無産者新聞という五つの文字が彼の頭の中にあったが、会社の門をくぐるともうそのことは忘れていた。  彼の部屋には田口みやが出勤していた。ほかには|誰《だれ》の姿も見えず、広い部屋に、いやに、ぎょうぎょうしく、製図板が並んで見えた。  加藤は彼の机の前に坐った。  製図板の隅に一冊の洋書が置いてあった。背文字を読むと、�ディーゼル機関の構造�と英語で書いてあった。  加藤はその本を取ると、すぐ庶務係の田口みやのところへ引返していった。 「この本はどうしたんですか」  加藤は大きな声でいった。 「きのう、加藤さんが帰ったあとにいらっしゃった影村さんが……」  田口みやはよけいなことをしたことをわびるようにひょこんと頭をさげた。 「影村さんが、この本をぼくに貸してくれるっていうのだね」 「そうです、その本は影村さんが、加藤さんの机の上に置いて帰られたのです」  加藤は、自分の机に帰って坐ると、洋書のページを繰った。知らない英語の単語ばっかりだったが、図や写真が多いから、辞書を引きながら読めば読めないこともないと思った。田口みやが、加藤がディーゼルエンジンの本を読みたいといっていることを影村技師に伝えたのだと思った。その親切よりも、影村の好意を、どう解釈していいか加藤には分らなかった。加藤は、単純にはだまされないぞと、自分の心に言いきかせて、すぐ、しばらくは黙って模様を見ようと思った。ページを繰っていくと、次々と図や写真がでて来る。ノッズルという章にぶっつかった。加藤は食い入るように、本の図に見入っていて、影村に肩を|叩《たた》かれるまで知らなかった。  影村は笑っていた。      2  会社の門を出たときから加藤は、なにか異様なものを感じていた。いままで一度も、つき合ったことのない酒宴にのぞむのだから、異様だというのではなく、同期生たちにかこまれて歩いていることに、なんとなく圧迫を感じ、それが異様なものとなっていたのである。同期生ばかりであり、しょっちゅう会社で顔を合わせている連中だったが、彼等全体が加藤ひとりを意識しているようであり、その証拠には、彼等は、前後左右から加藤を取りかこんでいた。 (おれが逃げるとでも思っているのか、ばかな)  加藤は心の中で笑った。今夜は例年の忘年会とは違うのだ。今夜は金川義助が出席するのだ。だから、加藤、お前は出席しなければならないぞと誘ったのは田窪健であった。金川義助が神戸にいるのかと、加藤はおうむがえしにいった。会いたかった、研修所の卒業を前にしてやめた金川とは、かれこれ四年も会わないことになる。なつかしかった。 「金川はいまなにをやっているのだ」 「労働運動をやっているらしい」  田窪はそれ以上言わずに、加藤から会費を受取ると、じゃあ今夜一緒にいこうぜ、と別れたのである。  ひどく寒い夜だった。暮近いせいもあって、眼に触れるものがすべて、あわただしく、こせこせと、逃げ|廻《まわ》っている人間のいとなみに見えた。 「金川はほんとうに来るだろうな」  加藤文太郎は、彼と肩を並べている村野孝吉に言った。 「ああ来るよ、来ないことがあるものか、なあ」  村野は、彼の前を歩いている、同期生の肩を叩いた。その村野孝吉のなあが、加藤には、へんに思われた、来るなら来るでいい、なあといって、他人の同調を求めるのは、いかにも自信のないやり方に見えた。加藤は村野の挙動から、ひょっとすると、同期生たちは、自分をかついでいるのではないかと思った。金川が来るなどということは|嘘《うそ》で、彼等は加藤を引張り出すための口実に金川を出したのではないかと思った。  一行が、料理屋の前に来たとき、おい、とうとうここまで来たぞ、と北村安春がみんなに聞えるようにいった。それに同調するように幾人かが笑った。加藤はそれを聞いたとき金川義助は来ないのだと思った。金川義助を持ち出したのは、加藤を引張り出すためであることは、わかったけれど、それまでしてなぜ彼等が、自分を忘年会へ引張り出したいのか、加藤にはわからなかった。  加藤は腹をすえていた。ここまで来て逃げるつもりはなかった。加藤は|靴《くつ》を脱いだ。そして、その靴が、そこに並べられている、同期生たちのどの靴よりも、はき古されたものであり、自分ひとりがナッパ服のままでいることも自覚した。少しも、それが恥ずかしいこととは思わなかった。靴が古びているのも、背広服を買わずに、ナッパ服でいるのも、すべてヒマラヤという目標のためだと思えば、なんともなかった。他人が、それについて、なんと考え、なんと批判しようが知ったことではないと思っていた。  加藤は上座に坐らされた。そういう配置から考えても、友人たちが、加藤に対して、なんらかの意図を持っており、この忘年会はただでは済まされないように推測された。  床の間には大きな木彫りの大黒があった。それを背にして、あぐらをかいた加藤文太郎の前へ、同期生が、つぎつぎとやって来て酒をついだ。加藤は酒を飲めなかった。飲めないのではなく、飲もうとしないから|下《げ》|戸《こ》扱いにされていることも自分でよく心得ていた。加藤は飲めと、強くすすめられると|盃《さかずき》を、まるで、薬でも飲むように|唇《くちびる》に当てて、すぐ下におろした。 「飲まないか」  と同期生がいった。 「飲めないんだ」  加藤はそう答えて、にやにやと、笑うだけだった。忘年会へ、金川義助がいるといって無理に引張り出されたことなんか、少しも根にもっていないふうだった。 「悪かったな加藤」  村野孝吉は、さすがに、そのことを気にしているらしく、加藤の隣の席で、そういった。 「な、加藤、たまにはつき合いもしなければなるまい、いろいろとへんな|噂《うわさ》が立つからな」  村野がへんな噂といったことがなんであるかが加藤にはすぐわかった。かなり酔った同期生のひとりが、加藤の前へ坐っていった。 「おい加藤、きさま金をためてるそうだな。電車にも乗らず、背広も作らず、酒も飲まず、一生懸命金をためているそうだが、そんなにまでして金をためてなににするのだ」  加藤は黙っていた。こんな|奴《やつ》にヒマラヤ貯金のことなんか話してもわかるはずがないし、説明したくはなかった。貯金のことは誰でも知っているらしいが、その目的は誰も知らないのだ。外山三郎でさえも、貯金の目的については知っていないのだ。加藤は貯金のことが他人に問題にされはじめたことがむしろおかしくてたまらなかった。 「おい加藤、人生は短いんだ。せいぜい楽しく遊ぼうじゃあないか。けちけち金をためて、なんになる。それよりも、その金で女でも抱いて見ろ、いいぞ」  そういった男がいた。  つぎつぎと同期生たちが来て、同じようなことを言って去るのは、|彼《かれ》|等《ら》が、加藤に対して、平凡なつきあいをすすめているようであり、また、加藤の貯蓄が、単なる|吝嗇《りんしょく》から来るものと解釈しているようでもあった。しかし、同期生たちは、|執《しつ》|拗《よう》に加藤を困らせようとはしなかった。そのうち、加藤は、ひとりぼっちにされて、赤い顔をして、友人たちが、踊ったり、歌ったり、大きな声でいい合いをしたり、それを止めに入った男が、そこで口論を始めたりといった混乱の中にひとり取り残されたように坐っていた。 「いいところへ行こうじゃないか」  と誰かが立上っていった。 「そうだ、いいところへ、今晩はお客様を案内しようじゃあないか」 「そうだ、加藤、いいところへ案内してやるぞ。きさまも、徴兵検査はとっくに終っているんだ。童貞なんか早いところ捨ててしまえ。そうすることが男としての躍進なんだ」  加藤のまわりを、数人の男たちがとりかこんだ。わっしょ、わっしょという声が起った。加藤は料理屋を、友人たちの|喊《かん》|声《せい》とともに出ながら、ここまで、ちゃんと、計画されていたことに、驚くというよりも、|或《あ》る種の|嫌《けん》|悪《お》を感じはじめていた。くどすぎるなと思った。しかし加藤は、別にあばれもせず逃げ出しもせず、彼等が|宵《よい》のネオンの町の中を、あっちによろけ、こっちによろけ、同じような風体の若者たちと声を交わしたりしながら、|巷《ちまた》へ踏みこんでいくなかに|呑《の》みこまれたままについていった。  福原|遊《ゆう》|廓《かく》については加藤はいろいろと耳にしていた。しかし、そこへ足を踏みこんだのは、その夜が初めてであった。加藤を前後左右から取巻くようにして、やって来た同期生たちも、その町だけが作っている一種異様な陰湿な|雰《ふん》|囲《い》|気《き》に、行手をはばまれたように、いままでほどの元気はなく、加藤をどこかへ連れこむことよりも、彼等自身の目的が表面に出て来たらしく、ほとんど同じような店がまえの、窓に並び立てられている、女の写真を|覗《のぞ》き込みながら、ひととおりの遊び人らしい口調で、女を批評したりしているのを横目で見ながら、加藤は、脱出の機会を|狙《ねら》っていた。  加藤をとりこにして、ここまでつれて来た同期生たちはいつの間にか、六人が五人に減り、五人が四人に減っていた。その四人が二つに分れて、この家がいい、いやあっちがいいといい合いを始めたとき、加藤は友人のもとを去った。 「加藤が逃げたぞ」  そういう声をうしろに聞いたが追いかけて来る気配はなかった。  加藤は|湊川《みなとがわ》公園まで来てほっとしたように息をついて、うしろをふりむくと、 「つきあいってのはこんなことか」  それをいうと、ひどくみじめな気持になった。自分の眼に涙が浮んでいるのがわかる。原因はよく理解できないが、とにかく、友人のすべてに裏切られ、|軽《けい》|蔑《べつ》され、そして|足《あし》|蹴《げ》りにされたように悲しかった。加藤は、|駈《か》け足を始めた。夜の神戸の町を、いち、に、いち、にと自分で自分に声を掛けながら走っていると、やがて、汗がにじみ出て来る。彼はそのままのペースで高取山への登り口の鳥居をくぐると、そこからは、いつもの登りの姿勢で、暗い坂道を、まるで自分の庭を歩くような慣れた調子で頂上へ向って、ほとんど駈けるような速さで登っていった。 (昭和三年、十二月三十一日快晴 |茅《ち》|野《の》六時三十分)  加藤文太郎は茅野駅で立ったままノートにそう書きこんでから、周囲を見廻した。汽車をおりたのは彼を含めてたった三人だけだった。毛糸の目出し帽子をかぶり、モンペを|穿《は》いた老人が、明けて間もない空を見上げていた。 「|上《かみ》|槻《つき》ノ|木《き》へ行くには、どういったらいいでしょうか」  加藤は老人に聞いた。老人はじろっと加藤を|一《いち》|瞥《べつ》してから、 「途中までいっしょにいかずか」  といった。たたけばかんかん音がするように道は|凍《い》てついていた。しばらくは、町というよりも村に近いような家並がつづき、三十分も歩かないうちに、坂道になり、それからは、雪におおわれた|田《たん》|圃《ぼ》と、葉をおとした桑畑と、屋根に石を置いた農家がつづいていた。 「どこへ行くだね」  老人は、ルックザックを背負いスキーを|担《かつ》いでいる加藤の姿を、もう一度ゆっくりとたしかめ直すように見廻してからいった。 「今夜は夏沢温泉まで行って泊って、明日は八ヶ岳へ登りたいと思っています」 「夏沢温泉じゃあない、夏沢鉱泉ずら。あそこには誰もいねえぞ」 「いなくてもいいんです。食糧は持っています」  加藤は背に負った大きなルックザックをゆすぶっていった。 「いくら食べものを持っていたって、着て寝るものがなけりゃあ、この寒さじゃあ眠れるもんじゃあねえ。上槻ノ木へいったら、もっとよく聞いていくだね。とにかくえれぇこった」  老人はえれぇこったということばを、二度三度繰りかえしてから、上槻ノ木へ行く道を教えてくれた。  老人と別れてからも加藤は、えれぇこった、えれぇこったと老人のいったことばを口にしながら坂道を登っていった。日が上ると、雪におおわれた八ヶ岳が近づきがたいほど遠くに見えた。それにしてもこの八ヶ岳|山《さん》|麓《ろく》の広さはどうだ。加藤はしばしば立止って、彼の足元から八ヶ岳の山頂までつづいている雪の高原に眼をやった。だらだらと登っていく、きりもなく長い道を、時々、人に|訊《き》いてたしかめながら、透き|徹《とお》ったようにつめたい高原の大気を呼吸すると、やはり、出て来てよかったと思った。いつかは冬山へ入らねばならないと思っていた。冬山の経験なくしてヒマラヤなど思いもよらないことだった。その冬山に入る前提としていままで努力して来たのだ。 (山をやり出してから何年になるだろうか)  加藤はふとそんなことを考えたが数えて見ようとは思わなかった。とにかく、冬山へ入ることができたということで、ひどく心がはずむ思いだった。  上槻ノ木には十時についた。村で、夏沢鉱泉のことを聞くと、番人はいないが、ふとんが置いてあるから、中へ入って泊れるだろうということだった。誰に訊いても、親切だった。わざわざ外へ出て来て、あの道を左へ左へと歩いていけば、自然に鉱泉へ行きつくことができるから心配はいらないと教えてくれる人もいた。上槻ノ木の村を離れると、雪道になり、そこからが、いよいよ山の領分だった。茅野からずいぶん、歩いて来たように思ったけれど、八ヶ岳は少しも近づいては来ないばかりか、むしろ遠くにいってしまったような感じでもあった。雪道には|馬《ば》|橇《そり》のあとがついていた。やがて、そのあともなくなると、あたりは見渡すかぎりの雪の高原となり、どこを見ても、人影は見えなかった。そこで加藤は担いでいたスキーをおろして履いた。天気はよかった。これからはただ歩けばよい。|鳴《なる》|岩《いわ》川の音が聞えた。思いのほか、深く切れこんでいる川の底を流れている水が、光って見えるところまでいって、地図を開いて、道を間違えたのに気がついて引返したりなどしながらも、加藤は、高度をかせぎ取っていった。高原が尽きて、樹林帯にかかるあたりから道の|勾《こう》|配《ばい》がきつくなった。シラビソ、ウラジロ、モミなどの針葉樹林の中へ入ると、寒気を感ずる。ひといき入れて、空を見上げると、いつの間に出たか、上層雲が空一面をおおっていた。薄日はさしていたが、弱い光であり、それに、森林地帯に入ってから、加藤ははっきりと風の音を聞いた。風の音というよりも、それは山の音だった。風が出たのである。  加藤は、天気が悪い方へ向いつつあり、それが、彼の山行の大いなる障害にならねばいいがと考えていた。  加藤は山陰の生れであるから、雪をそれほどおそろしいものとは思っていなかった。しかし、いま彼が足下に踏んでいる雪は、いままでの彼の経験にない雪の感覚だった。固くつめたい|足《あし》|応《ごた》えのする雪だった。つぎに彼が予期以上に感じたものは寒さであった。夏山縦走中に雷雨に打たれたこともあり、みぞれに降りこめられたこともあった。南アルプスの|稜線《りょうせん》を風雨に打たれながら歩いたこともあった。その時も、身を切られるように寒かったが、いま八ヶ岳の森林地帯に一歩踏みこんで感じとった寒さとは違っていた。冬山の寒さは、乾いた寒さだった。とぎすました刃物を眼の前へじりじりとおしつけてくる寒さのように思われた。  加藤は腕時計を見た。午後の三時を過ぎていた。歩いていても、|頬《ほお》のあたりに感ずる、この乾いた寒さから、彼は、これから更に高度を高めていった場合の寒さを連想し、冬山のきびしさが、彼の前に大きく立ちはだかっているのを知った。  加藤は初めて北アルプスを訪問した夏、|大天井岳《おてんしょうだけ》の下で大雷雨に|逢《あ》ったことを思い出した。初めての夏山は雷光と雷鳴の|御《お》|膳《ぜん》|立《だて》によって彼を迎えたが、冬山はいかなる趣向を|以《もっ》て彼を迎えるだろうかということが加藤にとっては|大《おおい》なる関心事であった。  加藤は、彼の履いているスキーが雪を踏みしめて発する音が、今朝の老人のいったえれぇこった、えれぇこったという言葉に聞えてならなかった。急傾斜の道を登り切って、山腹を|捲《ま》くように歩きながら加藤は、足下の深いところを流れている鳴岩川の谷底を|眺《なが》めていると、どこからかただよって来る、鉱泉特有のにおいを|嗅《か》いだ。  夏沢鉱泉には|誰《だれ》もいなかったが、家の中へは入れるようになっていた。彼は大きな声でごめんくださいといった。誰もいないことはわかっていたが、そういわないと気が済まなかったのである。声は暗くしめった鉱泉宿の奥の方へ消えていった。その手応えのなさは腹の立つほどむなしかった。それほど、この鉱泉宿はあちこちに|隙《すき》|間《ま》だらけだった。午後の四時を過ぎたばかりだったが夜のように暗かった。彼は提電灯をつけて、部屋の|隅《すみ》|々《ずみ》に光を当てた。明るいうちに食べて寝る準備をしなければならなかった。冬山では午後の三時までには、行動を停止して、夜の準備にかからねばならないということを本で読んで知っていた。  入って|直《す》ぐの部屋の隅に|布《ふ》|団《とん》が重ねてあり、その上に、|薦《こも》と|筵《むしろ》がかぶせてあった。畳は上げられて、部屋の隅に立てかけられていた。  加藤は一畳の畳を|床《ゆか》の上に敷いて、その上に|坐《すわ》った。やれやれ、という気持だった。ルックザックをあけて、|塩《しお》|尻《じり》駅で買って来た汽車弁を出して食べ、上槻ノ木の部落で|魔《ま》|法《ほう》|瓶《びん》に入れてきた湯を飲んだ。湯はまだ熱く、その熱い湯が|喉《のど》を通ると、救われたような気持になる。食事を終ると彼は、畳の上へふとんを持って来て敷きならべてその中へもぐりこんだ。眼を閉じると山の音が聞えた。風がかなり強くなっていることは明らかだった。うとうとしていると風の音と、寒さで眼がさめた。ふとんを二枚も着ているのに寒いのは、肩のあたりから風が入ってくるからだと気がついて、|襟《えり》|巻《まき》を首に巻きつけてから、もしこの小屋にふとんがなかったら、自分はいったい、どうして眠ることができたろうかと思った。ふとんどころか、もしここまで来て、この鉱泉旅館がなくて、野宿することになったならばと考えると、また別な寒さが彼を襲うのである。 「おれは冬山へ来たんじゃあないのか」  加藤は自問した。夏沢鉱泉へ泊る予定ではあったが、冬山に対する準備はして来たはずであった。彼は夜半に起き上ると、提電灯をたよりに、彼が持って来たものをすべて身につけて、ルックザックの中へ足をつっこんで、畳の上に横になった。寒かったが、眠れない寒さではなかった。いくらかでも寒さから逃れるためには、でき得るかぎり、自分の|身体《か ら だ》を丸く小さくおさめることが必要だった。彼はネコのように丸くなった。ネコのようになると背中がひどく寒かった。ぶくぶくと長い毛の生えた毛皮のチョッキが欲しいと思った。それをもう一枚だけ着ていれば、この寒気からはのがれることができるように思われた。寒さにこたえようとしていると身体中に力が入る。りきむといくらか身体があたたかになる。加藤は、もう少し、カロリーのあるものを食べて寝るべきだったと思った。もしこんなとき、ビフテキの二人前も食べていたら、と考えるほど、寒さはきつかった。  明方近くになって、彼は眼を覚ました。どうしても寒くてやり切れないから、ふとんをかぶった。それから朝まではぐっすり眠った。  昭和四年の一月一日は雪だった。  加藤は板戸をおしひらいて雪の吹きしきる外の景色にしばらく眼をとめていたが、すぐ家の中へ引返して台所の方へ行って見た。炊事用の|竈《かまど》があって、|薪《まき》が少々置いてあった。  彼は台所にあった|大《おお》|鍋《なべ》をさげて外へ出て、それにいっぱい雪を|掬《すく》い取って来ると竈にかけて火をつけた。  赤い火が燃え出し、煙が|這《は》い|廻《まわ》り始めると、寒々とした鉱泉全体が暖かい雰囲気に包まれる。加藤は、鍋の中にできた水で|飯《はん》|盒《ごう》の米をとぎながら、ここが鉱泉である以上、どこか近くに水があるに違いないと思った。水があるのに、わざわざ、雪をとかして、飯を|炊《た》く自分が|迂《う》|濶《かつ》であったことが、おかしくなったが、考えて見ると、まだ、雪をとかした水で飯を炊いたことがなかった。飯盒の飯は間もなく煮えたから、鍋に湯を沸かして、カマボコとバターを入れた。  熱い飯とカマボコスープは|元《がん》|旦《たん》の朝食にふさわしい豪華なものであった。食事が終って、ミカンを食べようとしたが、石のように固く凍っていた。彼はそれを竈の上に置いた。  雪は降ってはいるがたいした降りではなかった。風はあるにはあるが、吹雪というほどでもなかった。加藤は支度をととのえると、非常食の入ったルックザックを背負ってスキーを履いて夏沢峠への道を登っていった。  道ははっきりしていたから迷う心配はなかったが、新雪の中へスキーがもぐるから歩きにくかった。 「えれぇこった、えれぇこった」  彼は、きのうから愛唱している例のことばを口にしながら、峠への暗い道を登っていった。夏沢峠までの往復が、その日の予定だった。降雪の中を、それ以上前進するだけの勇気はなかった。えれぇこった、えれぇこったといいながら峠の方へ登るにつれて、風が強くなって来て、どうやらほんとうに、えれぇことになりそうな気がした。が、それがどんなかたちで来るかはわからなかった。彼は|昨《ゆう》|夜《べ》の寒さとの対面によって、おそらく、今日もひどい目に会うにちがいないという予想のもとに、目出し帽をおろして、首のあたりを毛糸の襟巻でぐるぐると巻いた。そうすると寒さはしのげたが、ひどく息苦しく、活動に不便であった。  彼が吹雪を意識したのは夏沢峠の直下であった。一陣の風が起ると視界が煙り、その風が定常的な強さで彼の正面から吹きつけて来るようになると、眼をあけていられなくなった。しばしば彼は立止って眼をおおった。吹雪そのものより、森林のざわめきの方がすさまじかった。彼はその音に恐怖をおぼえた。峠まで来ると雪はかなり深くなっていた。その峠が、南八ヶ岳と北八ヶ岳の中間にあり、北八ヶ岳一帯の暗さが、そのまま峠にまでおおいかぶさっていた。そこから|硫黄岳《いおうだけ》への登り口はあったが、そこへ踏みこんでいく気にはなれなかった。降りしきる雪と、登るほど強くなる風から判断して、そこから上が、大荒れに荒れていることが想像された。峠に立っているとひどく寒く、そして、そこにそうして立っている自分がみじめであった。視界は効かず、山の音だけが、彼を圧倒しようとしていた。  加藤は帰途についた。寒さからのがれることで一生懸命だった。なぜこんなに寒いのか、寒いことはかねて承知の上で、充分用意して出て来ているのに、寒いと感ずるのは、もともと、寒さに対して抵抗する能力がないのかも知れないと思ったりした。ヒマラヤへ行くというのに、八ヶ岳の寒さにおそれていてはしようがないと思うのだが、やはり寒かった。  加藤は、夏沢鉱泉に帰りついて、雪を払うと、そのまま寝床の中へもぐりこんだ。つかれてはいなかった。つかれるほど歩いてはいないが、寒いし、それにひどく眠かったから、寝床の中へもぐりこんだのである。やがて、あたたかみが彼を包むころ、彼は深い眠りに落ちた。眼を覚ますと、夕方だった。空腹を感じた。彼は起き上るとすぐ台所へ行き、火を|焚《た》く準備を始めた。薪がなくなっていたから、外へ出て、軒に積んである薪をひとかかえ抱いて来た。薪は|濡《ぬ》れていた。家の中にまだ残っていた乾いた薪に火をつけてそれに外から持って来た薪をくべると|直《す》ぐ火が消えた。紙をたきつけにして火をつけると、紙だけが燃えて、濡れた薪には火はけっして燃え移ろうとはしなかった。  加藤は薪で火を焚くことはあきらめてアルコールバーナーに火をつけコッフェルで湯をわかし、飯盒の中の凍った飯を落しこみ、|味《み》|噌《そ》を加えて、雑炊にした。カマボコをきざんでいれたけれど、|噛《か》むと、ざくざく氷の音がした。  それでも、アルコールの燃える明るさがあるかぎり、彼は楽しかった。腹一ぱい飯を食べてから加藤は、さっき、夏沢峠で感じた寒さについて考えた。充分に着こんでいた。飯も食べていた。ただ、昨夜はあまりよく眠ってはいなかった。考えられる原因としては、睡眠不足だけであった。寝不足が寒気を呼ぶという事実はあってもよさそうだった。 (だとすれば、今なら寒くないはずだ)  加藤は、火を見詰めながら、しばらく考えていたが、急に思いついたように、アルコールの火を消すと、提電灯の光で、支度を始めた。彼は昨夜やって見たと同じように、身につけられるものはすべて身につけると、雪の中へ出ていって、シートを敷き、その上に坐りこんでテントを頭からひっかぶった。  実験であった。冬山の寒さを知るには、自らの身体を、山の中へさらす以外にはないと考えてしたことであった。この行為に対して、彼を批判するものはここにはいなかった。バカだという者もないし、えらいとほめるものもいなかった。すべて彼自身の思いつきではあるけれど、そうした格好で正月の夜を過すことに、|微《み》|塵《じん》の|寂寥《せきりょう》も感じていないわけではなかった。 「加藤君、正月の休みにはぜひ遊びに来てくれ。若い|人《ひと》|達《たち》がおおぜい集まるから」  外山三郎がそういって誘ってくれた。若い人達の中には、何人かの娘さんたちが交わっていることも、外山三郎は言外にほのめかしていた。娘さんたちの晴れ姿に華やいだ外山三郎の応接間が見える。赤々と燃えているストーブ。加藤は首をふった。そういう世界もあるにはある。その世界を否定しようとは思わないが、その世界と逆の位相のところに、いま、彼が|覗《のぞ》き見ようとしている未知の世界があるのだ。  加藤は寒気が、まず彼のどの部分から彼を攻めようとするかを見きわめようとした。足の先、手の先、そういうところから、しみこんで来る寒さ、背中からおしつぶすようにやってくる寒さ、敷いている、シートを通して、伝わってくるつめたさ、それらのすべての方向に対して、加藤は用心深く気を配っていった。眠くはなかった。眠らずに寒さと戦いながら朝を迎えることができるかどうかを試そうとした。  風は、彼がかぶっているテントをはぎ取ろうとした。風の当る部分の体温が奪われ、同じところを、風にさらしていると、そこから知覚が失われていきそうだった。足の先も手の先も冷たかったが、それらとは原因を異にした寒さが彼をせめた。それは濡れることであった。彼の体温が雪を溶かし、その水分を彼の着衣は吸収し、ごていねいに、それもやがては凍りついていくのである。彼は何度か家の中へ逃げこもうと思ったが、耐えた。 「えれぇこった、えれぇこった」  彼は口の中でつぶやいた。これを繰りかえしていると、不思議に気持が落ちついて来る。きびしい寒さは彼の頭を|明《めい》|晰《せき》にした。加藤は彼が踏みこんだヒマラヤへの道がいかに遠いかを考えた。夏山を歩くことにかけては、誰にも負けない自信がついていた。彼は大正十四年の夏、北アルプスを訪れて以来、大正十五年、昭和二年、昭和三年と四年間の夏期を通じて踏破した山々を頭に思い浮べていた。  穂高連峰、立山連峰、|後立山《うしろたてやま》連峰。南アルプス、富士山、|乗《のり》|鞍《くら》|岳《だけ》、|御《おん》|岳《たけ》、|木曽駒岳《きそこまがたけ》、山上ヶ岳、|大《だい》|山《せん》、船上山、白山、扇ノ山、|氷《ひょう》ノ|山《せん》、許される休暇のすべてを投入した結果だった。登った山はまだあったが、直ぐには頭に浮んでは来なかった。この八ヶ岳も夏に一度は訪れた山であった。冬山への招待は、加藤の名が、関西の山岳界に知れて来るに従って、しばしば彼のもとを訪れたけれど、彼は首を横にふった。冬山に入るまでに夏山のすべてを知ろうという彼の用心深さであった。  加藤は雨の中で野宿したときのことや、みぞれに打たれながら一晩中、歩きつづけたことなど思い出していた。それらの夏山の体験によって得たものと、いまここで得ようとしているものとは原則的に違ったものを持っていた。 (夏山と冬山との違いは寒さだけではない)  加藤はそれを考えつめていた。寒さだけなら、寒くないような、準備さえすればしのげるけれど、それ以外にあるものとすれば、——それは孤独であった。夏山にはどこかに人がいた。小屋もあった。鳥もいるし、動物もいた。花も咲いていた。だが冬の山には人はいなかった。小鳥の|啼《な》き声も聞えないし、草木も眠っていた。  加藤は身ぶるいをした。冬山の寒さは、孤独感から来るものではなかろうか。すると、冬山に勝つにはまず孤独に勝たねばならない。加藤は数日前の忘年会の夜のことを思い出した。孤独に勝つことのできない同期生たちが、酒を飲み、歌い、いい争い、そして、ネオンの街の中へ、よろめきながら出ていった姿が思い出された。|彼《かれ》|等《ら》には彼等の生き方があり、自分には自分の生き方がある。 「おれは孤独に勝って見せる」  加藤は震えながらそうつぶやいていた。      3  吹雪は二日続いた。三日目の夜半過ぎてから西風に変り、星が出た。  加藤文太郎は午前三時に夏沢鉱泉を出発して、新雪の中を夏沢峠に向った。森の中は真暗で、提電灯をつけていないと、歩けなかった。スキーは新雪にもぐり、雪を踏みつける音がついてまわっていた。明け方の寒気が、ひしひしとせまって来るけれど、吹雪の|止《や》むのをじっと待っているあの孤独感はもうなくなっていた。歩くことによって気がまぎれるというよりも、未知のものへの誘惑が加藤を強く引張っていた。  六時に夏沢峠についた。夜が明け始めていた。彼はスキーの先を一度は硫黄岳の方へ向けたけれど、すぐもとへもどすと、そのまま峠を越えて、本沢鉱泉の方へ、急坂をおりていった。ひょっとすると、本沢鉱泉に番人がいるかも知れないと思った。人に会いたかったのである。加藤には丸々三日間、全然人の姿を見なかったという経験はなかったし、人の声を聞かなかったということもなかった。ここでは人の声はおろか、鳥の声さえも聞けなかった。三日間、人の世界から隔絶された加藤は、人が恋しかった。誰でもいいから人に会いたかった。だが、本沢鉱泉は閉鎖されたままだった。彼は自分自身に裏切られたような気持でそこに立っていた。ヒマラヤを目指している加藤が、たった三日間の孤独に耐えられずに、山をおりて来たということが、無人小屋の前で事実として示されると、彼は、その自分の弱さに、猛烈な反発を感じたのである。  加藤は小屋に背を向けた。  朝の光が、硫黄岳の頂に火をつけたように燃えていた。彼はモルゲンロートということばが好きだった。それを彼は数多く見ていた。だが、彼がいま見るモルゲンロートは、それまで彼が見た、いかなるものとも違っていた。  硫黄岳のいただきの雪はバラ色にそまり、そのかげは紫色に燃えていた。朝日を受けて輝くという他動的なものではなく、山そのものの地核からそのたぐいまれなるバラ色が、にじみ出して来て|雪《ゆき》|肌《はだ》をそめているように見えた。それは、処女が示す|羞恥《しゅうち》のためらいのように|清《せい》|楚《そ》な美しさを持っていた。  山が輝き出すと彼の胸が鳴った。全然予期しないことだった。その胸の高鳴りは彼がいままで経験したことがない、妙に|衝《つ》きあげてくる鼓動だった。加藤はまだ恋をしたことはなかった。恋をするような女性に会ったことはなかったが、もしそういう女性に会ったならば、感ずるであろうと思うような胸の鼓動であった。その時、彼は、おそらくこのように美しいものを見ている者は、日本では自分ひとりであろうと考え、こういう美しいものとの対面が、彼と山とを永遠に別れさせないものにするのではないかと思った。硫黄岳のいただきはバラ色の冠となって一段と光り輝き、やがてその光は大地にしみこむように消えていった。  加藤は、スキーの締め具を直して、ふたたび夏沢峠へ向って急坂を登り出した。孤独感はモルゲンロートを見た瞬間、消えうせていた。  夏沢峠に立ったとき彼はまともに西風を受けた。思わずよろめくほどの風だった。天気がよくなれば、西風が吹くのが当り前だという、このあたりの山の気象についての概念はつかんでいたが、現実、その風に正対して、その風に追いまくられると、少々腹が立った。  加藤は、樹林を出て|這《はい》|松《まつ》地帯まで登りそこでスキーを脱いだ。西風は、降ったばかりの雪を飛雪として|撒《さん》|布《ぷ》した。  アイゼンに|穿《は》きかえると|靴《くつ》が雪にもぐった。それもわずかの間で、岩と氷の道にかかるとアイゼンはよく|利《き》いた。  加藤は硫黄岳のいただきに立った。既に夏一度来たことがあったから未知の山ではなかった。大タルミを越え、横岳、そして赤岳とその姿こそ見違うことはないし、北八ヶ岳の峰々も、ひとつとして、知らないものはなかったけれど、加藤にとっては、それらの山々は未知の山に見えた。夏の八ヶ岳は、石ころの山だったが、冬の八ヶ岳は風と雪と氷の山だった。その風と雪と氷が、彼をどんなふうな迎え方をするかについて、彼は注意深くあたりを見渡した。硫黄岳はひろびろとした雪原に見えた。問題は横岳の|稜線《りょうせん》にあるように思われた。 「横岳の稜線をゆっくりと時間をかけてやればいいのだ」  彼はひとりごとをいって、大タルミの方へ向って歩き出した。突風が彼を襲ったのはその時だった。突然、空気中の一点で大爆発でも起って、その爆風に飛ばされたように、彼の身体は軽く飛ばされ、雪の上をころがった。気がついたときには突風はやみ、一定風速の西風が吹いていた。風につきとばされたという感じだった。|眼《め》に見えないなにかが、どこかにいて、足をすくったように思われた。どこも|怪《け》|我《が》はなかったし、痛いということはなかったが、加藤は、驚きと、冬山への|畏《い》|怖《ふ》と、わずかばかりの疑惑の中に立ちすくんでいた。吹きとばされ、雪の上をころがされたにかかわらず、ピッケルで|身体《か ら だ》を止めることもできなかった。それを考えると、自分がなさけなくもあった。  加藤は両手でピッケルをかまえてゆっくりと歩き出した。歩幅は前よりもこまかく取り、耳で風の音を聞き、眼で、付近の雪煙を見、足では雪と氷の反応を確かめながら、やや固くなりながら、歩き出した。しかし、第二の突風は、加藤を前よりもはげしくつきとばし、そしてその噴流のような風は、なかなか止もうとはしなかった。  彼は強風の中を|這《は》うようにして前進した。目出し帽をかぶり、首のあたりを毛糸の|襟《えり》|巻《まき》でぐるぐる巻いているのだが、風はどこからともなく入りこんで来て、彼の体温を奪っていった。  加藤は岩陰に西風をさけてひといきついた。風に吹きとばされながらも、どうにか風の強い領域を突破できたことが|嬉《うれ》しかった。なぜ、その部分だけに、風が|収斂《しゅうれん》されて、まるで、大河の流れのような密度を持って吹きつけて来るのか分らなかった。  岩かげにしばらくじっとしていると、手足の感覚がもどって来る。彼は、ルックザックの中から、|魔《ま》|法《ほう》|瓶《びん》を出して、湯をいっぱい飲んでから、右のポケットに入れて来た甘納豆と左のポケットに入れて来た|乾《ほ》し小魚とを交互に出して食べた。彼が夏山で体得した簡易食事法は、冬山においてもまた効果的だった。左右のポケットの中身を半分ほど減らしたところで、彼は立上っていた。  腹に力が入った。稜線にかかると風はいよいよ強くなった。風のために雪は吹きとばされて、夏道が出ているところもあるし、思わぬところに、吹きだまりがあったりした。夏来たときは、稜線はかなりの幅に見えたけれど、雪の稜線はせまく、ひ弱に見えた。道は東よりについていて、足下の雪の斜面は、おそるべき急角度で下界に向って延びていた。風に吹きとばされたら、雪の上をそのまま谷底へすべっていってしまいそうだった。  彼は一歩一歩を慎重に運んだ。風に吹きとばされまいとする努力が彼の耳を敏感にした。地物をたくみに利用して、岩峰やこぶのかげを|廻《まわ》りながら風をよけていった。岩かげから吹きさらしへ出る場合は、飛雪の方向によって風の流線と速度を推測し、それに応じた用意をしなければならなかった。しばしば彼は、尾根のいただきで風に|釘《くぎ》づけされることがあった。両足をアイゼンでしっかり雪に|喰《く》いこませ、ピッケルのピックを氷に打ちこみ、尾根の上に這うようにしていても、風が尾根と身体との空間に|梃《て》|子《こ》をぶちこんで、尾根から引きはがそうとすることがあった。いかにこらえようとしても、力を入れる|甲《か》|斐《い》もなく、ふわりと空中に浮いてしまいそうになることがあった。そのように|漸《ぜん》|進《しん》的に風力が高まっていく風の吹き方もまた夏の山では経験しなかったことである。風は、どちらかと言えば、突風性のものを考えていた加藤にとって、この強烈な連続風は未知のもののひとつであった。加藤はこの風こそ、冬の季節風そのものであろうと思った。大陸から吹き出して来て、日本海を越え、そこにひかえている八ヶ岳という孤独な山群の|山《さん》|嶺《れい》においても|尚《なお》その冬の季節風の面目を崩そうとしないのは見事でもあった。  風とは空気の移動する状態であるという、風の定義をなにかの本で加藤は読んだことがあった。それについて加藤は疑問を持った。川のことを、川とは水の移動する状態をいうと簡単に片づけることができない多くのものを持っていると同様に、風もまた空気の移動として片づけられる問題ではない。 (風とは空気の移動ではない)  加藤は岩稜で、強風にこたえながら考えた。 (風とは空気の重さである)  彼は全身に重さを感じた。十貫目、二十貫目の重さが今や、彼の全身にかかりつつあった。重さだけあって、その形体が確然としない、風はまぼろしの存在だった。風速にして二十メートルだか三十メートルだか想像もつかなかった。速さというよりも滝を肩に受けて立っている行者のように、彼は身を風圧にさらしたままじっとしていた。動けば、吹きとばされることは確実だった。彼の身体にかかっている重みが去るまではいかなることがあろうとも、そこにそうしていなければならなかった。待つことには自信があるぞと、加藤は自分の胸にいい聞かせて、腰をすえる気持になったとき、突然風の重圧が去った。と同時に、その風圧と等しい力で対抗していた加藤の身体は、風の吹いていた方向へ飛んだ。彼自身の力で飛んだのであった。運よく彼の持っていたピッケルが彼の身体を止めたから、彼は尾根から墜落することはなかったが、そのショックで、彼はしたたか腰を打った。 「畜生め」  彼は起き上っていった。怒りが彼の全身を廻った。風になんか負けるものかと思った。このおれを吹きとばせるものなら吹きとばして見やがれという気になると、風の暴威もまた別のものに感ぜられるのである。加藤は畜生め、畜生めといいながら歩いた。冬山とは風との戦いだと思った。風と雪と氷が冬山なのだ。そのどれにも負けてはならない。 「ちくしょうめ」  と風に毒づきながら、横岳の尾根を赤岳へ向って移動していった。横岳には三叉峰、不動尊峰、|鉾《ほこ》|岳《だけ》、二十三夜峰などいくつかの岩峰があるが、どれがどれだかを調べて見る余裕はなかった。ときどき、岩かげでひといきついているときに、遠景を見ることがあった。北 アルプス、南アルプスの秀麗な山々が眼に入っても、それを美しいと感ずる余裕さえなかった。  彼は戦うことで夢中だった。敵に対してちくしょうめ、ちくしょうめと|罵《ば》|倒《とう》を続けながら、勝つという実態がなんであるかを考えていた。  横岳の岩峰群を乗り越えて、眼前に赤岳を見たとき加藤は、八ヶ岳連峰の最高峰赤岳の頂上に立つことが敵に勝つことであると考えた。そして加藤が横岳と赤岳との|鞍《あん》|部《ぶ》へ向って、下降斜面を歩き出したとき、ぴしっという乾いた音とともに、眼前で雪面にひびが入るのを見た。彼は驚いて、もとの位置へ帰った。なだれを起す寸前にいたことが分ると、背筋につめたいものを感じた。ちくしょうめ、と彼は雪に向っていった。加藤文太郎をなめるな、と言ってやりたかった。なめるなといっても、|亀《き》|裂《れつ》の入った斜面に踏みこんでいく勇気はなかった。雪面は加藤を|嘲笑《ちょうしょう》した。雪面からの強烈な反射光線さえも、彼には、雪の|挑戦《ちょうせん》に思われた。  加藤はピッケルをかまえたが、その雪面の挑戦には応じなかった。もともと、新雪の斜面を横切るような歩き方をしたのが間違いだったことに気がついた加藤は、あらためて降り道を検討してから、ゆっくりとおりていった。  赤岳への直登は息が切れたが、氷壁をよじ登るというほどおおげさなものではなかった。烈風に打たれながら、雪の急斜面を|登《とう》|攀《はん》する気持は、彼の初めての冬山訪問にふさわしい、緊迫さがあった。  彼は登りにかけては自信があった。アイゼンもピッケルも、登りの方が使いよかった。彼は、むしろ、ものたりないほどの経過で、赤岳の頂上に立った。  頂上には強い風が吹いていた。すばらしい遠望があったが、そこに突立って|眺《なが》めていることは許されなかった。彼は一瞬、眼を白銀に輝く北アルプスの連山にそそいだだけで、すぐ、もと来た道へ引返していかねばならなかった。  風が体温を奪い取ることは、夏山で充分経験したことであり、強風を勘定に入れて、充分厚着して来たつもりだったが、計算以上に強風は彼の体温を奪い取っていた。それは主として防寒具の不備に起因するものであった。着衣は|頭《ず》|巾《きん》と、|上《うわ》|衣《ぎ》とズボンとに分れているから、そのつぎ合せ目に寒気がしのびこむのは当り前のことだったが、これほどはげしいものだとは思わなかった。  足ごしらえは充分だった。靴の中に雪が入りこむことを防ぐために、ゲートルを使用したことはかなり効果があったが、しばしば深雪に踏みこんでいるうちに、左足のゲートルがずれて、靴の中へ雪が入った。強風の中でゲートルを巻きかえることは容易なことではなかった。  二重手袋は寒さを防いだ。潜水眼鏡式の紫外線よけの眼鏡は、まずまずだった。ときおりすき間から粉雪が入りこむ以外には、たいした支障はなかった。  ピッケルについては不安がつきまとっていた。彼はピッケルを氷雪に立てて強風に耐えているとき、もしピッケルがどうにかなったらとしばしば考えた。ピッケルに対する不信感だった。このピッケルは数年前に神戸の運動具店で買ったもので、その時は、ピッケルの良否にはあまりこだわらなかった。冬山のきびしい現実に立たされた彼は、ピッケルが彼の生命を左右するものであることを知らされた。  アイゼンは靴によく合うものを買って来た|筈《はず》だったが、氷雪の上を歩くと、どこかに密着を欠くものがあった。  結局、加藤の冬山装備は完全ではなかった。成功したのは魔法瓶の利用と携行食料品だった。彼は朝三時に夏沢鉱泉を出て以来、食事らしい食事は取っていなかった。両方のポケットに入れて置いた甘納豆と乾し小魚を随時口に入れていることによって空腹を処理していた。  加藤は、赤岳をもと来た道へ引返し始めた。赤岳から、行者小屋へ下山するつもりだったが、それをやめて、もときた道をたどろうと決めたのは、一つには彼の装具について不信感を抱いたから、それ以上、未知への突貫はさけるべきであるということと、もう一つは、|硫黄岳《いおうだけ》であの強風ともう一度戦って見たかったからである。来る時加藤は突風のために二度ダウンを喰ったが、帰途においては絶対に負けないぞというところを風に見せてやりたかったのである。  帰途にかかると風速は更に増したように思われた。北に向っての行進のために、北西の風をまともに受けた。雪煙が前方をさえぎり、このかけらが彼の顔をねらって吹きつけた。 「ちくしょうめ、ちくしょうめ」  と彼はまた風にむかって|呪《のろ》いをたたきつけてやった。彼は戦争は知らなかったが、おそらく戦場における兵士の気持はこんなものだろうと思った。彼は、進め、進めの号令のかわりにちくしょうめを連呼しながら、一塁一塁と岩峰を占領しながら、横岳のやせ尾根を北に向って進んでいった。だが、硫黄岳の登りにかかると、そこには前にも増して強風が吹いていた。身をかくす適当な岩がないからでもあったが、その風の壁を突き抜けることは容易ではなく、さりとて、|迂《う》|回《かい》すべき道もなかった。彼はピッケルをかまえて、その強風の中へ突入した。そして、彼は、予期したとおり、吹きとばされて小犬のように雪の上をころがった。見事な敗北だった。彼は雪の上に伏したままで、風の音を聞いていた。火口壁に衝突して起る音、雪面を摩擦して起る音、遠い音、近い音、あらゆる風の音の中に混って、空高くから聞えて来る音があった。風がなにものかと摩擦して起す音とは違って、それは風自身の声に思われた。  風の声は|威《い》|嚇《かく》にも嘲笑にも聞えたが、時によるとその|咆《ほう》|哮《こう》を突然やめて郷愁をさそうような余韻を持って甘く流れることがあった。風の声には高低もあり、冬山の風の声らしいなまりもあった。声は、同じことを何度も繰り返していた。なにをいおうとしているか分らないけれど、少なくとも、風の声は、加藤を倒した勝利の|凱《がい》|歌《か》を誇示しているとは思われなかった。もっと高いところから、なにかを教えようとしている話しかけに聞えた。  加藤は雪の上に起き上った。 「えれぇこった」  彼は|茅《ち》|野《の》駅から道連れになった老人のことばを思い出した。 「えれぇこった、ほんとにえれぇこった」  そういいながら歩き出すと、不思議に気持が落ちついて来る。気持が落ちついて来ると、風の声がよく聞えた。突風が起る前には、瞬間的に風速が急減することや、旗をふるような音が遠くですることや、部分的に、噴射状の飛雪が風上で起ることなどをみとめることができた。突風が起りそうな予感がすると、彼はいち早く、ピッケルのピックを雪面に打ちこみ、身を伏せて、風の通過を待った。突風が去ると、彼はゆっくり立上って、 「えれぇこった、えれぇこった」  といいながら歩き出した。  もはや、加藤は風に吹きとばされることはなかった。そして加藤は、硫黄岳のいただきに立って、二度とふたたび、ちくしょうめという、|不《ふ》|遜《そん》のことばを山に向って吐くまいことを誓った。  冬山への挑戦という観念が大きな|誤謬《ごびゅう》だった。戦いであると考えていたところに敗北の素因があった。山に対して戦いの観念を持っておしすすめた場合、結局は負ける方が人間であるように考えられた。老人のいった、えれぇこったということばは、えらいことだのなまったものだろうが、その言葉は哲学的な深みを持っているように考えられた。たしかに冬山をやることは、えらくたいへんなことであった。たいへんなことをやろうとする以上、たいへんな覚悟でかからねばならない、いそがず、あわてずに、慎重にやらねばならないということが、えれぇこったと口でいいながら歩くとえれぇことにならなくて済むのだ。それは、あの長い八ヶ岳の|山《さん》|麓《ろく》を歩きながらためしたことであり、それがまた、冬の八ヶ岳の頂上においても通用することに加藤は|刮《かつ》|目《もく》した。  加藤は、赤岳に眼をやった。 (あの山をおれは征服したのだ)  そう思ったとたん、彼はまた伏兵のような突風に襲われて、あやうく突きとばされそうになった。挑戦も、戦いも、こんちくしょうも、征服もいけないのだ。そのように、冬山を敵視した瞬間、自分自身もまた山から排撃されるのだ。  彼は硫黄岳をおりた。  スキーは、彼が脱いだところにそのままになっていた。スキーを|穿《は》いて樹林帯へ入ると、|嘘《うそ》のように静かになり、急に|頬《ほお》のほてって来るのを覚えた。  満ちたりた下山だった。彼は口笛を吹きながら、夏沢鉱泉へ引きかえすと、いそいで荷物をまとめた。  人間の世界へ帰りたいという意欲が、彼の帰途を早めた。  あれほど冬山をあこがれていたのに、たった三日間の山での生活が、もう飽き飽きしたようなそぶりで山をおりるのは、自分ながら情けない気持だった。新年早々から会社を休みたくないという気持もあるにはあるが、それよりも、早く人の顔を見たいという欲望のほうが強かった。 「こんなことじゃあとてもヒマラヤなんか行けないな」  加藤は樹林を出たところでひとりごとをいった。雪原には|誰《だれ》も踏みこんでいなかった。彼のスキーのあとがどこまでもあとを|曳《ひ》いていった。八ヶ岳の|全《ぜん》|貌《ぼう》が見えるところまで来て彼はふりかえった。雪煙が八ヶ岳の頂上を|這《は》っているのが見えた。彼は腕時計を見た。午後四時を過ぎていた。  ショウウインドウに赤ペンキで好山荘運動具店とあまり上手ではない字が書いてある。ショウウインドウの中には、山道具が雑然と置いてあった。陳列してあるという感じはなく、たまたまショウウインドウがあいていたからそこへ山道具をほうりこんであるといったふうだった。店の中には、スキー用品やスケートや、テニスのラケットもあった。ピンポンの玉まで、一応運動具店らしくそろえてはあったが、山道具に比較すると量は少ない。  |無精髭《ぶしょうひげ》をはやした若い主人が木の|丸《まる》|椅《い》|子《す》に腰かけて本を読んでいた。店番よりも、本の方に夢中なので、時折客が入って来ても声をかけないかぎりふり向きはしなかった。  加藤文太郎は店の中を二周した。二周といっても、ほとんど|身体《か ら だ》の向きを変えるぐらいの店の広さだった。  加藤は店の中の物を全部見てしまった。もう見る物はなにもなくなったから、店の主人が読んでいる本を|覗《のぞ》きこんだ。それは藤沢久造著の『岩登り術』であった。  おやという眼で加藤は店主を見た。その本は日本における最初の岩登りのことを書いた本であり、藤沢久造が四百部ばかり自費出版して同好者に配布したものであるから、この本を持っている者は、まず、日本における登山の先陣を|担《にな》っている人であると考えてさしつかえないと、かねて外山三郎に聞いていた。加藤はその本を持っている店主の顔を改めて見直した。  加藤が店主に興味を持った時、店主の方も彼の前に突立って他人の読んでいる本を覗きこんだ失礼な客の顔を見たのである。  加藤はにやりと例の笑いをもらして、ポケットから外山三郎の名刺を出した。好山荘運動具店主、志田|虎《とら》|之《の》|助《すけ》あてに、加藤君を紹介します、よろしくと書いてあった。  志田は名刺を受取るとゆっくり立上って、加藤に眼で|挨《あい》|拶《さつ》した。 「このアイゼンが気に入らないのですが、見ていただけませんか」  加藤は片手にぶらさげて来たアイゼンを、志田の前に置いていった。 「気に入らなかったら、捨てて新しいのを買うんですね」  志田はぶっきら棒に言って、加藤という男を頭のてっぺんからつま先まで見おろした。|登《と》|山《ざん》|靴《ぐつ》を穿いていた。そうたいして穿きふるされてないところを見ると山の経験は浅いらし い。 「捨てるんですって、もったいない。ぼくはこのアイゼンをぼくの靴に合うように直せるかどうか相談に来たんです」  と加藤はいった。 「そのアイゼンを買った店へ行って相談したらいいでしょう、うちはこんな安物は売ったおぼえはありません」  志田ははなはだ|面《おも》|白《しろ》くない話だという顔をした。 「直して|貰《もら》いに来たのではありません、直していいものかどうかあなたに相談して見ろと外山さんにいわれて来たのです」  加藤の顔から微笑は消えていなかった。志田には、加藤のその微笑の顔が、薄気味悪いほどに落ちついて見えた。 「どこで使ったんです」  志田はアイゼンの|真《さな》|田《だ》|紐《ひも》を手に持って、くるんくるん|廻《まわ》しながらいった。 「八ヶ岳へいって来ました」 「ほう、いつです、あなたはどこの山岳会ですか」  加藤がひとりで八ヶ岳へ登山して帰ったばかりだというと、志田は、それまでの態度をいささか変えて、それでは裏へ廻って貰いましょうかというと、店の奥へ声をかけて、一度は店の前へ出てから、せまいところをくぐりぬけて通って裏へ出た。狭い庭があって、その|隅《すみ》に、古畳が|薪《まき》の上に、四十度ぐらいの角度で立てかけてあった。 「アイゼンをつけて、そこを歩いて見てください」  志田はそういって腕を組んで、あとは加藤が、アイゼンをつけて、古畳の上を登ったりおりたりするのを黙って眺めていた。 「どうですか、このアイゼン」  加藤は、古畳登山を二、三度やってから、いい加減ばかばかしくなったところで志田の意見を求めた。 「あなたはどう思います」  志田が反問した。 「どうって、よくないですね。がたがありますよあいかわらず」 「それなら、捨てるんですな、一流の登山家になるんなら、道具をけちびっちゃあだめだ。本来アイゼンというものは、自分の靴に合わせて作るものであって、できあがったものを自分の靴に合わせるものではない。アイゼンにかぎらず山道具はすべて、自分本位に作るものだ」  志田は庭石に腰をおろしていった。加藤もそのとなりに腰をおろした。 「注文して作らせろというわけですか」 「まあ、そういうことだな」  ふたりはそろって山の方を見上げた。加藤の頭の中に映像となって焼きついているほど親しんだ神戸の山々だった。 「山はだいぶやったんですか」 「たいしたことはないんです」 「外山さんとは古い知り合いかね」 「はい」  それだけの会話のあとまた空白ができた。ふたりが黙って山を見詰めていると、さっき、ふたりが、すりぬけて通って来たところから、毛糸のセーターを着こんだ青年がのっそりと現われて、志田に目礼して彼のそばに|坐《すわ》った。 「大野義照君、|摩《ま》|耶《や》|山《さん》|岳《がく》|倶《ク》|楽《ラ》|部《ブ》のメンバーだ」  志田は加藤にその男を紹介してから、大野の方には、加藤君とだけ紹介した。 「ところで、八ヶ岳へ行って来たと言っていたね、いつどこから入ったのだね」  志田は長い沈黙の末、やっと質問すべきテーマを発見したように言った。 「十二月三十一日の朝六時三十分茅野駅を出発して夏沢鉱泉まで雪道を歩きました。夏沢鉱泉についたのが午後四時」  ほう、といった顔で志田は加藤を見た。一度しゃべり出すと、加藤はそれからはよどみなくたんたんとしゃべった。吹雪が|止《や》んだ朝、三時に夏沢鉱泉を出て峠を越えて本沢鉱泉までいき、また引きかえして夏沢峠へ出て、そこから硫黄岳へ登り、強風の中を赤岳をやって、午後の三時には夏沢鉱泉へ帰着して、すぐその足で茅野まで歩いて夜行列車の人となるという超人的なふるまいを、別にこれといった修飾もなく話すのを聞き終ってから大野義照がはじめて口を出した。 「あなたは、地下たびの文太郎……いや、あの加藤文太郎さんではありませんか」  大野義照はある種の感激を顔に現わしていった。 「そうです、加藤文太郎です」  加藤がそう答えると、それまで腕を組んで、彼の話を聞いていた志田虎之助が、 「なるほど、きみがあの加藤文太郎か、それならそうと外山さんも、紹介状に書いてくれればいいものを」  志田虎之助の耳にも加藤文太郎のことは聞えていた。 「しかし、想像した人間と実物とはずい分違うものだな。おれはまた、地下たびの加藤という男は鬼をもひしぐような顔をした男かと思った」  志田は愉快そうに笑ったが、大野義照はいくらか紅潮した顔で、加藤の顔を見詰めながら、 「摩耶山岳倶楽部の能戸正次郎さんから、あなたこそ、関西の山岳界を代表する登山家となる人だと聞きました、どうぞ今後ともよろしく願います」  大野はぺこりと頭をさげたが、加藤はそれにはなんともこたえず、いやにけむったいような顔をして突立っていた。 「いい天気だな」  と志田がいった。こんないい天気の日に、家になんかいるのはもったいないなと志田はつけ加えた。次の日曜日には、岩登りのトレーニングでもやろうかといった。ふたりを誘ったようでもあり、自分自身にいったようでもあった。  それから三人は長いこと黙って神戸の山を見詰めていた。 「なあ加藤君、山のことで話したいことがあれば、いつだっていいから、うちへ来い、山仲間の誰かがきっといるからな」  志田は二階をゆびさしていった。いつの間にか友人つき合いのことばに変っていた。      4  山のことが加藤文太郎の頭から離れなかった。雪におおわれた八ヶ岳が、四六時中彼について廻った。風の音も彼の耳の奥に鳴りつづけていたし、首筋に切りこんで来る刀のようなつめたさも、そのまま残っていた。  冬山山行は加藤の山に対する認識を変えさせた。冬山山行を終ってみて、それまでの登山は登山ではないようにさえ思われるのである。  彼は、冬山で孤独を味わった。その孤独が、神戸に帰って来てみると、無性に恋しくなるのである。あの孤独こそ山の魅力であり、妥協を許さない、|峻厳《しゅんげん》な寒気こそ長いこと山に求めていたものであることが分ると、もうじっとしてはいられなかった。  好山荘運動具店主志田虎之助は、ほとんど三日おきにはやって来る加藤文太郎に、ときどき鋭い警句をまじえながらも、冬山装備についての知識を与えた。 「ほんとうは、自分で好きなように作るのが理想だと思う。きみが、きみ流の携行食糧を、今度の山行にためしたということは、非常に意義があることだ」  志田虎之助はそんなことをいいながら、輸入品の|防風衣《ウインドヤッケ》を加藤に見せたり、新型コッフェルの使い方を説明したりした。 「結局のところ、あのつめたい風を防ぐには、|防風衣《ウインドヤッケ》とオーバーズボンしかないのでしょうか」  加藤は|防風衣《ウインドヤッケ》とオーバーズボンで、冬山の寒風の侵入を防げるかどうかについては大いに疑問を持っていた。どこかに決定的な欠点があるように思われてならなかった。 「今のところはそうだ。これしかいい装具はない。もし使ってみたいなら、これを山へ持っていって使ってみてはどうだ。気に入ったら金を払えばいい、いやなら金は払わないでもいい、しかし使ってみた結果だけは教えてくれ」  志田虎之助は一組のウィンドヤッケとオーバーズボンを加藤の手に渡した。  加藤は志田虎之助の手からふわりと手渡されたその新しい装具を手にした瞬間、山へ行きたいと思った。がまんできないほど山へ行きたいのである。  その夜は月がなかった。加藤は会社から下宿へ帰って食事を|摂《と》ると、ウィンドヤッケとオーバーズボンを持って外山三郎の家をたずねた。神戸の山手特有の起伏の多い住宅街を走るような速さで歩いて外山三郎の家の前へ出ると、立止って二階の窓を見上げた。女の歌声を聞いたような気がしたからであった。はてなと思った。家を間違えたかなと思ったくらい、彼は外山家の二階の窓に映っている女性の影に、異様なものを感じたのである。  ソプラノの美しい声で|宵《よい》|待《まち》|草《ぐさ》を歌っている女性が、外山三郎の妻松枝でないことは分っていた。若くて張りのあるその声は、閉め切っている|硝子《ガ ラ ス》|戸《ど》をとおして外へ聞えて来るのである。  加藤は玄関に立った。そこに立っていると二階の歌声はすぐ近くで聞くようにはっきり聞える。その声の振動がそのまま加藤の心の琴線をふるわすようにさえ思われた。 「やあ、加藤君よく来たな、さあ上れ」  外山三郎はそういって、すぐ加藤の関心が二階に向けられているのを知ると、 「ぼくの知人の娘さんで園子さんだ」  外山三郎は先に立って応接間へ入っていった。あとから入った加藤がドアーをしめるとソプラノも|止《や》んだ。聞えなくなったのではなく、歌うのを止めたらしかった。 「外山さん、また山へ出かけたいと思うんですが、いけませんか」  坐るとすぐ加藤は単刀直入にいった。  会社の有給休暇は、二週間と決められていた。そのほか年末年始の五日間と日曜、祭日があるからこれらを上手に使えば、かなり山へ行くことができる。それは社則できまっていることだったが、実際には、病気以外のことで有給休暇を取る人はまれだった。休んでもいいのに休まないのは、勤め人の悲しさである。有給休暇を取れば、それが勤務成績に響くからであった。しかし加藤はその有給休暇を取っていた。前の年には十三日も取って山歩きに当てていた。有給休暇を取らなければ山へ行けないから取ったのである。会社の規則で許されている休暇だから、なにも遠慮することはないのだという割り切り方ではなく、有給休暇を取ることに、いくばくかのうしろめたさのようなものを感じながらも彼は正規の手続きをへて休暇を取った。そのかわり山から帰ると彼はよく働いた。朝は三十分ないし一時間早く出勤していたし、居残りを命令されなくても、自らすすんで居残って仕事をやった。有給休暇を取って山へ行くかわりにそのぶんだけふだんは働くのだという加藤の気持は、いつか職場の中に知れ渡っていたから、彼が山へ行くといっても、またかという気持で|眺《なが》めている者が多かった。加藤は研修所時代をも通算すると、会社へ入ってそろそろ十年にもなるが、いまのところ、ただの技手である。係長でも課長でもない。そういう責任ある立場でないから有給休暇を取って山へも行けるのである。 「二月半ばごろに|槍《やり》へでかけようと思っています」  外山三郎はうなずいた。一月に八ヶ岳へ登って、今度は槍ヶ岳かという顔だった。冬の槍となると一週間はかかるだろうと、外山は頭の中で勘定した。 「行って来るがいい、いつかは冬の北アルプスをやるだろうと思っていた。|誰《だれ》といくのだね」 「ひとりです」 「なにひとりで厳冬期の槍ヶ岳へ」  外山三郎が大きな声を上げたとき、ドアーが開いて、園子が、お茶と菓子を持って現われた。 「さっき歌を歌っていた園子さんだよ」  外山三郎は園子を加藤に紹介して、園子には、 「例の加藤君だ」  といった。例のといったのは、もう加藤のことは、この家では何度となく話題になっている証拠だった。園子にどうぞよろしくと|挨《あい》|拶《さつ》されると加藤はなんとなく頭をさげて、そして、ひどく顔のほてって来るのを感じた。自分の顔が真赤になっているのがよく分るけれどどうしようもなかった。さがっていこうとする園子に外山三郎はそこに坐るようにといった。園子さんは洋裁を勉強に神戸へ来たのだよと外山三郎は加藤に向って言った。そして、からかうような顔で園子を見ながらほんとうは洋裁より、歌と本が好きなのだ、この子は歌を歌っているか本を読んでいるかどっちかなんだといった。 「あらいやな|小《お》|父《じ》様、小母様にいいつけてあげるから」  園子は外山三郎をぶつようなかっこうをしたが、すぐ加藤の方を向いて、 「加藤さんも山の紀行文をお書きなさるの」  と聞いた。  加藤はその質問を受けたとき、ほんとうの意味の初対面の女として園子を見た。整った顔をしていた。紺のスカートに白いセーターがよく似合った。 「園子さんは本を|濫《らん》|読《どく》するんだ。うちへ来てからは、山の本に興味を持って、片っぱしから読み|漁《あさ》っている」  外山三郎がいった。 「まあ読み漁るなんて、私はちゃんと系統だって読んでいるつもりですわ。山の紀行文ていいわね。読んでいると、自分自身が美しい自然の中へ引っぱりこまれていくようだわ」 「そういうことばかりではないだろう」 「でも登山家の書いた文章を読んでいると苦痛があっても、苦しいとは書かず、意識的に登山行を美化しようとするのね。それでいいと思うわ。たとえそれが自己陶酔であっても、読んでいる人が楽しくなり、美しくあればそれでいい……」  ねえ、そうでしょうというふうな|眼《め》を園子は加藤に向けた。 「こういうふうに生意気なことをいうお嬢さんだよ」  そういっておいて外山三郎は、急に思いついたように、 「そうだ加藤君、八ヶ岳の冬山山行を、神戸登山会誌に投稿してくれないか。会長の梅島七郎君にたのまれているのだ。山へ登ることと、その記録を残すこととは同じように大切なことだからね。原稿締切りは、来週の火曜日なんだ」  加藤はどういって返事をしていいのか迷っていた。神戸登山会の存在はよく知ってはいたが彼はその会員ではなかった。そのことについて|訊《き》こうとしていると、 「加藤さんの紀行文ぜひ読みたいわ。その本が出たら、私に真っ先に読ませてね」  園子はむぞうさにいった。 「はい、必ず持って来ます」  加藤はそう答えて、はっとした。いったい山の文章が|綴《つづ》れるだろうか、園子に見せて恥ずかしくないものが書けるだろうか、それが心配だった。  十時近くまで外山三郎のところにいて、加藤はつめたい夜の街へ出た。十時近い時間だと教えてくれたのは外山三郎の妻の松枝だった。加藤は時間を忘れていたのだ。そんなに遅くまで他人の家にいることが失礼だということすら忘れていたのは——忘れさせていたのは園子の存在だった。  |背稜《はいりょう》の山から吹きおりて来る風のつめたさで加藤は、自分がかぎりなく上気していることを知った。頭の中は園子でいっぱいだった。頭の中だけでなく|身体《か ら だ》中に、園子が入りこんで来つつあるような気がした。下宿へ帰ってつめたい寝床に入っても、園子の顔がちらちらした。しかし眼をつむって園子の顔を思い出そうとすると、写真を前に置いたようにはっきりとした特徴が浮き上っては来ないのだ。園子は特徴のないところに特徴がある女かも知れない。眼が細く、鼻は高からず低からず、鼻筋は通っているけれど、それほど高くはない。口はやや大きいけれど、白く|揃《そろ》った歯が美しい。 (そうだあのひとの|頬《ほお》の線が美しい)  と気がついて加藤は、やっと園子の顔の特徴は、人形店に飾ってある日本人形の顔だと思った。 (だがあの|女《ひと》は日本人形ではけっしてない)  日本人形的の型にはめこまれた女でないことは、ぴんぴんひびくような言葉のやり取りを聞いているとよく分った。 (すばらしい女だ)  加藤は身体の熱くなるのを感じた。しかし加藤は、そのすぐあとに、園子と彼との場の違いを感じた。  加藤は|闇《やみ》の中で深く大きくひとつ深呼吸をした。長く深く空気を吸いこんで吐き出していく途中で、彼はやりようもない|淋《さび》しさに襲われて来るのである。孤独の淋しさではない、|厭《えん》|世《せい》|感《かん》でもない、それは、ときどき、無警告に襲って来る劣等感であった。大学を出ていないということだった。大学を出ていなければ、一生かかっても技師にはなれない。|生涯《しょうがい》大学出の技師の下に技手として過さねばならないのだ。そんなとき心の中で、人間は学歴だけの尺度で計ることはできないのだと理屈をつければさらにみじめになっていくのである。 「だが山には学歴は通用しないぞ」  彼は闇に向っていった。 「現在は、大学山岳部が事実上、山におけるエリートの座に|坐《すわ》っている。しかし、近いうち、そのエリート意識は社会人によって追放されるのだ、それをやるのはおれなんだ」  加藤は叫ぶようにいった。いたるところの山で、それまでに会った大学山岳部員の姿が交錯し、その中へ園子の顔がクローズアップされた。 (いったいおれはなにを考えようとしているのだ)  加藤はがばっとはね起きると、電気をつけて、いつものように、山の服装に着かえると、ルックザックと携帯テントをかついで階下におり、裏の庭へねぐらを求めていった。冬山へ向うための鍛練ではなかった。暖かい寝床の中で、余計なことを考えるよりも、もっと現実的な寒気に触れることの方が大事だと思った。  彼はルックザックに足をつっこみ、|蝦《えび》のように丸くなり、すぐ安らかな寝息を立て始めた。  |梓川沿《あずさがわぞ》いについている踏みあとを加藤はひとりで歩いていた。|沢渡《さわんど》から中の湯まで誰にも会わなかった。少年の幽霊が出るというカマトンネルもひとりで歩いた。小雪がちらちら舞うような天候であった。梓川は雪におおわれていて、その|清《せい》|冽《れつ》な川の音は聞けなかった。踏みあとは、梓川の川床におり、上高地の広々とした雪の樹林の中へ続いていた。人の踏みあとをたどって歩いていると孤独感はなかった。踏みあとは自信ありげに続いていって、小屋の前で止っていた。その付近に足跡が乱れていた。足跡から見ると、先行者は、その小屋へ泊って、今朝あたり、更に奥へ入っていったように思われた。  その小屋には常さんがひとりでいた。加藤は雪を払って中へ入った。常さんという|素《そ》|朴《ぼく》な男がひとりで小屋の番をしているから、酒を一升背負っていけ、と志田|虎《とら》|之《の》|助《すけ》に教えられたとおりにしてよかったと思った。  常さんは加藤を十年の知己のような笑顔で迎えた。炉に|薪《まき》をどんどんとくべ、彼が生活の|糧《かて》のために|獲《と》った|岩《いわ》|魚《な》をおしげもなく加藤のために出してくれた。客人をもてなすというよりも、親友のために、ありったけのふところをたたくといったふうな張り切り方だった。  加藤は他人からそれほどの好意を持った歓迎を受けたためしはなかった。常さんのことは聞いて来たが、常さんは加藤のことは知らなかった。一面識もない人間を、無条件に受け入れて心からもてなすということはなかなかできないことであり、常さんがそうするのは、人里はなれた上高地にひとりでいるという立地条件がそうさせるのではないかと思った。 (常さんもまたなにかの理由で孤独を愛する人に違いない)  加藤は上高地に終生ひとりで暮した嘉門次のことを話で聞いていた。嘉門次も常さんのような人にちがいないと思った。 「常さん、こんな山の中にひとりでいたら|淋《さび》しいでしょう」  と加藤がいうと、 「いんや、さびしくなんかあらずけえ、さびしくなったら、おらあ歌を歌うだ」  といって常さんは|安曇《あ ず み》|節《ぶし》を歌い出したのである。 [#ここから2字下げ] 白馬七月 残りの雪の  あいだに 咲き出す  あいだに 咲き出す 花のかず 花のかず [#ここから3字下げ]  チョコサイコラコイ [#ここで字下げ終わり]  常さんの酔った顔に|榾《ほた》|火《び》が映えた。常さんは一緒に歌えとは言わなかった。くりかえし、くりかえしひとりで歌っている顔いっぱいに、淋しさがあふれていた。常さんは孤独を愛していながら、一方では、しきりに人を求める淋しがり屋に違いないと加藤は思った。そこには明らかな矛盾があったが、加藤にはよく分るような気がした。加藤自身もまたつい一カ月前の八ヶ岳山行において孤独を求めながら、孤独から逃げ出そうとした。  人影を求めて夏沢峠を越えて本沢鉱泉へ行ったのも、赤岳の頂上をきわめると、逃げるように山をおりたのも孤独からの逃避ではなかったろうか。 「明日の天気はどうでしょうか」  加藤は常さんに天気のことを聞いた。 「まあまあだね。冬になると、いいっていう日はめったにねえからね」  いいって日はめったにないというのが、北アルプスの冬の気象を率直に表現したものであり、ぴったり身にしみることばでもあった。日本の冬の気象を雪と晴れとの二つに区分する、中央背稜山脈の核心部に近づけば近づくほど、いいって日はめったになくなるのだ。  加藤は、湿ったふとんにもぐって風の音を聞いた。ひとつき前の八ヶ岳山行よりも更に困難なことが前途にあるように思えてならなかった。  翌朝常さんの小屋を出るときには青空が見えたが、明神池まで行かないうちに、空はもう曇っていた。  先行者の踏みあとは梓川の雪の|河《か》|原《わら》に真直ぐ続いていた。常さんに聞くと、先行したパーティーは五人の大学生だということだった。  横尾の出合から|一《いち》の|俣《また》|小《ご》|屋《や》への道はかなりの積雪の道だったが、先行者によってラッセルしてあるから、さほど苦労することはなかった。  その道は既になんどか通った道だったが、違う道のようだった。夏と冬との懸隔は、八ヶ岳の場合より大きいように思われた。  一の俣小屋は裏口を開ければ中へ入れるようになっていた。|布《ふ》|団《とん》もあったし、炊事用具も薪もあった。  彼はそこで少々おそい昼食を|摂《と》ってから、から身になって槍沢へでかけていった。ラッセルのあとはいささかのよろめきも見せずに槍ヶ岳の方向へ延びていった。槍沢の小屋は雪に埋もれて、屋根だけしかなかった。踏みあとはそこで、ワカンから、アイゼンに履きかえられていた。  槍ヶ岳から吹きおりて来る風は強烈だった。その風上に槍ヶ岳の姿を求めたが、稜線を閉ざした霧は容易に去るような気配は見せなかった。  加藤は踏み跡に眼をやった。先行した大学山岳部が|今《こ》|宵《よい》はおそらく大槍か、|殺生《せっしょう》か、槍ヶ岳の肩の小屋のうちいずれかへ泊るのだろうと思った。 (すると、明日槍ヶ岳をやるつもりなんだな)  加藤は頭の中で、一の俣小屋から肩の小屋までの所要時間を六時間と仮定した。 (四時に一の俣小屋を出発すれば、十時には肩の小屋へつける、そうすれば、|或《ある》いは学生たちがまだ槍ヶ岳へ登らないうちに槍ヶ岳の頂上へ到着できるかも知れない)  そう思った。  大学山岳部と競争するつもりは毛頭なかったのだが、二日間、他のパーティーのラッセルしたあとをたどって来たことが加藤の自尊心をはなはだしく傷つけていた。明朝の天候|如《い》|何《かん》によっては或いは彼等より早く、槍ヶ岳の頂上につくかも知れないと思うと、加藤は、いま来た道を一の俣小屋へ向ってとっとと引きかえしていった。問題は朝早く出発できるかどうかにかかっていると思った。朝のうち、山の天気は安定していて、日が昇るとともに荒れ出すのは、山の生理現象であるから、山がまだ眼をさまさないうちに、行けるだけ行った方がその日の行程は楽になる。  朝予定どおり出発できるかどうかは、朝食の|摂《と》りかたによる。加藤はいままでの経験でそのことをよく知っていた。  彼は暗くならないうちに、腹いっぱい食べた。|魔《ま》|法《ほう》|瓶《びん》の中へ湯を入れておいて寝た。  風は一晩中、小屋をたたいて|止《や》まなかった。彼は三時に眼をさまし、うとうとしていると四時になった。彼は懐中電灯の光で布団をたたみ、身ごしらえをすると、魔法瓶の湯でドーナツとチーズを食べて外へ出た。満天の星が彼を待っていた。  加藤は、しばらくその美しく、つめたい冬の空に眼をやっていてから、懐中電灯の光をたよりに、きのうの踏み跡について歩き出した。  風はたいしたことはなかった。寒さも、きついとは思えなかった。好調なスタートだった。出だしのいい日は、すべてについてうまくいくのだという確信のようなものが加藤の頭にひらめいていた。  雪に埋もれた槍沢小屋で、ワカンをアイゼンに履きかえるころにはもう懐中電灯は必要なくなっていた。  日の出と風が出るのとはほとんど同じだった。まるでその二つの自然現象が心を合わせたように、日の出が|槍《やり》ヶ|岳《たけ》を赤くそめるのを、ちらっと見ただけで、加藤は槍ヶ岳の肩を越えて吹きおりて来る猛烈な向い風に前途をさえ切られた。飛雪の幕が意地悪く、視界を閉じ、飛雪とは別に、どこにひそんでいたのか、突然|湧《わ》き出して来た山霧が稜線をかくしこんでしまった。  それでも、槍ヶ岳の朝日に輝く一瞬を見たことは、加藤に取ってもうけものであった。二月の槍ヶ岳のモルゲンロートの美しさは、見た人以外には分らないのだと考えながら、ふと彼は、園子の言ったことを思った。 (ひとりだけで山の美しさをたのしんでいるのはエゴイストじゃあないかしら。美しいものはみんなに見せてやればいいのよ。絵でもいいわ、写真でもいいわ、文章でもいいわ、ねそうでしょう、加藤さん)  しかし、あの美しさをどうして文章に現わしたらいいのであろうか。まだ夜の表情をそのままに残している空に向って突き出した白い槍の|尖《せん》|峰《ぽう》に、なにかひとかけらの、光る物体が衝突したような異常な輝きをみとめた。次の瞬間、その尖端はバラ色に燃え始めていたのである。輝きの、すみやかな変化と、なにものにも比較することのできない、清らかなルージュに染められた槍の穂先に向って、加藤が声をかけようとしたとき、ふわりと山霧の衣がかけられたのである。  加藤はその光景をなんどか頭の中で|反《はん》|芻《すう》しながら、これを園子の求めに応じて、文章に組立てることは至難中の至難であると思った。加藤は肩の小屋へ向っての急斜面を風とたたかいながら登っていった。雪はよくしまっていて、アイゼンの歯が効いた。もし風がなかったら、夏よりもはやく登れるだろうと思った。ナダレについては、梓川の|渓《けい》|谷《こく》を歩いているときからずっと不安だった。ナダレについての文献は読んでいた。降雪の翌日ではないから、ナダレの危険は少ないが、強風によって起るナダレも考えられないことはなかったが、いつか加藤の頭からは、ナダレのことは、消えていた。ナダレより当面の強風が問題だった。しばしば彼は吹きおろして来る強風の中で呼吸困難におちいった。風に顔をそむけるようにまげても、風は彼の吸うべき空気さえ奪い取った。止むなく彼は、雪面に|這《は》うようにして、いくらかでも風の攻撃をさけ、盗むように呼吸をした。八ヶ岳の風も強かったが、八ヶ岳の比ではなく、寒風は、志田虎之助から借りて来た防風衣をさしとおして、加藤の体温を引きさげようとした。八ヶ岳のときは、風をさける岩の陰があったが、槍沢から肩の小屋にかけての急斜面にはそういうところはなかった。そこだけが風が強いのか、その強さは、高位差に対して平均的なものであるのかは全く見当はつかなかった。  それは耐えがたい寒さと風の強圧であり、そのまま前進することは本能的に危険であることを彼は知った。それまでの夏山山行においても、本能的に危険を|嗅《か》ぎ取って引きかえしたり、転進したことはなんどかあった。夏山と違って冬山だから、危険を感じたら、無理をしないで引きかえすべきだと思った。  加藤は地形のくぼみに這いこんでひといきつきながら、進退を考えた。山霧の間から時折姿を見せる槍ヶ岳には雪煙らしいものは見えなかったが、それだけで上の方が風が弱いとは判断できなかった。雪煙の見えないのは、雪が風に吹きとばされてないからだと考えるべきだった。しかし、加藤は山霧の動きに多くの疑問を持っていた。上の方も、彼のいるところと同じように風が強いならば、山霧にもっとはげしい動きがみられていいはずだった。吹きとばされるか、少なくとも、|風《かざ》|下《しも》に向って、山霧の急速な流れを見ることができる|筈《はず》であった。  加藤はにっこり笑った。  正体を見破ったぞという気持だった。やはり風の強いのは、この付近だけなのだ。肩の小屋まで行けば、それからは、割合楽に槍の穂に取りつけることができるに違いない。  加藤の|小《こ》|柄《がら》な身体は雪の斜面を、手堅い速さで這い登っていった。  肩の小屋が半ば雪に埋もれており、その付近に足跡が乱れていた。雪を掘ったあとも見えた。先行者が小屋を掘りおこして泊ったかどうかを見きわめるまでにはいたらなかった。肩の小屋から右に足跡を眼でたどっていくと、槍の穂の夏道登山道のあたりに、数人の人かげが動いていた。  加藤は思わず声をあげた。風に吹きちぎられて相手に聞えるはずがないのに、声をあげずにはおられないほど、人に会ったことは|嬉《うれ》しかった。  加藤は追いつくことに懸命だった。槍の肩に出ても、風はつのるばかりで、いっこう弱くなりそうにもないし、山霧の中に閉じこめられたので|眺望《ちょうぼう》は効かなかった、視程距離はせいぜい千メートルそこそこであった。  白く見えた槍の穂も近よってよく見ると、雪が吹きとばされて、岩が露出している部分が多かった。  五人のパーティーはザイルを組んで、ゆっくりと登頂をつづけていた。五人のパーティーのうちの|誰《だれ》かが、加藤を発見したらしく、パーティーは行動を中止して、いっせいにふりかえった。それを加藤は、五人のパーティーの歓迎と見た。加藤はピッケルを空中にあげて、ぐるぐる|廻《まわ》した。五人のパーティーからの|応《こた》えはなかった、五人の男たちは、石に化けたように動かなかった。加藤は、もっと大げさの合図をおくるべきだと思ったから、そこにルックザックをおろして、前よりも激しくピッケルを振ったり、踊り上って見せたりした。  しかし、加藤が、それを始めると同時に、五人はそろって、加藤に背を向けて、今までどおりの前進運動を始めたのである。無視されたと加藤は思った。山で|挨《あい》|拶《さつ》されたら挨拶しなければならないというルールを守らないけしからぬパーティーだと思った。  加藤は若かった。五人のパーティーの立場から、加藤自身の行動を客観視しようとしなかった。厳冬の槍ヶ岳へひとりでやって来るという、常識を無視した登山者の暴挙に対して五人のパーティーは批判の眼を投げていたのだったが、その登山者からピッケルを頭の上でぐるぐるふるという奇妙な合図を送られると五人のパーティーは驚きを越えて、近づいて来る加藤に無気味なものを感じたのである。  加藤は、きのう雪に埋もれた槍沢小屋のあたりで考えたとおり、見事に大学山岳部を追抜いてやろうと思った。彼は雪の多いところはさけて、夏の登頂路をすぐ右側に見ながら、岩尾根をよじ登っていった。  槍の穂の|登《とう》|攀《はん》を始めてすぐ加藤は、風が静かになったことを知った。やはり上層の方が静穏であったのだ。槍の穂の半ばを過ぎたところで、加藤は、五人のパーティーと並び、そして追抜いた。その時も、五人のパーティーは、行動を停止して黙って加藤を見送った。加藤は二度と手を上げたり声をかけたりはしなかった。そこで挨拶して、また無視されたら、救いようのないほどみじめになるだろうと思った。  加藤は槍の穂の頂上に立った。  頂上の雪は意外に少なく静かであった。ほとんど風はなかった。頂上三角点の標石も、|祠《ほこら》も、夏のままであった。  大正十五年の夏、はじめてこのいただきを訪れて以来、この五年間に、何回この頂上を踏んだことだろうか。そしてとうとう厳冬期に槍の頂上を踏んだのである。  加藤は冬山に入るまでの長い間の基礎山行が|無《む》|駄《だ》ではなかったと思った。  山霧をとおしての視界はせまかった。せまい頂上をぐるぐる歩き|廻《まわ》っても、なにも見えないと同然だった。  加藤は|北《きた》|鎌《かま》|尾《お》|根《ね》への下り口までいってみた。大きな岩を抱くようにして廻りこんで行く道には雪がぎっしりつまっていた。その岩陰を通って北鎌尾根へ出ることは危険だと考えながらも、その道は行きたい道だった。  人の声がした。五人のパーティーは次々と頂上に登って来た。頂上に六人が立つとそれでいっぱいになりそうにも思えるほどせまい頂上で、知らん顔をしているのも気になることだった。加藤は、パーティーのリーダーらしき男の方へ近づいていった。挨拶すべきだと思ったのである。加藤は雪眼鏡をはずした。そして笑いかけた。加藤はそこでは笑いかけずに、むしろ怒ったような顔をして、挨拶した方がよかったのだが、加藤は、彼の最大の好意と親愛の情を、あの不可解な微笑に託して送ったのである。  リーダーの男は眼鏡をかけたままだったが、彼の表情がこわばったことは加藤にも読み取れた。 「ええ|日和《ひ よ り》やな、ほんまによかったな」  加藤がいった。  相手は軽く頭を下げただけで、加藤が更に一歩近づこうとすると、加藤に背を向けた。五人は加藤を意識して、つめたくかたまった。加藤は、雪眼鏡をかけ直した。ここに長くとどまるべきではないと思った。加藤が下山をはじめると、パーティーの中のひとりが加藤に聞えるように言った。 「関西らしいなあいつ」 「いやな|奴《やつ》だ、こんなところでわざと追抜きなんかやりやあがって」  加藤はその二つの言葉を背負いこんだまま槍の穂をおりた。関西らしいなといったのは、加藤のことばから察したのだろうが、その語気には関西に対する反感の針がひそんでいたし、わざと追抜きをやったという言葉のなかには敵意が感ぜられた。別に追抜く必要はなかったのだが、そういう結果になったことを悔いた。  孤独な下山は加藤の足をはやくした。彼はその日のうちに上高地までおりて、常さんのところに一晩泊ると、翌朝早く松本へ向って、雪の道を|安曇《あ ず み》|節《ぶし》を歌いながらくだっていった。常さんから教わった安曇節はどうやらものになりそうだった。      5  梅雨という文字が新聞紙上で眼につくようになったころには、梅雨期は終りに近づいていた。はげしい雨がしぶきを立てて通りすぎると、一時|小《こ》|止《や》みになり、すぐまたどしゃぶりになるというような日が、幾日か続いた。  加藤文太郎は雨の中を|長《なが》|靴《ぐつ》を履き|合《かっ》|羽《ぱ》をかぶって徒歩で会社へ通勤していた。合羽をかぶると|身体《か ら だ》がむれるように暑かった。あまり格好はよくなかった。レインコートを着て、|蝙《こう》|蝠《もり》|傘《がさ》をさしていく一般のサラリーマンと比較すると異例に見えたが、加藤は別にそういったことを気にするふうもなかった。そういう格好で、会社に通勤することに、なにか意味づけようとするならば、やはり、それは山に通じていた。雨が降ろうが風が吹こうが、歩くことを止めたくないという気持が彼に雨合羽を着せかけたのである。  雨の道を走るような速さで歩いて会社へ出勤すると、会社はまだ夜のようにひっそり静まりかえっている場合が多かった。受付で部屋の|鍵《かぎ》を|貰《もら》って、内燃機関設計部第二課のドアーを開け、電灯のスイッチを入れると、部屋は眼を覚ます。ずらりと並んでいる設計台が、そこに|坐《すわ》るべき人はまだ出勤していなくとも、生きもののような形に見えて来るのである。  ときによると、彼よりも早く、庶務係の田口みやが出勤していることもあった。田口みやはもともと無口なたちだし、加藤文太郎も必要のこと以外はしゃべったことはないから、ふたりは顔を見合せても、ちょっと頭を下げるていどの挨拶しかしたことはなかった。  田口みやはいつも紫の|袴《はかま》をはいていた。出勤して来ると、ざっと部屋の掃除をしてから事務机に向うと、昼食時まで立つことはほとんどなかった。  その朝も加藤はいつものとおり、一時間近くも早く出勤して、設計台に向って、きのうの続きの仕事をやっていた。彼の手の下から生れ出ていく線や円が複合され、やがてそれが|唸《うな》り音を上げて回転する新しい機械になるのだというふうな新鮮味の強い仕事ではなかった。それに類似する仕事は、すでに何度かやったことがあり、いうなれば過去の模倣のような仕事であった。  加藤は鉛筆の線が|創《つく》り出すものが未来への幻想につながるなにか——たとえば立木勲平海軍技師が、つね|日《ひ》|頃《ごろ》口にしている、画期的な設計であったらと考える。画期的な機械となると、いち早く加藤の頭に浮び上るのはディーゼルエンジンであった。ディーゼルエンジンは、いまや脚光を浴びつつある機械だった。改良発展の余地はいくらでもあった。 「一つの部分品の改良によってその機械全体としての能率が一パーセント向上されたとすれば、それは潜水艦が敵艦一|隻《せき》を撃沈したと同じぐらいの価値に相当するのだ」  加藤は立木技師の言葉を念頭に浮べながら設計をつづけていた。あり来たりの図面を書くより、なにか新しいものを設計して見たかった。研究試作課へ転勤したいというのではなく、彼自身で考え出したものを製品化したいという希望は持っていた。神港造船所はどこの職場においても、従業員の創意工夫は歓迎されていた。新しい考えがあれば、どしどし申し出るように奨励されていたけれど、比較的、職場部内からの改良や発明はなかった。あってもほとんど目立たないような小さいものばかりだった。 (そのうちおれはディーゼルエンジンの構造について、なにか新しい考えを打ち出してやるぞ)  ディーゼルエンジンの設計図を書きながら加藤は、いつもそんなことを|漠《ばく》|然《ぜん》と考えていた。どこといって指摘するところはないけれど、ディーゼルエンジンのメカニズムはスマートとは思われない。鈍重な機械という既成観念のもととなる、なにかがあるのである。それが|掴《つか》めなかった。  加藤は鉛筆をおいて、コンパスを持った。|誰《だれ》かが彼の名を呼んだような気がしたからふり向くと、田口みやが立っていた。 「加藤さん」  と田口みやは小さな声でいった。 「あなたの有給休暇はあと二日しか残っておりませんが……」  やっと聞き取れるような声だった。 「あと二日、すると今年になって、もう十二日休んだということになるのか」  加藤は口をとがらせていった。 「はい、すみません」  田口みやは加藤の休暇を消費した責任が自分にでもあるかのように、もう一度すみませんといって頭を下げた。 「わかったよ。あと二日は、なにかの用意に取って置いたほうがいいっていうんだろう」  それにしても、ほんとうに十二日も休んだかなと加藤は首をひねった。一月、二月、三月と連続して冬山へ入ったのだから、その積算が十二日になるのは当り前だとしても、加藤には、それが当り前のことに思われなかった。一月に、生れて初めて冬の八ヶ岳を訪問して以来、冬山のとりこになって、二月、三月とつづけて北アルプスを訪れた彼の、冬山に|憑《つ》かれたような行動の実録が十二日という数字になって現われたのである。有給休暇があと二日ということになると、事実上、今年は、山へはもう行けないことになる。それ以上休めば、欠勤となって成績に関係するということを田口みやは警告したのである。  加藤は田口みやの事務机の方へ眼をやった。そのことを教えてくれたのは田口みやの好意と思われた。おそらく彼女は、加藤が、例年のように梅雨あけと同時に、活発な登山活動を始めるものと思ったのにちがいなかった。 「今年はもう高い山はあきらめるさ」  加藤はひとりごとをいった。遠く日本アルプスまで行けなくとも、神戸の近くには、土曜、日曜を利用して登れる山はいくらでもあった。山には不自由しない自信があった。それに、冬山に入門した加藤にとっては、夏山にはそれほど魅力は感じなかった。 (ヒマラヤへ行くための下準備は冬山をみっちりやることなのだ)  彼自身が考えた理屈だった。冬山をたっぷりやるためには、休暇をそっちの方へ廻して、夏は山が多い神戸にいることもやむを得ないだろうと考えていた。 「毎朝早いんだね、加藤君」  そういって入って来たのは影村技師であった。加藤は立上って朝の挨拶をした。 「梅雨のうちはなんとかなるが、この梅雨があがったら大変な暑さになるぞ」  影村技師は額の汗を|拭《ふ》きながら、 「だが、君はいいね。山がある。暑くなったら山へ行けばいい」  影村がいった。 「だめなんです。休暇はあと二日しかないんです」  二日ね、と影村はいった。 「二日じゃあ遠くの山へは行けないだろう。そうかといって、これから暮まで、ずっと休暇なしじゃあ気の毒だ。なんとかして貰うんだな。君自身の口からはいいにくいだろうから、ぼくが課長に頼んでやってもいい」  頼んで見たところで、どうにもならないことは分っていながら、そういうのは影村の単なるなぐさめのことばだけのようでもなかった。 「確かに君は山へ行くために会社をよく休む。しかし、君は休んだだけのことはちゃんと取りかえしている。だから君だけは特別な扱いを受けてもよいと思うんだがね」  公式にはできないが、外山課長さえ納得させれば、有給休暇が二、三日オーバーしてもなんとかなるだろうと影村はいいながら、彼の机の引出しから小冊子を出して、 「読んで見るがいい。なかなかいいことが書いてある」  といった。論文の|別《べつ》|刷《ずり》だった。白表紙に「|渦流燃焼《かりゅうねんしょう》室における燃料消費率についての考察」と印刷されてあった。  高速ディーゼルエンジンの燃焼室は、直接噴射式、予備燃焼室式、空気室式、そして渦流燃焼室式の四種類があった。直接噴射式以外は燃料の霧化混和を促進するために、補助室を持っていた。渦流燃焼室式は渦流を利用して、燃料の霧化促進をはかる方法であった。 「ディーゼルエンジンの今後の発展は、いかにして霧化促進をはかるか、というあたりに問題が集中した感があるな」  影村はそこで言葉を切った。始業のベルが鳴ったからである。 「霧化促進……」  加藤の頭にはそこが残った。機械技術者の一人として、加藤もまた、急速に進歩しつつあるディーゼル機関に対して多くの夢を|賭《か》けていた。ディーゼル機関については理論上の大発展は期待されないとしても、小改良点はいくらでもあった。例えば加藤が、現在設計しつつある、小型ディーゼルエンジンにしても、同じ体積と重量で、更に高度の出力を得ることだってできるのだ。  彼は製図板に向った。彼の設計している部分はそのエンジンのカバーの部分だった。カバーというよりも、船体に取りつける部分といった方が当っていた。燃焼室や|噴射弁《ノッズル》のような部分についての設計は、ベテランの技師たちが担当していた。  彼は鉛筆を持ちなおしてから、口先をとがらせて図面の上をふうっと吹いた。彼の設計に当っての癖であった。研修所時代のケシゴムのこなを吹きとばす癖が、そのまま残っていたのである。  図上には、ごみはなかったが、吹けばなんとなくさっぱりした気持になり、彼の描いた図が見えて来る。 (いったいこのディーゼルエンジンは、なにに使うのだろう)  彼はふと思った。漁船用のエンジンではないし、港湾内の小型船のものでもない。すると、やはり、軍事上の目的のものかも知れない。彼はそのことについて、昼食時間に、食堂で影村一夫に聞いて見た。 「海軍で使う小型|舟艇《しゅうてい》のエンジンだよ」  影村はけろりとした顔でいった。 「海軍で使うんですか。それならなぜ秘密扱いにしないんですか」 「それほどの必要がないからさ。あんなエンジンはどこだって作れる。もっとも海軍の|狙《ねら》いは、いざとなったら、どこでも作れるように民間会社の技術を高めることも考えているんだ。いわば、会社は注文をいただいて練習させて貰っているみたいなものなんだ」  影村は皮肉の微笑をもらしながらいった。 「いざとなったらって、どういう意味なんです」 「戦争になったらということだ」  戦争と聞いて、加藤は背になにかうすら寒いものを感じた。 「戦争が始まるんですか」 「始まらないと、どうにもこうにもやり切れないだろう。この沈滞した空気を吹きとばすものは戦争以外になにもないんだ」  加藤は影村とそれ以上話しているのが不安だった。影村一夫は変った。研修所時代に、陰険だった影村を知っている加藤にとっては、影村のさし伸ばして来る好意の手をすぐには握れないし、影村の話も、額面どおりに受取ることを|躊躇《ちゅうちょ》した。 「加藤君、戦争がこわいのか」  影村がいった。加藤は首をふった。 「そうだろう。山男の君が戦争をこわがるはずがないと思っていた。ところで加藤君、君がいま設計している図面のことだが」  影村は加藤をつれて、昼休みでがらんとしている設計室に入っていった。 「この取付け角度は少々あまいんじゃあないのかな。ここはこう直して置いた方がいい。もう一度考えて見たらどうだろう」  影村は、一枚の略図を加藤のために用意していた。計算書もついていた。  加藤は影村がいなくなってからも図面を|睨《にら》んでいた。影村のいうとおりだった。 (影村技師は、なぜあんなにぼくに好意を示すのだろう)  ふとそう思ったが、すぐ加藤は、それはこの世界における先輩、後輩のあり方であって、他意はないものであろうと考えようとした。そう考える以外に考え方はなかったのである。  梅雨があけて、やたらとセミのうるさい日曜日の午後、山手住宅街の坂道を、加藤は、白ガスリの着物を着て歩いていた。  外山三郎の家の二階の窓は明け放されていた。園子の歌声が聞えることを期待していったが、二階は静かだった。しかし、玄関に立つと、すぐ庭の方から、園子の|甲《かん》|高《だか》い声が聞えた。外山の声と、知らない男の声がした。それらの声に混って、コツンコツンとなにかものを打つような音がした。 「そのまま庭の方へお|廻《まわ》りになったらどう……」  松枝夫人はにこにこ笑いながらいった。  松枝夫人がいつになく化粧を濃くしていることと、着物を吟味して着こんでいることから、加藤は、外山家にとって大事な客が来ているだろうことを想像した。  加藤は玄関でちょっと迷った。来客中ならば邪魔しては悪いという気持と、明日の午後来いと外山三郎にいわれたこととがオーバーラップした。 「めいわくではないでしょうか」  加藤は、庭の方の物音に耳を傾けながらいった。 「あなたの来るのを待っていたのよ。あなたが来たら、いくら、佐倉さんでもかなわないだろうって、うちのひとがいっていたところなのよ」 「なにをやっているのです」 「ピンポンなのよ。園子さんがまた、下手のよこ好きでしてね」  加藤はうなずいた。音はピンポンのはねかえる音だったのだ。それがなぜピンポンに聞えなかったのだろうか。加藤は玄関を出てから|枝《し》|折《おり》|戸《ど》を押して、庭に廻った。  庭の芝生の上に組立て式のピンポン台が用意されていた。ピンポン台をかこむようにして、白いワンピースを着た園子と、白ズボンに|長《なが》|袖《そで》のシャツを着た外山三郎、それに|縞《しま》のズボンにワイシャツ姿の佐倉という男がいた。佐倉は|蝶《ちょう》ネクタイをしめていた。 「待っていたよ」  と外山がいった。加藤は佐倉に紹介されるとすぐ、ピンポンの相手をさせられた。佐倉はピンポンについては自信ありげだった。外山三郎や園子に対しては、本気でやっていたのではない証拠に汗を|掻《か》いていなかった。  佐倉は、加藤の出現に対してもたいして驚いた様子は見せなかった。|鼻梁《びりょう》の幅がせまくて、その鼻の先が|鉤《かぎ》|型《がた》に曲っていた。口が小さく、|眼《がん》|窩《か》がくぼんで、奥の方でよく光る眼が加藤を見ていた。一見してインテリ風だった。おそらく、どこかの大学を出て、かなり名の通った会社の、やがては、幹部となるべきコースに乗っているように見える男だった。加藤は、佐倉の鼻が|嫌《きら》いだった。本能的に彼はそういう顔が気に入らなかったのである。大学というエリートを看板にした顔だった。他人を|隷《れい》|属《ぞく》的に見る、許すべからざる顔であった。  加藤はバットを持って、佐倉と向い合ったとき、負けてはならないと思った。加藤は|下《げ》|駄《た》を脱いで芝生に立った。しばらくぶりのピンポンだった。研修所を出て以来のピンポンだったが、やればすぐそのこつを思い出すだろうと思った。  加藤は佐倉に三回続けて負けた。負けると彼は練習不足だからといった。もう、何年もやったことがないからだといった。佐倉は加藤のそのことばに、冷笑をむくいた。五回目に加藤は一点差で勝った。佐倉の額に汗がにじんだ。 「もう負けませんよ」  と加藤は佐倉に宣言した。 「いや、ぼくの方も負けませんね」  佐倉は、自信のほどを顔に表わしたまま加藤を見かえしていた。 「五回勝負で決めたらいいわ」  と園子がいった。 「もういい加減にして、つめたいものでも飲もうじゃあないか」  外山三郎が心配そうな顔でいった。佐倉と加藤が、意識し合っていることがはっきりして来たからであった。 「いいえ、|小《お》|父《じ》様。ちゃんと勝負をつけてからよ」  園子はプレーを宣した。  佐倉は憤然としたように加藤を攻めた。遠慮|会釈《えしゃく》ないはげしい攻撃だった。加藤はその球を受けそこなって、遠くまで拾いにいかねばならなかった。  加藤のピンポンは守備の戦法だった。徹頭徹尾相手の球をショートカットで受け止めるという方法だった。加藤の腕はピストンのように前後に動いて、佐倉の球を受け止めた。いくら激しい勢いで打ちこんで来ても、柳に風と受け止められていると、佐倉の方はあせりが出て来る。それがエラーに直結した。  三対二で加藤は佐倉に勝った。  負けました、と佐倉はバットをピンポン台の上におくと、きちんと両足をそろえて加藤に向って頭を下げた。加藤は、それに|挨《あい》|拶《さつ》をかえしながら、なんと|気《き》|障《ざ》な男だろうと思った。試合を始める前には、そんなことはしなかった。負けたとたんに、いかにもおれは礼儀をわきまえている紳士だぞといわんばかりのふるまいが気に入らなかった。 「大学時代には、もう少し打ちこみが効いたのですが」  佐倉はピンポンのネットをはずしながら園子にいった。  応接間に入ってからは、加藤はほとんど口をきかずに、佐倉と外山との話を聞いていた。話の様子だと佐倉は大阪の大会社に勤めているらしかった。経済問題がしばしば彼の口に乗った。政治問題も出るし、社会問題もでた。社会問題がでると当然のように、彼は労働問題に言及した。 「あいつらのほとんどは、なにも分っていないんです。分らずに主義者たちにおどらされているのです」  内容はどうでもよかったが、加藤にとって聞き捨てにならないのは、労働者をあいつらといったことだった。 「話題を変えようじゃあないか」  外山三郎がいった。外山も、佐倉の一方的な熱弁にいささかおされ気味だった。 「この加藤さんは、すばらしい登山家なんだよ」 「登山家?」  ほほう、この人がという眼で、佐倉は加藤を見直した。二人の視線がからんで、ほどけた。佐倉がいった。 「山なんてどこが|面《おも》|白《しろ》いんでしょうね」  明らかに加藤に対する|挑戦《ちょうせん》だった。 「山へ行ったことのない人には分らないことです」  そういって加藤は立上った。それ以上ここにとどまるべきでないと思った。  園子が玄関まで加藤を送って来ていった。 「加藤さんの山行記録読んだわ……外は吹雪だ。なぜおれは、眠ることさえできないほど寒いこの夜を、たったひとりですごさねばならないのだろうか。この山小屋にはネズミ一匹もいないのだ。……読んでいて|眼頭《めがしら》が熱くなって来るほど感激したわ」  そして園子は加藤のうしろ姿に、また遊びにいらっしゃいませといった。  加藤はふりむかなかった。なにかこうおおぜいの人に、よってたかってばかにされたような気がしてならなかった。 「折角の日曜日なのに」  加藤はつぶやいた。外山三郎が遊びに来いといったから、山へ行くのをやめて行ったのだと、加藤は|鬱《うっ》|積《せき》したものを、外山三郎に当りちらしながら坂をおりていった。不愉快になった原因は、佐倉の出現にあった。佐倉さえいなければ、楽しい日曜日であったはずである。佐倉と園子とをしいて結びつけて考えるつもりはなかったが、園子の服装も態度もいままでと違っていたし、彼女が佐倉の来訪を強く意識していたことは確かだった。  丘をおり切ったところで右へ曲れば、おそらく彼の足は好山荘の志田|虎《とら》|之《の》|助《すけ》のところに向ったに違いない。左へ曲れば、そのまま下宿へ帰ることになる。  彼はそのまま|真《まっ》|直《す》ぐ歩いていった。夕暮れの海が見たいという気持が、ふと頭に浮き上ったからである。海は故郷の浜坂に通じた。このごろはすっかり弱くなった父の姿や、兄夫婦の姿や、四年前に帰郷したときに、|宇《う》|都《づ》|野《の》神社の石段で会った眼の美しい少女の顔など、断片的に彼の頭を通過していく。石段の途中で下駄の鼻緒を立ててやったあの少女のおもかげが、その後もなにかの折にふと思い出されるのはなぜであろうか。彼女のつぶらな澄んだ|瞳《ひとみ》は、故郷の浜坂そのものの象徴でもあるかのように、彼のつかれた頭をなぐさめてくれる。  郷愁の起きるときは、多かれ少なかれ彼の心が沈黙したときであった。会社で疲労したときも、彼のやった仕事の評価があまりよくなかった場合も、山でつらい目に合わされたときも、彼の頭に浮びあがるのは、浜坂の海と山であった。  彼の足は海に向っていった。神戸の繁華街に出て電車の線路を踏みこえようとしたとき、映画館のポスターが眼についた。東京行進曲と書いた大きな|幟《のぼり》が立っていた。彼はなんとなく、その映画館の前へ近よっていった。主演女優の入江たか子と夏川静江のスチール写真が|貼《は》り出してあった。着物におさげ姿の夏川静江が、なにかを見上げている写真であった。その少女に|扮《ふん》した夏川静江の眼が、故郷の宇都野神社の石段で会ったあの少女の眼に似ているなと思った。  彼は三十銭出して映画館へ入った。映画を見るのは何年かぶりのような気がした。ヒマラヤという目的のために、節約をつみかさねている彼にとって、映画などに金を払うのはばからしいことだった。ばからしいことを承知で入りこんだ加藤は、きょうの自分はよくよくどうかしているのだと思った。  映画は|崖《がけ》の上に住む金持娘に扮した入江たか子と、崖下の貧しい庶民の娘に扮した夏川静江との対決であった。映画を見ながら加藤は、崖の上に住む金持娘の入江たか子が、どこか園子に似ているような気がしてならなかった。映画は終りの方をやっていた。結論を先に見て、またふり出しにもどって見るほどつまらないものはなかった。結局映画はつまらなかったが、昔恋しい銀座の柳という主題歌は気に入った。  映画館を出ると、もう日は暮れていた。疲労と、|無《む》|駄《だ》なことに金を使ったという悔恨とが彼を一層無残な気持にした。こういうときにこそ山へ登ればいいのだと考えたが、もう山へ登れる時刻ではなかった。  下宿に帰ると彼のための夕食が、茶の間の食卓の上に、|蠅帳《はいちょう》をかけてあった。  多幡てつも、奥の方でしょっちゅうごほんごほんと|咳《せき》をしている多幡新吉もいなかった。孫娘の美恵子が台所から、やかんをさげて来ると、だまって加藤の前に置いた。美恵子は病的なほど、|痩《や》せ細っていた。青白く透きとおるようにさえ見える皮膚は、けっして彼女が健康体でないことを示していた。  加藤は食事をすませると二階へ上った。寝るまでの時間になんの本を読むかということをしばらく考えたあとで、彼は、彼のその夜の心境にもっともふさわしくないディーゼルエンジンの本のページを開いたのである。頭に入るはずがなかった。字はそこにあっても、彼の頭を占領しているものは、園子や入江たか子や夏川静江や、故郷の少女のことなどであった。彼は少々、自分自身にいや気がした。 (いったい|俺《おれ》は、なんというばかものであろうか)  結局は園子の存在に彼の心はかきまわされているのだと思った。結婚できる相手でもない女に、対象としての女を意識するところに誤算がありはしないかと考えたり、結婚を前提に考える以外に女性との交渉があり得ないなどという、|旧《ふる》い認識にさいなまれている古風な自分を|軽《けい》|蔑《べつ》したりしながら、彼はとうとう、ディーゼル機関の本を閉じて寝床に入って電気を消した。暗くなった途端に頭の中いっぱいに霧化促進ということばがひろがった。眼をつぶるとすぐ眠れるという訓練ができている加藤も、その夜は眠りつけなかった。彼は人声を聞いた。|枕元《まくらもと》でひそひそと|囁《ささや》き合う声だった。その声が気になり出したのは、そういうことが、いままで一度もなかったことであり、それに、その囁きが、通常の囁きではなかったことが、加藤に警戒心を呼び起させたのである。彼は|模《も》|糊《こ》とした不安を感じた。その囁きのなかに、かなりの分量の秘密性が予想されたからでもあった。  囁きは隣室からだった。二人の男と二人の女の囁きだった。二人の女のうち一人は多幡てつであった。話の内容は不明だった。多幡てつが忍び足で前の廊下を通り、|梯《はし》|子《ご》|段《だん》をおりていったあとでも、隣室の三人の囁きは続いていた。 (この家へ来てからもう四年にもなる)  加藤は寝床の中で考えていた。洋室まがいの隣室はいつも|鍵《かぎ》がおろされていた。外国へ行っているこの家の息子の部屋だと多幡てつはいっていたが、その息子が外国からいつ帰って来るかということを聞かないし、なぜ閉め切ったままにしてあるかを彼女はいわなかった。時折その部屋へ東京から客が来て泊った。客の顔は一度も見たことはなかった。加藤の眠っているうちに出ていくか、加藤が出勤したあとで、起き出していくようだった。しかし、その客は通常ひとりであり、今夜のように三人も一度に来ることはめずらしかった。  加藤は、だいぶ前のこと、玄関で無産者新聞を拾ったことがあった。その日も隣室に客がいた。無産者新聞と、隣室へ来る客とを無理矢理関係づけようとする必要はないのだけれど、関係がないというよりも、あるというほうが考えられることだった。加藤は若い労働者であった。労働運動に興味を持たないというよりも持っているといった方がほんとうであり、ことしの一月に結成された労働大衆党の成り行きにも注目していたし、三月に暗殺された山本宣治に対しても同情をおしまなかった。  暗い方へ暗い方へと歩んでいく世相に、押し流されまいとしてすがりついているものは、彼にとって技術と山だった。その二つがなかったならば、彼の青春は労働運動に走ったかも知れない。彼はよくそんなことを考えることがあった。  加藤自身は労働運動の、少なくとも精神的なシンパだという意識を持っているにもかかわらず、彼の隣室で囁かれていることがそういう内容のものであり、男女三人がいわゆる主義者であったと仮定した場合は、なにか加藤のなかにそれに抵抗するものがあった。囁きは陰険であり、不明朗だと彼は思った。そうしなければならないとしても、そうしていることを見聞するのはいやだった。囁きは時折高調した。そして断片的に人の名前や、組織ということばや、オルグなどということばが聞えた。  加藤の眼は|冴《さ》えた。眼が冴え、耳が冴えて来ると、当分眠れそうもない自分がはっきりして来た。彼は尿意をもよおした。起きよう、起きようと思うけれど、なにか隣室の人たちに悪いようでがまんしていたが、とうとう我慢できなくなって、彼はそっと立上った。遠慮することはないが、隣室の囁きを不本意ながら盗聴していたという、軽微な罪の意識が、彼をそうさせたのである。そっと立上ったからには、そっと廊下に出て、そっと階段をおりて階下の便所へ行かねばならなかった。  加藤は|小《こ》|柄《がら》で身が軽かった。それに山できたえた加藤にとっては、しのび足は|馴《な》れていた。今にも|雪崩《な だ れ》が起りそうな山の斜面を、雪に|刺《し》|戟《げき》を与えないように、|猫《ねこ》のようにひっそりとおりていくときのことを思えば、音を立てずに階段をおりることぐらいなんでもないことだった。  加藤は下りて用を足すと、またもとのように、うす暗いはだか電球がともっている階段を登って来た。もう二段で登りつめるところで、隣室から出て来る人の足音を聞いたが、もう避けることはできなかった。  階段を登りつめたせまい踊場で加藤は、その男と顔を合わせた。  男は無言で頭を下げた。青白いとがった顔の男だった。加藤も無言で頭を下げて、すれちがいながら、どこかで会ったことのある男だなと思った。その男も、加藤と同じように、すれちがいながら身をひねってもう一度加藤の方を見た。 「おお加藤」 「おお金川」  ふたりは声を上げた。  研修所の卒業を間近にひかえて、退学させられた金川義助と会おうとは夢にも思っていなかった。 「ここに君がいるとは知らなんだ」  金川義助がいった。 「おれも、となりに君が来ているとは気がつかなかったよ」  ふたりは手を取り合ったまま、加藤の部屋へ入っていった。 「あれから何年になるかな」  ふたりは五年という時間の経過と、その間にふたりのたどった道をたしかめ合おうとした。 「いま、きみは……」  加藤がそういったとき金川義助の顔に、混乱が浮んだ。彼は隣室の方へちょっと眼をやって、 「追いつめられているのだ」  といった。悲痛な叫びに似た声だった。      6  金川義助は加藤よりも、見方によれば、十も上に見えた。二十四歳という盛りの年が、三十を二つも三つも越えて見えた。|頬《ほお》がやつれ、眼が落ちくぼんでいて鋭く、頭は何カ月も床屋にいったことのないように伸びていた。生活の|垢《あか》がしみ出した顔の中に、執着の眼だけが異様に輝いていた。 「一度、主義者だという焼印がおされると、どこへ行っても、その履歴がついて|廻《まわ》って、失職をくりかえすのだ。いつも背後で警察の眼が光っているからなにもできないし、自分がやらなくても、お前がやったのだろうと検挙される。こういうふうな扱いを受けていると、主義者でなくても主義者になるだろう。日本の警察はこうしてわざと主義者をつくり、その主義者を追いかけ廻して手柄にしているのだ」  わかるかね、加藤、おそらく君にはこの気持は分らないだろうと金川義助はいった。 「いったい主義者ってなんだろう。おれはときどきそれを思うことがあるんだ。資本家だけが甘い|汁《しる》を吸わずに、労働者にも人間らしい生活をさせろというのが、どこが悪いのだろうか。ごくあたり前のいい分じゃあないか。ところが、そういえばもう主義者になり、赤いといわれ、警察に眼をつけられるのだ」  金川義助は、だまって聞いている加藤文太郎に、一別以来の彼の歩いて来た道と、その間に受けたあらゆる屈辱と|忿《ふん》|懣《まん》をぶちまけながら、 「だがおれはこんどこそ疲れ果てた」  といった。 「大阪でどん底の生活をしていたとき、おれは、いまの家内の父親に|厄《やっ》|介《かい》になった。ところが、その父親が三年前に|亡《な》くなり、ふたりが結婚して、家内が身ごもったとたんに失職したのだ」  金川義助はひといきついた。追いつめられているのだといったのはこのことだと思った。 「それで新しい職を探してここへ来たのか」 「いやそうではない。おれはいま警察に追われているのだ。おれを首にした会社のストライキを指導した背後関係の大物、つまり主義者だとにらまれているのだ」 「主義者なのか」 「やはり主義者だろうね。その関係の組織の一員であることには間違いない。だが加藤、主義者だって飯を食わねばならないし、とりあえず|女房《にょうぼう》にお産をさせてやらねばならないのだ。その金がない……」  金川義助はひといきついた。 「この下宿とはどういう関係があるのだ」 「この家の息子の多幡洋平さんと知り合いなのだ。多幡さんはかなり前から、その方の学問的指導者として尊敬されている人だ。何回となく投獄され、今は東京にいる」  隣の明かずの間の秘密も分ってみればたいしたことはなかった。そうだったのか。それだからああいうことがあったのだなと思われることが、つぎつぎと回顧されて来る。 「これからどうするのだ」  どうしようもないことは分り切っていたが、やはりそういわずにはおられなかった。 「あらゆる縁故関係をたよって雑草のように生きたいと思っている」  金川義助の答え方には、一種の殺気のようなものがこもっていた。哀願ではなくて、場合によっては援助を強請しかねないような顔つきだった。 「当分ここにかくまっていただけることにはなったが、それから先の見とおしがつかないのだ」  金川義助は突然、それまでと違った、ひどく低調な声でそういうと、いまにも、金のことをいい出しそうに口のあたりをもごもごさせていたが結局はそれをいえずに、 「女房に会ってくれるか」  といった。  その女はひどくやつれていた。やつれ果てたという感じだった。出産日の近いのに、安定した生活が得られないためにそうなったのだろうけれど、金川義助よりはさらに年上に見える。笑いを失って、こわい眼をした女だった。他人を疑いの眼で見なければならない経験が、そうさせた顔つきだった。ちゃんとした生活さえすれば、|綺《き》|麗《れい》な奥さんだといわれるほどの顔立ちだけれど、いまは|挨《あい》|拶《さつ》もやっとのように疲れ果て、加藤の部屋に、きちんとした格好でいることも苦しそうに見えた。 「加藤君、家内の出産費を貸してくれないか」  予期していたことだったが、明日にも生れそうな大きな腹をかかえた女をそばに置いての懇願は、加藤の拒絶の言葉を封じていた。 「な、加藤たのむ」 「いくら|要《い》るのだ」  加藤は出産費がどのくらいかかるかは知らなかった。ひょっとすると百円も二百円もかかるかも知れなかった。もしそうだったら、それだけ、加藤のヒマラヤ貯金は減少し、ヒマラヤへの道が遠のいていくのである。 「ここで産ませて|貰《もら》うことにすれば、とりあえず三十円もあればどうにかなる」 「三十円でいいのか」  加藤はいってしまってはっとした。実は、金川義助が追いつめられたといったときから、金の問題がでて来はしないかと思っていたのである。技手になって以来四年間にせっせとためこんだ五百円に近い貯金を、そっくり貸してくれといわれそうに思いこんでいたのに、三十円でいいとその額がはっきりすると、加藤はその出費が、ヒマラヤ山行にたいして影響するものではないと分ってほっとした。 「ありがたい、一生恩に着る」  金川義助がいった。金川義助の妻は、しばらくは加藤のことばが信じられないように、加藤の顔を|覗《のぞ》きこんでいたが、やがて、三十円が彼女の出産のために、間違いなく用意されるということが分るとぽろぽろ涙をこぼした。  加藤には感動はなかった。旧友を助けてやっていいことをしたという気分もことさら起らないし、三十円貸してやるといい切ってからは、むしろさっぱりとした。ヒマラヤ貯金の減ることにさほどの抵抗も感じなかった。ただ、加藤は、金川義助の妻が、加藤の部屋の畳の上にぽたぽたと涙を落すことが、たえがたいほど不潔に見えた。彼女は涙をそでで|拭《ふ》いた。  金川義助が隣室に去ってから、加藤はその涙のあとを|避《よ》けるようにして|布《ふ》|団《とん》を敷いた。  翌朝早く加藤は隣室の騒ぎで眼を覚ました。金川義助の妻の陣痛が始まったのである。苦しみに苦しみ抜いたすえ、この家の二階に居を得、そして出産費の見とおしがついたという|嬉《うれ》しい興奮が、出産を早めたもののようであった。  出産に男は不要だった。  加藤はまだ明けきれない神戸の町を|駈《かけ》|足《あし》で走りぬいて、高取山のいただきめざして登っていった。人影はなく、石段は露にぬれていた。彼は高取山のいただきで御来光を迎えた。空と山との境界線に赤い日輪を見たとき加藤は、金川義助の次代をになって生れ出るのは、多分、男の子であり、その子は、やはり金川義助のように世の中を|強靭《きょうじん》に生き抜いていくであろうと思った。  山をおりて下宿へ帰ると、下宿の娘の多幡美恵子が上気した顔で、 「加藤さん、お二階に男の子が生れました」  といった。加藤はそういう美恵子の顔をめずらしいものを見るような眼で見詰めていた。この|痩《や》せこけた、青白い少女がこんな感激の表情を見せたことは|未《いま》だかつてないことだった。加藤はその少女の顔を見てなにかほっとした。やはり加藤も、隣のお産が無事であってくれることを願っていたのである。  その日、加藤は、会社に依託してあったヒマラヤ貯金から、金三十円|也《なり》を引き出した。一度も引き出したことのない彼の預金通帳に初めて書きこまれた三十円の払い出しの数字をちょっと横目で|睨《にら》んでから、これでいいさ、金川義助には子供が生れたのだとつぶやいた。  隣室の赤ん坊はよく泣いた。昼と夜を間違えたように、昼は眠っていて、夜になると盛んに泣いた。そのたびに加藤は眼を覚まさねばならなかった。赤ん坊の泣き声もつらかったが、泣く赤ん坊のことで、加藤に気兼ねしている、金川夫妻のおろおろした態度の方が加藤には邪魔だった。 「おい金川、あんまり気にするな。赤ん坊は、泣くものに決っているのだ」  しかし、金川の気にしているのは、ほんとうは赤ん坊のことではなく、その赤ん坊に飲ませるミルクのことだった。金川の妻は乳が出なかった。だから、それだけ手数もかかるし、金もかかるのである。 「加藤、すまない。いくらか貸してくれ」  と金川にいわれると、加藤はことわるわけにはいかなくなった。一カ月たったころ、加藤は、その子を抱いた。乳くさい赤ん坊は加藤の腕の中に抱かれて、まだよく見えない眼を無心に開けていた。  金川義助は毎日のように大阪へでかけていった。どこへなにをしにいくのかは分らなかったが、ひどくつかれこんで帰って来ると、畜生めとか、あの野郎とかぶっそうなことばを断片的に吐いたり、暗い顔をして考えこんだりしていた。  なにか大きな仕事にぶっつかっていることは確かだったが、その仕事がどんな内容のものであるかは加藤には知らせなかった。わざとそうしているようでもあった。下宿の外で加藤と顔を合わせても、金川は知らん顔をしていた。お|風《ふ》|呂《ろ》|屋《や》で会っても他人のような顔でいた。金川がそういう技術を身につけたのは、長い間の防衛上の目的から体得したもののようでもあった。 「加藤、ひとこといって置くけれど、もしもの場合、警察になにか聞かれたら、なにも知らないといってくれよ」  もしもの場合がなにをさすのか加藤にはよく分っていたが、なにも知らないということが、どれだけの範囲を示しているのかは|曖《あい》|昧《まい》だった。 「きみとおれがもと神港造船所の研修所の同期生だということはむこうだって知っているだろう」 「そこまではいいさ。それから先は、なにも君は知ってはいないのだ。この下宿で顔を合わせたのも偶然のことなのだ。ただ隣にいるというだけで、なんの交際もないことにして置いてくれ。金のことも、口に出さないほうがいい。お産の費用をたてかえただけだと君がいっても、警察はそうは取らない」  金川義助は|陰《いん》|鬱《うつ》な表情で、 「警察は、証拠さえにぎれば、君をシンパとして検挙するだろう」 「お産の金を用立てても、シンパとして引張っていかれるのか」  加藤は、そう聞いただけで腹が立った。研修生の最後の年、加藤は金川義助とともに、警察に引っぱられたことがあった。あのとき、なんの理由もなく殴られた痛みと怒りと警察に対する不信感はけっして忘れられるものではなかった。 「とにかく、もしもの場合はなにもいわないでくれ。おれは君には迷惑をかけたくはない」  金川義助と彼の妻とは低い声で、夜おそくまでしゃべっていた。時折隣室に来客があることもあったが、そう長居はしないですぐ帰っていった。  秋になると、加藤の職場は急にいそがしくなった。小型ディーゼル機関の製作が、急ピッチですすめられていった。加藤の設計室はおそくまで|灯《ひ》がついていて、九時過ぎて下宿へ帰ることもめずらしくはなかった。  加藤の足ははやかった。速足の文太郎とか、地下たびの加藤とうたわれたとおり、普通の人の倍のはやさで歩いていた。相変らずのナッパ服と、ズック|靴《ぐつ》で起伏に富んでいる神戸の山手の住宅地を風を切ってかけあがっていくと、通行人が驚いてふりむくほどだった。加藤は、会社への往復路上においては、あきらかに山を意識して歩いていた。自分の力以上のものをたえず、出すように、努力をおしまなかった。冬山のために休暇のすべてを使ってしまったいまとなっては、来年の冬山のためのトレーニングは近傍の山歩きと|常《つね》|日《ひ》|頃《ごろ》、|身体《か ら だ》を鍛えておく以外にはなかったのである。  加藤は走るように歩いた。歩いても歩いても足は前に出た。息の切れることもなかった。三日に一度は石の入ったルックザックを背負って会社と下宿の間を往復した。その加藤の異様さが、しばらくは会社の話の種になったが、間もなく、それは、加藤ひとりの性癖であるかのごとく、人々の口の|端《は》には登らなくなったころ、加藤は、夜勤を終って門を出ようとするところで海軍技師立木勲平に呼びとめられた。 「相変らずだね、加藤君」  立木技師は笑いながら近づいて来て、加藤の石の入ったルックザックをどっこいしょと、掛声もろとも持ち上げてみて、 「これはそうとうな重さだな。これだけのものを背負って、ちょんちょん駈けるように歩くのだから、訓練というものはおそろしいものだ。毎日毎日の訓練の結果を冬山へ持っていくというところは、いざ|鎌《かま》|倉《くら》というときに備えて、毎日訓練をつづけている軍隊の考え方と全く同じだ」  立木技師は加藤をほめておいて、 「いかなることがあっても、くじけずにつづけるがいい。その精神は、きみがいまやっている、ディーゼルエンジンの仕事にも必ず直結するはずだ」  立木技師はルックザックの上をたたいて、さあ遠慮なく突走れといった。  その夜は|靄《もや》がかかっていた。うす靄がかかると神戸の町はなにかものうく、幻想的にかすんで見えた。  加藤は立木技師の激励に気をよくして歩いていた。会社で食べた夜食のうどんが腹の中で適当にこなれて、身も軽く、心も軽かった。彼は十五キログラムの石の入ったルックザックを背負って、彼の下宿へ向ってとっとと歩いていった。  村野孝吉から電話があったのは、昼食時間ちょっと前だった。ふたりは、研修所の食堂で落ち合うことにした。食堂は以前と少しも違ってはいなかった。早いところ食事をすませて、ピンポンをやっている生徒たちを見ながら、加藤は何年か前の自分を思った。加藤と同じように、防備専門にバットを動かしている生徒を見ると、おい、がんばれよといってやりたくなる。食堂にじっと|坐《すわ》っていると、うすら寒さを感ずるようなころだった。  肩をたたかれたのでふりかえると、村野孝吉が立っていた。しばらく見ない間に、急におとなびたように見えた。 「同じ会社にいてもめったに会うことはないものだな」  村野がいった。村野は製造課のほうだし、加藤は設計課だから、顔を合わせる機会は少なかった。 「ちょっときみのことを聞いたので……」  村野孝吉は早耳の男だった。学生時代から、どこからとなく、いろいろのことを聞きこんで来て加藤に知らせてくれた。いい|噂《うわさ》もわるい噂もあったが、いずれにしても、加藤のためを思って知らせてくれたのであるから、加藤はこの友人を大事にしていた。だが早耳の村野はめったなことでは、加藤の前には姿を見せなかった。しばらく前に来たときは、研修所出身の技手も、大学出と同じように技師になる道が開かれるらしいという情報を知らせて来た。それはかなり確かなものであった。研修所を出て五年以上経過して、会社にとって重要な功績をあげた場合、技師に昇進できるという内容のものであったが、公式の発表はまだなされていなかった。村野孝吉が、加藤の貯金についての噂を知らせて来たこともあった。その噂は、半年か一年の周期を持って加藤のところにいろいろの形になって聞えて来るが、ヒマラヤ貯金だと見破ったものはひとりもいなかった。 「加藤、きみはこのごろ外山技師のところに、ひんぱんにでかけるそうじゃあないか」  村野孝吉は笑いながらいった。なにかからかう気だなと思っていると、 「どこへ行くにも、ナッパ服だけで押しとおしていたきみが、和服を着て、外山さんのところへ訪問するってのはどういうことなんだね」  村野孝吉はさらにたたみかけるように、 「園子さんがいるからだろう。だからナッパ服じゃあまずいっていうんだろう。それならどうだ一丁、背広服を作らないか、いい洋服屋を紹介しよう、|月《げっ》|賦《ぷ》でいいんだぜ、やはりレディの前に出るにはきちんとしたほうがいい。女は見掛けを重んずる」  園子さんは見掛けだけで人を見るような女ではないぞと、村野にいってやろうとしていると、 「じゃあいいね、洋服屋は明日のいまごろここへ来ることにしておこう」  村野はさっさと決めて、 「ところで加藤、少々ばかり金を貸してくれないか」  といった。なにに使うのかと聞いても、村野はにやついていて答えないから、加藤は、それなら貸してやらないぞというと、実は結婚するのだと頭をかきながらいった。同期生で結婚したのはひとりいたが、それは結婚をいそがねばならない特別な理由があってのことだったが、村野が結婚するとなると、それは事実上同期生の結婚のはしりと思われた。加藤は彼自身の二十四歳の年齢をかえり見た。別に早過ぎるということもなかった。月給も七十円になっているからふたりで生活できないことはなかった。 「いつなんだ」 「来月に結婚式を挙げようかと思っている。相手は神戸のひとなんだ……」  村野は彼女とのロマンスを加藤に聞かせたいようだった。村野がのろけ出したら切りがないし、のろけられた上に金を貸すのもばからしい話だった。加藤は機先を制していった。 「いくら必要なんだ」 「三十円貸してくれ」 「結婚と出産とは同じくらいの費用がかかるのか」  加藤は、ひょいっと口に出た。妙な質問に、|面《めん》|喰《く》らった顔をしている村野に、金を貸してやることと、洋服を作ることとを同時に約束した。  加藤の貯金は急激に減少した。それにはそれぞれの理由があったが、貯金が減っただけ、ヒマラヤへの道が遠くなっていくのを思うと|淋《さび》しくもあった。村野の結婚が、加藤には一種のショックだったことも事実だった。加藤は卒業以来、仕事と山にだけ青春を傾けつくしていた自分を、考え直して見る必要を感じた。加藤に結婚を考えさせるようにしたもうひとつの|刺《し》|戟《げき》材料は、隣室にいる金川義助夫婦の存在だった。その夫婦はけっして甘いところを加藤に見せつけたことはなかった。むしろ、結婚生活の苦しさをまざまざ見せつけられた点では、結婚へのブレーキになることが多かった。それにもかかわらず、金川夫婦は懸命に、人生を切り開こうとしていた。それが、一人の力でなく、二人の愛情の合力だということに、そろそろ気がついて来た加藤は、もし適当な相手があったならばと考えることがあった。園子の姿は、しばしば、加藤の前に立ちふさがった。おしのけても、おしのけても園子の|婉《えん》|然《ぜん》とにおうような姿態は彼の前に現われた。園子を結婚の対象と考えてはいけないという理由はなにもないのに、園子に対して、はじめっから、自信を失っている自分自身を加藤は|腑《ふ》|甲《が》|斐《い》なく思うのである。  彼の背広はよく似合った。茶系統のその背広は八十五円という値段だけのことはあった。秋の日曜の午後、彼はその背広を念入りに着こんで、外山三郎の家を訪問した。いい洋服だと、外山も、外山の妻の松枝もほめてくれたが、ほめてもらいたい園子はさっぱり姿を見せなかった。二階にいる様子さえないのである。加藤は、なんとなくもじもじした。その加藤の気持を察したらしく、松枝が座をはずしたとき、 「園子さんは今日は音楽会へ行ったよ」  と、加藤の顔の動きを見ながら外山がいった。 「音楽会……」  ひとりで行ったんですかとは聞けなかった。が、その質問が加藤の顔にちゃんと書いてあった。 「佐倉さんと一緒だ。園子さんはどうやら佐倉君が好きらしい」  外山が言った。      7  加藤文太郎は常願寺川沿いの雪の道を東へ歩いていた。その道は坂にかかると、どこの山でもそうであるようにジグザグ道になるけれど、おおよその方向は立山を目ざして東西に延びていた。  |藤《ふじ》|橋《ばし》からスキーはずっと履いたままだった。すぐ先を|誰《だれ》かが行ったばかりのようなスキーの踏みあとがあった。数人の踏みあとだったから、はっきりとした道になっていた。だから、道をさがしたり、迷ったりする心配はなかった。踏みあとさえついていったら、やがて|弘《こう》|法《ぼう》|小《ご》|屋《や》へつくことは間違いなかった。それにこの道は、加藤にとってはじめてではなかった。夏の間にもう、三度も通った道だった。  東への道は退屈するほど長かった。ブナ坂を越したあたりから、雪は深くなり、台地に出たせいか風を感ずる。追い風だった。うしろから、飛雪をとばして来たり、ときには、彼の|眼《め》の前で、粉雪の|渦《うず》|巻《まき》を見せたりする風が、日暮れとともに静まる風だということを加藤はよく知っていた。長くつづく風ではなく、ときどき強く吹くが、すぐやむ風だった。  空は曇っていて、遠望は効かなかった。|疎《そ》|林《りん》の背丈がずっと低くなったことは、雪の深くなったことを示していた。 「十二月三十日……」  彼は歩きながらいった。あす一日であさっては昭和五年になる。去年の十二月三十日は、八ヶ岳の|山《さん》|麓《ろく》を歩いて、その前の年の十二月三十日は|鉢《はち》|伏《ぶせ》山から|氷《ひょう》ノ|山《せん》に向っていた。そしてその前は、どこだったか、はっきりと記憶の中に浮んでは来なかった。十二月から一月にかけては必ずどこかの山へでかけているのだ。そしておそらく、来年の十二月三十日も、どこかの山の雪を踏んでいるだろうと思った。 (そうだ、去年のこの日の八ヶ岳訪問は、なにかもの淋しくこわいような気がしたものだ)  加藤は、ちょうど一年前のことを考えながら歩いていた。去年の今日はスキーの跡はなかった。たったひとり、夏沢鉱泉の小屋にこもって、凍った|蒲《かま》|鉾《ぼこ》を食べた思い出は鮮烈だった。本格的な冬山に入ったはじめての経験だったせいもあるが、やはり、ひとりだということが、彼に精神的負担を負わせたのだ。しかし、いまはひとりではない。すぐ先を何人かの人が登っている。それは加藤にとって、前方にかかげられた|灯火《ともしび》を見るように心強いものであった。それに、去年の一月の八ヶ岳訪問以来、二月には、常念岳、|槍《やり》ヶ|岳《たけ》、そして、三月には、立山へ入り、四月には奥穂高岳へ登っていた。去年の積雪期における山への執着は、さすがの外山三郎さえも首をひねるほどであった。四月までに、二週間の休暇は全部山で消費しつくしていた。冬山の魅力が加藤を、外部から見ると、山に|憑《つ》かれたようにさせたのである。  それから、何カ月間経過して、いままた冬山に踏みこんで見ると、去年の経験が、年をへだてて生きていることがよくわかる。スキーは彼の足について動いた。 (おれは冬山をいくらかは知っている。ずぶの|素人《しろうと》ではない)  加藤はわずかながら自信のようなものを持ちはじめていた。スキーの踏みあとは、|真《まっ》|直《す》ぐに延びていた。弘法小屋は、そう遠い距離ではなかった。天候も心配ないし、あと一時間もすれば小屋につくことができると思うと、加藤のスキーは、いままでの疲労を忘れたように、先へ先へと急ぐのである。 (加藤さん、あなたは山をひとりで歩きながらなにを考えているの)  園子の声が彼の耳元で聞えたような気がした。園子のことは、ずっと頭の中にあったが、あるというだけで、積極的に彼に話しかけるようなことはなかった。いくら加藤が園子を好きであっても、園子の気持が佐倉秀作の方に動いている以上どうにもならないことだった。 (あなたは歩きながらなにを考えてるの)  園子の声がまた聞えた。いつか園子に、そんなふうに聞かれたことがあった。 (山を歩いているときは、なにも考えてはいけない。なにも考えずに、足もとばっかり見て、歩いていなければいけない)  加藤は園子にそう答えたようにおぼえている。 (なにも考えずに、一日も二日も三日も?)  園子はちょっと小首をかしげたが、 (でも、ほんとうにそうかも知れないわね。なにも考えないで歩くことが楽しくて山へ行くのかもしれないわね)  園子は勝手に、そう決めこんでいたようだった。 (山を歩くとき、ほんとうになにも考えずに、いるだろうか)  あとで思いかえしてみると、なんにも考えずにいたように思うけれど、たえずなにかを考えつづけていたようにも思われる。加藤は、神戸を|発《た》って、車中の人になってから、ほとんど園子のことばかり考えていた。|芦《あし》|峅《くら》|寺《じ》から山支度をととのえていよいよ山道にかかっても、彼女のことが、彼の頭の|隅《すみ》のどこかにあった。藤橋でスキーを|穿《は》いたときも、園子が、わたしも、少しぐらいなら滑れるといったことを思い出していた。加藤は秋から暮にかけてのことを思いかえしてみた。  十一月のおわりころだった。加藤が外山三郎のところへ山の本をかえしに行ったとき、園子がふらりと現われた。|飄然《ひょうぜん》と現われたといったふうだった。なにかいいながら入って来る園子が、その日はなにもいわずに、微笑さえ浮べずに入って来て、 「ね、加藤さん、佐倉さんのことあなたどう思う」  といったことがあった。ちょうどそのとき、外山三郎は、席をはずしていた。応接間には、園子とふたりきりだった。 「どう思うって、どういう意味ですか」  加藤は開き直ったようないい方をした。 「いやね、加藤さん、なにもかも知っているくせに。わたし、佐倉さんと結婚しようと思うの。でもいざとなると不安なのよ。どこがどうってことないけれど、なにかが不安なんです」  処女の敏感な触角が、あの佐倉秀作のまやかし者であることを探知したのだなと加藤は思った。 「結婚するとなったら、男だって、女だって、不安になるのはあたり前でしょう。特に女の人にとってはね。あなたの場合だって、佐倉さんという対象が決ったから不安になったのでしょう」  加藤の口をついて出たことばは、ぜんぜん彼の心の中とは違ったものだった。 「|小《お》|父《じ》さんも小母さんも、佐倉さんとの結婚にあまり乗気ではないのよ」  園子は、外山夫妻が乗気でない原因について、第三者の加藤の意見を聞きたいようであったが、 「あの人はときどき、すごくつめたい眼をすることがあるのよ。それが気になって……」  それは園子のひとりごとのようであった。園子はそれだけいうと、加藤のそばを離れていった。加藤が親身になって彼女の相談相手になってはくれないと見たようであった。  スキーの踏みあとが乱れた。気がつくとそこは弘法小屋であった。加藤は、山を歩きながらの考えごとが、ずいぶん長い間、つづいたのは、前の人のスキーのあとのおかげだと思った。人のあとをついていくことは容易である。園子のことを考えながら歩けるほどの余裕を持った山行は、とにかく幸運だと思った。  加藤は弘法小屋の戸をおした。  いくつかの眼が同時に加藤を見た。見られているという感じははっきりしているけれど、その小屋に誰がいるかは外から入って来た加藤にはわからなかった。眼が暗さに|馴《な》れて来ると、小屋の中央に燃えているストーブがまず眼についた。ストーブを取りかこんでいる四人の男たちの姿が見えて来ると、ストーブのとなりの部屋の囲炉裏の赤い火が見えた。そこには二人の男がいた。夕食の支度でもしているらしかった。  小屋の中にいる六人の男たちは黙って入って来た加藤を凝視していた。ウィンドヤッケをかぶり、ルックザックを背負った登山者だということは間違いなかったが、ひとりでやって来たことに、六人はまず驚きの眼をあげ、つぎに加藤がものをいうのを待った。明るい雪のなかから家の中へ入って来れば、誰だって、しばらくは眼が見えないことはわかっていた。そんな場合、通常口を|利《き》いた。こんちはとか、こんにちはとか、|御《ご》|厄《やっ》|介《かい》になりますとか、私はなんのなにがしですとか、一人で来たか二人で来たか、そんなことを——つまり、そこにいる先客が聞きたいことを真先に口にするのが当り前であった。だが加藤は黙って立っていた。加藤は先着の登山家たちに最大の敬意を表するために、微笑を浮べながら立っていた。  その加藤の微笑こそ、はじめての人には、あらゆる疑惑と不信感を植えつける不可解な微笑に見えるのだけれど、加藤自身の心では、その微笑にたくして、 「皆さん、こんにちは、皆さんのあとをついて来ましたから楽に来られましたよ。今夜はこの小屋に、私も一緒に泊めていただきます。よろしく願います」  そういったつもりだったが、六人には、加藤の微笑の話しかけは、無遠慮に投げかけられた冷笑としかうつらなかった。六人の眼がいっせいに警戒の色を示しだすと、加藤は、いそいで、かぶっているウィンドヤッケを脱いで、みんなの方に向ってぺこんとおじぎをした。六人のうちの三人は、加藤のおじぎに誘われるように頭をさげかけたけれど、他の三人はあいかわらず、疑いの眼を|以《もっ》て加藤を見守っていた。  加藤の眼は暗さに馴れた。ストーブを取りかこんでいる男たちは、かなりの山の経験を持つ登山者らしかった。囲炉裏ばたにいる二人の男たちは案内人で、おそらく|芦《あし》|峅《くら》|寺《じ》の人たちだと思われた。  加藤は多くの眼が見守るなかで、|靴《くつ》を脱ぎながら、なぜ誰も話しかけて来てくれないのだろうかと思っていた。加藤は炉端へ行って、二人の男に、芦峅寺の佐伯さんのところに寄って、みなさんが先へ登ったと聞いていそいであとを追って来たといった。芦峅寺の佐伯さんと加藤がいうのは弘法小屋の持主のことであった。  加藤のことばで六人の警戒心は一応解けたようであった。小屋の持主のところによって小屋の状態を聞いて登って来たからには満更の素人ではないと思ったらしかった。ストーブを囲んでいた四人の男たちはまた話をはじめた。 「あなたは今年の三月、ここへ来ませんでしたか」  囲炉裏ばたにいた若い方の男がいった。 「三月にこの小屋へ泊めて|貰《もら》いました」  加藤はそう答えて、すぐ、その男と、ことしの三月にこの小屋で落合ったことを思い出した。 「そうでしたね。あのときもあなたはひとりでした」  男はそういって、芦峅寺の松治ですと自己紹介した。加藤も自分の名をいった。今年の三月、会ったというだけで、加藤と松治はすぐうちとけたが、もうひとりの芦峅寺の男は、黙って加藤を見ていただけで、すすんで加藤と松治の会話に介入しようとはしなかった。囲炉裏をかこんで、男たちのにぎやかな夕食が始まった。|彼《かれ》|等《ら》は|炊《た》き立ての飯と|大《おお》|鍋《なべ》いっぱいに作られた|汁《しる》を食べていた。加藤は囲炉裏の|片《かた》|隅《すみ》で、今度の山行にあたって近所の菓子屋にはじめて作らせてみた、|麦饅頭《むぎまんじゅう》を油で揚げたのを出して食べた。加藤のいままでの経験によると、冬山で飯を炊くことは時間がかかるし、面倒であり、そして荷物になった。軽くてうまくて、栄養価値があるものとして考えたのが、揚げ饅頭であり、|乾《ほ》し小魚であり、バターであり、甘納豆であった。  加藤が、彼独特の食事を始めると、男たちはしばらく、好奇な眼で見ていたが、加藤の食物についてひとことも聞こうとはしなかった。松治が|味《み》|噌《そ》汁をいっぱい加藤にすすめた。加藤はなんどか礼をいってその好意を受けた。  食事が終ると四人の登山家たちは、囲炉裏ばたを去ってストーブのそばに集まった。なにか、加藤の存在に気兼ねしているふうでもあった。その夜加藤は囲炉裏の|傍《そば》に、芦峅寺の男たちとともに寝た。静かな夜であった。  十二月三十一日は霧で明けた。とても動けるような天気ではなかった。雪がちらちらしていた。だが、午後になると、霧は|霽《は》れて視界が効くようになった。  四人の登山家たちは、それぞれ支度をととのえて外へ出ていった。松尾峠までスキーで往復するという話であった。  加藤は四人の登山家たちのあとを追った。彼等の歩き方を見ていると、スキーの技術は、加藤より数段勝っているように思われた。それに、四人の呼吸があっていて四人の集団はまるで一人のように、動いたり止ったりした。四人のラッセルした踏みあとをついていくことは楽であり、そうして、四人と行動していると、加藤もまた、四人の登山家たちのグループに溶けこんでしまったような気にもなるのである。  松尾峠の頂上に立ったときには薄日が|洩《も》れた。霧の去来は比較的緩慢で天気が好転するような気配さえあった。四人のうちのひとりが、携帯用の映画撮影機をルックザックから出して加藤にいった。 「ぼくらはここでスキーをやっているところを撮影することになっているから、すまないがあなたは先に帰ってくれませんか」  言葉は丁寧だったが、雪眼鏡の奥で光っている男の眼は、あきらかに、加藤の存在を|嫌《きら》っていた。撮影したいから、撮影が終るまで、邪魔にならないようにここに待っていてくれというのではなかった。撮影しているところにうろちょろしていることすら眼ざわりだから、帰ってくれというふうに聞えた。つまはじきにあった気持だった。一瞬加藤の顔はこわばったが、加藤はなにもいわなかった。男のいったことは|癪《しゃく》にさわったが、いいかえすことばが|直《す》ぐにはでなかった。加藤は山をおりた。なぜあの男が、ああいういい方をしたのだろうかと考えながら弘法小屋に帰ると、松治が小屋の入口に立っていた。 「どうしたんです。早いじゃあないですか」 「写真を撮るのに、邪魔だから帰れっていうんだ」  加藤は|仏頂面《ぶっちょうづら》をしていった。 「土田さんでしょう、そういったのは。しかし、土田さんがそういうのは当りまえですよ。だいたい、あなたは、土田さんたちに一度だって|挨《あい》|拶《さつ》しましたか。挨拶もせずに、人のパーティーに|図《ずう》|々《ずう》しく割りこんで、ラッセルドロボウをつづけていたら、誰だって腹を立てますよ。もし相手が大学の山岳部だったらぶんなぐられますよ」  松治は加藤の顔につばでも吐きかけるようないきおいでいった。松治自身もそのことをいいたかったに違いなかった。松治にいわれてみれば、加藤はまだ彼等には挨拶をしてなかった。弘法の小屋で火を|焚《た》いて暖めていたのは土田の一行である。小屋に入ったときしかるべき挨拶をして置くべきだったが、それはまだしてなかった。挨拶らしいものが済んでいるのは松治との間だけだった。加藤は頭をさげた。自分が悪いのだと思った。当然やるべきことをしなかったから悪いのだと、率直に自分を反省しながらも、松治のいったラッセルドロボウということばが気になった。加藤はそのわけを聞いた。 「わけもなにもないでしょう。人の踏みあとをついていきさえしたら、冬山登山なんて楽なものさ。あなたもひとのあとばかりついて歩かずに、たまには先に立って、ラッセルの苦労を味わって見たらいいでしょう」  松治にいわれなくても、加藤はラッセルの苦労は知っていた。知っていたが、でしゃばったことをするのは悪いと思って、遠慮してあとからついていったのである。加藤はそう弁解した。 「しかしね、加藤さん。黙って人のあとをついて歩くことはよくないですね。それは町の中だって、同じことじゃあないですか。知らない人が、黙ってどこまでもあとを|跟《つ》けて来たら、いやな気持になるでしょう」  加藤はすべてを了解した。彼は小屋に入ると、ノートを裂いて、彼の名刺を作った。四人の男たちに名刺を渡しながら、いままでの非礼を|詫《わ》びるつもりだった。  だが彼等が山から帰って来て、ストーブのまわりに集まったとき、加藤が出した名刺がわりのノートの切れはしは、たいした効果を発揮しなかった。彼等は、加藤が黙って出した紙片を黙って受取っただけだった。加藤と四人との間に流れているつめたいものは、にわかに|払拭《ふっしょく》することはできなかった。  翌一月一日は終日霧と雪だった。  昭和五年一月二日は光とともに明けた。加藤は幾日かぶりに見るような気持で青空を仰いだ。神戸で見る、どこかに水蒸気の存在を感ずるような青さではなく、コバルトブリューのインクをぶちまいたような青さだった。空という感じより、空という超巨大なドームの下に立って、見あげているような空の色だった。どこを見ても一点のけがれもなかった。加藤は、何年か前に、はじめて、槍ヶ岳を訪れたとき、雷雨のあとの青空を見た。その時は、青空の美しさに感激して、|泪《なみだ》がでそうになった。美しいものがあったということの喜びだった。その時の夏の空の色と、いま彼が見あげている冬の空の色とは、同じ青さでも違っていた。どこがと口で区別することはできなかったが、もし、なにかの機械が、この空の色と夏の空の色とを再現できたら、いつでも加藤は、冬の空と夏の空を間違わずにいい当てることができるだろうと思った。  天気快晴となると、小屋の中は出発準備のためににぎやかになった。先着の六人はその日のうちに剣沢小屋までいくのだから、一刻も早く出発しなければならなかった。出発のいそがしさにまぎれて、加藤の存在など頭にないようだった。加藤は厳冬期の剣沢小屋は知らなかった。彼等が話しているところを聞くと、剣沢小屋をベースキャンプとして、剣岳へ|登《とう》|攀《はん》する予定らしかった。加藤はそのメンバーに入れて貰いたかった。入れて貰いたかったが、入れて下さいという機会はなく、三日間を過してしまった。彼自身の|腑《ふ》|甲《が》|斐《い》なさをなさけなく思いながら、小屋の中のあとかたづけをやっていた。加藤は単独行であるから、特に準備らしいものはなかった。彼のルックザック一つを背負えばどこへでもでかけられる身軽さだった。 「じゃあ、あとをよくたのみましたよ」  六人組のリーダーの土田は、小屋の中を掃除している加藤にいった。加藤はそれに黙ってうなずいた。ついていきたいのだが、ついていっていいかどうかは聞けなかった。聞けば土田が首を横にふるような気がしたからであった。  六人組は|弘《こう》|法《ぼう》|小《ご》|屋《や》を出ていった。あとをたのむといわれて、うなずいた以上、加藤はあとしまつをしなければならなかった。寝具を片づけ、囲炉裏の火を始末して、彼は、彼の荷物をまとめて小屋の外へ出ると、六人組のあとを追った。  スキーを履いた加藤の足は、つつっとよく動いていった。|追《おい》|分《わけ》小屋が見えるところまで来ると、加藤は前方に六人の姿をみとめた。六人の前にはラッセルのあとはなかった。まぶしいほどの輝きのなかを、六人が残していく踏みあとの陰影が一直線に続いていた。加藤が近づいていくのがわかったらしく、一行は雪の中に立止った。加藤の追いつくのを待っているようであった。加藤は希望を持った。しかし、リーダーの土田が、加藤にいったことは加藤の想像していたこととは違っていた。 「きみはどこへいくんですか」  それは、加藤に、行く先を聞いたというよりも、ついて来てはいけないという警告であることは間違いなかった。加藤はそう聞かれて黙った。ほんとうははっきりした行く先はなかったのである。神戸を出るときは、富山、千垣、|芦《あし》|峅《くら》|寺《じ》、弘法小屋、|室《むろ》|堂《どう》、雄山というスケジュールで来たけれど、弘法小屋に泊って、六人組が剣沢小屋をベースキャンプとして剣岳を|狙《ねら》うのだと聞いたときには、加藤は彼の所期の目的を|放《ほう》|擲《てき》して、その魅力的な剣岳登山に参加したいと思った。だから、土田にどこへと聞かれても、加藤はすぐに返事ができなかったのである。 (あなたがたと一緒に剣岳をやりたいのですが)  といったところで、それではついて来るがいいと、即座にいってくれるような空気ではなかった。加藤が追従して来たことを土田が不愉快に思っていることは、きみはどこへ行くんですかといった語調の中に隠されていた。 「加藤さんは室堂へ行くのでしょうよ」  松治がいった。加藤にかわって松治が加藤の行く先を決めると、土田は、 「それなら、|天《てん》|狗《ぐ》小屋までは一緒だな」  といった。天狗小屋までは同行するが、それ以上ついて来ることはごめんだぞという、かなり強い拒絶の態度が見えていた。  加藤は思うことのひとこともいえなかった。そこでもう一度、同行をつよくたのみこみたかったが、彼の心と裏腹に彼は黙っていた。その加藤の沈黙と、照れかくしに浮べている加藤のいつもの微笑に、六人の男たちは、加藤の存在をそれまでになく、気味悪く感じた。松治でさえも、そっぽを向いていた。  追分小屋で彼等が一服しているときに、加藤は先頭に立って新雪をラッセルした。松治にラッセルドロボウといわれたから、その不名誉を|挽《ばん》|回《かい》するためにそうしたのである。そうすることによって、彼等の気持を幾分かやわらげるためでもあった。 (おれがもう少し口がうまかったら)  加藤はそう思った。こんな凍るような思いでラッセルをしないで、とうのむかしに、このパーティーのなかに吸収されていたに違いないと思った。加藤は懸命にラッセルした。深雪の先頭に立つことはたいへんな苦労だったが、行動によって、加藤の誠意が、向うに伝わればいいと思った。しかし加藤のラッセルもそう長くはつづかなかった。土田が、彼のパーティーの一員に、先頭のラッセルを命じたからであった。  飽くまで、加藤と六人組とは別のパーティーであることを、土田ははっきりさせると、それからは、加藤の方を見向きもしなくなった。一行は天狗小屋で小休止した。天狗小屋に立って下界を見ると、雲海が樹林地帯をかくしていた。東の方に向って見ると、足もとから立山連峰までは白一色でおおわれ、一本の木も見当らない雪の高原であった。加藤は、これと同じような雪の景色を、富士|山《さん》|麓《ろく》の御殿場口の太郎坊で見たことを覚えていた。そのときの山は富士山一つだったが、いまは、びょうぶのように立山連峰がつらなっていた。剣沢小屋へいくには、雷鳥沢を登りつめて、あの|稜線《りょうせん》から向うにおりるのだ。あの稜線に立てば、後立山がよく見えるだろうと|眺《なが》めていると、加藤はふと急に、あたりがもの|淋《さび》しくなったのを感じた。  六人組が、地獄谷の方へ向って、雪原を横切っていくのが見えた。いそいでいるように見えた。意識的にいそいでいるふうだった。時間的にいそぐ必要があったのかも知れないけれど、加藤には、彼を置き去りにして逃げていくおそろしく意地の悪い六人組のパーティーの姿として、映った。  さすがにそのあとを追う気は起らなかった。|嫌《きら》われて、嫌われぬいたうえ、雪原におっぽり出されたわびしさは、たとえようもなく悲しいものであった。  加藤は、松治に室堂でしょうと行方を指示されたとおりに、室堂に向って登っていった。  室堂は雪に半ば埋もれていた。彼はそこに荷物を置くと、立ったままで、ばりばり甘納豆を食べ、水を飲んで、一ノ越を目ざして登っていった。しばしば彼は立止って、雷鳥沢の方へ眼をやったけれど、六人組の姿は、彼が一ノ越へつくまでは見えなかった。一ノ越に近くなるとともに風が強くなった。猛烈な連続性の風であった。日本海から立山に向って吹きつける風のすべてが、一ノ越の|鞍《あん》|部《ぶ》に|収斂《しゅうれん》されたかのような強さだった。彼は、|石《いし》|塚《づか》の前で、見事に風に吹き倒された。 「風までが、おれに意地悪をするのか」  加藤は風に向っていった。  加藤の眼が光った。意地悪をするならしてみるがいい。おれは、雄山の頂上まで、きっと登ってみせる。彼は|石《いし》|垣《がき》のかげで、スキーを脱いで、アイゼンを履いた。アイゼンを履いている彼を、風が何度か、吹き倒そうとした。  一ノ越の鞍部から雄山の頂上への道は、かなり急な道であり、その稜線もまた、|鉋《かんな》でけずるような風が吹いていた。風で雪が吹きとばされて、ところどころ岩が露出していた。とても立って歩ける状態ではなかった。彼は、稜線を|這《は》った。這いながら、一歩一歩と雄山の頂上に近づいていった。一ノ越から雄山の頂上までは、なにも考えなかった。ただ、彼の頭の中には登るということだけがあった。頂上の雄山神社の前に立って、彼は、すぐそこまで|襲《お》しよせて来ている霧を見た。もしその霧が濃霧となったら、帰路を失うことになるのだ。加藤は神社に一礼すると下山にかかった。風が強いので、呼吸をするのが困難だった。彼は数歩、歩いて、息を吸い、また数歩行っては風に顔をそむけて呼吸した。  一ノ越で、後立山の方へちょっとだけ眼を投げた。いやに三角形にとがった|鹿《か》|島《しま》|槍《やり》が見えた。はて、あれが鹿島槍かなと、思っただけで、それ以上長く、そこに立ってはいられなかった。山々は白銀色に輝き、山と山との間には雲海がつまっていた。霧はそれほど濃くはならなかったけれど、雪が降りだした。帰途、彼はまともにその雪にたたかれた。  室堂についたが、手が凍えて、容易に戸を開けることができなかった。  暗く、湿っぽい、室堂の小屋の中には、夏の登山最盛期のころのにおいが残っていた。風は小屋の中までは入って来ないけれど、耐えがたい寒さであった。加藤はコッフェルで湯を沸かし、砂糖湯を作った。熱い砂糖湯が胃にしみこむと同時に、彼はしみじみひとりを味わった。一年前の今日あたりも、ひとりで夏沢鉱泉で湯を飲んでいた。そして、あの小屋で——加藤は一年前を思い出した。  彼は、夏沢小屋の外で一晩寒気と戦ったことを思い出していた。 (夏山と冬山の差は温度の差ではない。冬山に勝つことは、孤独に勝つことである)  彼が八ヶ岳の冬山山行で得たものは、いまもなお、いささかも変ってはいないはずである。 (わかり切ったことなのだ。それなのに、なぜおれはこれほど人を求めるのだろうか。孤独をおそれるのであろう)  加藤は、アルコールランプの赤い|灯《ひ》を見つめながら、寒さよりも、なお一層身にしみて来る人恋しさに身ぶるいをした。      8  おそるべき孤独が加藤をしめつけた。室堂の小屋には彼ひとりしかいないのだと思っただけで呼吸が止りそうに苦しかった。ちょうど一年前の冬の八ヶ岳では、その孤独に耐え得たのになぜ、いまになってそれができないのか加藤にはわからなかった。  |誰《だれ》でもいい、人さえ、近くにいたら、話をしないでいいとさえ思うのである。そんなに人が恋しいなら、山へなんか来なければいいのだと、彼は自分を|叱《しか》った。ひとりで山へ入るのが淋しいなら、誰かとパーティーを組んで来ればよいではないか、と自分自身にいいきかせる。同行希望者はいくらでもある。同行者を求めるまでもなく、どこかの山岳会へ入りさえすれば、いくらでも山の友人はできるのだ。  それにもかかわらず、彼はいずれの山岳会にも属してはいない。いままではその必要がなかったからであった。登山とは汗を流すところであり、自分と語り合う場であると、定義づけて、山に入ってからもう何年になるだろうか、一度だって淋しいということを感じたことはない。一度だって同行者を求めたことはない。去年の八ヶ岳の冬季登山の初めての経験においてさえも、これほどではなかった。 (なぜ、人を求めるのか)  加藤文太郎は自分に問いかけた。回答はなかった。ただ、ひとりでいることに耐えられないということだった。 (生理的な要求であろうか)  冬山では、ひとりではおられない。必ず複数の人間の群れとしてのみ存在が許されるという、動物本能から来る生理的な要求であろうか。そうとも考えられない。もしそういう根本的なものがあったならば、それはもっと早期に——彼が登山をはじめた初期において、大きな壁となって、彼の前に立ちはだかったはずであった。単独行は淋しいものである。しかし、その淋しさ以上に自分と語り合う、山と語り合うという楽しみがあった。 (冬山では、山と語り合う場がないというのだろうか、冬山は死の山で、語り合うべきなにものも持っていないというのであろうか)  山が雪でおおわれているというだけで、山が|唖《おし》になったとは思えないし、冬山が死の山であるとは思えなかった。冬山は夏山よりも、むしろ山としては生々としていた。喜怒哀楽の感情は冬山において、はっきりと、それぞれの山の個性を、ひろげて見せた。冬山が死の山であって、加藤との語り合いを拒絶するという事実はどこにもなかった。 (ではなぜ、おれは人を恋うのだろうか)  わからなかった。いくら考えてもわからないし、考えようとしたり、山と語り合おうとしていても、人に会いたいという欲求が加藤をおしつぶそうとした。  人はそう遠くないところにいた。いま、加藤の頭に存在している人は、土田をリーダーとする四人のパーティーと、その四人と同行している|芦《あし》|峅《くら》|寺《じ》の二名の若者であった。 (六人はいま剣沢小屋にいる)  そのことだけが加藤の頭の中にあった。六人のところへ行きたいという気持が、加藤から離れなかった。はっきりと|従《つ》いて来てはいけないとまではいわなかったけれど、それと同じようなことを行動で示した彼ら六人のあとをなぜ追いたいのか加藤にはわからなかった。  土田リーダーは加藤に対して、はっきりと|嫌《けん》|悪《お》の眼を向けたし、そのパーティーの中で、芦峅寺の松治以外は土田以上の、むしろ憎悪の眼を持って追従しようとする加藤をふり切っていったのである。 (彼らがそうするのは当り前である。親しい友人同士で、山を楽しもうとして来ているのに、全然未知の人が、そのグループにまぎれこめば、|面《おも》|白《しろ》くないのは当り前である。下手をすると、せっかくの山行がだめにされてしまう)  加藤はそのことは百も承知であった。彼自身が長いこと単独行をおしとおしたのも加藤と山との語り合いの中に、他人が割りこんで来てせっかくの山の気分をぶちこわされないためであった。下界においても、山においても、理由なくして人に近づくことはおたがいに不愉快なことであった。  なにもかもわかっていた。わかり切っているのに、六人のことが頭から離れないのがなぜであるか、加藤にはいぜんとしてわからなかった。|忌《い》み|嫌《きら》われている彼ら六人のところへ行けば、彼らは、今度は、感情と行動を表面に出して、おれたちは、きみと行動するのはいやなんだというかもしれない——つまり傷つけられるのだ。場合によっては、その|疵《きず》は|生涯《しょうがい》、|快《かい》|癒《ゆ》することのできないほどの深手となるかもしれないのだ。それなのに加藤は、六人のことを思っていた。  夜が明けきると、加藤は室堂の小屋から外へ出た。いい天気だった。山と雪と、彼とそして雪原の上に、立山連峰の黒い影が横たわっていた。太陽の姿は見えなかった。六人が一列になって、登っていった雷鳥沢も、|別《べっ》|山《さん》|乗《のっ》|越《こし》も、まだ夜の|陰《いん》|翳《えい》の中に眠っているようであった。  加藤は、立山連峰を越えて走る、輝きの平行線を仰ぎながら、山は朝の交響楽を始めたのだと思った。幽玄なメロデーが流れ始め、やがて、太陽という指揮者の金の指揮棒の振りようで、その交響楽は|嵐《あらし》の交響楽にも、死の交響楽にもなるのである。空の模様から推測すると、今日中に嵐の交響楽にはならないように思われるけれど、ならないという確証もなかった。冬の立山である。嵐でないという日の方がめずらしいのである。日本海を渡って吹きつけて来る風が運んで来る水蒸気は、この立山連峰の壁にぶつかって、強制上昇して、雪の結晶体を作るのだ。それがこの冬の山のルールであった。山の交響楽は朝のうちは静かである。が、間もなく、吹雪のフリュートがどこからか鳴り出し、嵐のドラムが打ち鳴らされ、気が狂ったようにバイオリンがかき鳴らされるのである。加藤は、朝の交響楽の中に、その日一日の天気を予想しようとした。猟師が、朝の一瞬に、その日の獲物のありかを推察するように、加藤の眼は澄んで鋭かった。  あらゆる雑念が加藤の頭から去って、その朝の交響楽の中で、彼は山と語り合った。その日の天候やルートや、その夜、泊るべき宿についても、その朝の一瞬において、見とおしをつけるのである。  加藤は山々の頂を眼で追った。きのうは強風の中を雄山に登った。きょうは一ノ越から浄土山、|竜王岳《りゅうおうだけ》、鬼岳、|獅《し》|子《し》|岳《だけ》あたりまで行って見ようか。天気の具合によっては、引きかえせばいい。どっちみち、室堂が今夜の泊り場所である。  加藤は、一応その日のルートをそう決めて、眼を一ノ越へもどして、今度はきのう登った雄山から別山の方へやった。 (別山乗越の向う側にはあの六人がいる)  雪の中の剣沢小屋でストーブをかこんで談笑している六人のことを思うと、加藤は、獅子岳へ行こうとする気持が消えた。 「剣沢小屋へいこう」  彼は決心を口にした。あの六人にどんなに意地悪をされようが、嫌われようが、剣沢小屋へ行こうと決心した以上、いくのが彼に与えられたその日のきまりだと考えた。  それからは迷わなかった。加藤は、コッフェルで湯をわかし、お茶を入れた。食事はいつものとおりの揚げ|饅頭《まんじゅう》と、|乾《ほ》し小魚だった。  コッフェルで湯を沸かし始めてから、二十分後には、食事をすませて荷物をまとめた加藤は室堂小屋の外へ出ていた。  風が出ていた。やがて、雪炎が、この広い雪原をおおいつくすだろう。そのまえに、別山乗越を越えて剣沢小屋へいかねばならない。加藤はスキーを履いた。  加藤にはその日の予定があった。雷鳥沢をつめて、別山乗越をこえて、立山連峰の向う側におりるのだ。そこに剣沢小屋がある。彼は剣沢小屋まで午前中に行こうと思った。彼のいままでの体験から、それはそう無理なことだとは思わなかった。  室堂から雷鳥沢への下りは、平凡な雪原であった。霧が出たら、たいへんなことになるところだけれど、晴れてさえいたら、なんでもなかった。加藤は、見当をつけると、別山乗越への登り口に向って、ラッセルの一歩を踏みこんでいった。誰も前を歩いてはいないし、あとから誰も来ない。気楽なラッセルだった。時折、雪の深みにはまりこんで、声を出すと、その自分の声に驚くほど静かだった。吹き出した風が、加藤の行動開始とともに|止《や》んだのは谷に入ったからであろうか。雪の深みもあったが、浅いところもあった。そういうところに来ると、加藤のスキーは面白いように、前へ、つつっと進むのである。  加藤は、とうとうラッセルのあとを発見した。六人が踏んだあとは一条の道となって、別山乗越へ延びていた。  加藤は、その雪の踏みあとに踏みこむ前に、彼が歩いて来た道をふりかえった。そこまでは、彼自身が開拓した道であったが、ここで、六人の踏み跡と接触すれば、もはや、彼自身のものはなくなるのである。 (ラッセルドロボウ)  ということばを、加藤はそこで想起した。この|侮《ぶ》|蔑《べつ》に満ちたことばを、頭から浴びせかけられたら、たいていの登山家は、腹を立てるだろうと思った。だが、彼の行くところが剣沢小屋であり、そこへ行く踏みあとがちゃんとついているのに、彼自らが、新しい踏み跡を開拓するということはばかばかしいことのように思われた。  加藤は六人の踏み跡へスキーを入れた。別山乗越へ登りにかかったころから風が出た。予期した風だった。しかしその風が風だけでいるうちは、なにもおそれることはなかった。日が高くなると、空は乳白色に濁った。加藤は、それを天気の下り坂の前兆と見た。  登りは急だったが、そのくらいの傾斜度は加藤にとって、ものの数ではなかった。スキーが使えなくなると、脱いでかついだ。風に追い上げられるように加藤は別山乗越をこえた。景観が変転した。そこには、黒部の|渓《けい》|谷《こく》が見えるはずだったが、そのかわりに見わたすかぎりの雲海の上に|鹿《か》|島《しま》|槍《やり》と|五竜《ごりゅう》が白く光っていた。  剣沢小屋は紫色の煙を上げていた。加藤の立っているところは、かなり風が強いのに、剣沢小屋の煙は、その煙の色がはっきり見えるだけの太さで、しばらくは垂直に|立昇《たちのぼ》っているのを見ると、剣沢小屋そのものが安泰に満ちた住家に思われてならなかった。しかし、その煙も、眼でやっと計ることのできるぐらいの距離だけ立昇ったところで、強い力で、粉砕されたように霧散した。風の方向になびいて消えたのではなく、風の|乱流《ターブレンツ》によってあとかたもなく消えうせたのであった。  加藤は、そこに動いている冬の立山のはげしい気象を思った。  小屋の中には六人の人たちがストーブをかこんで楽しそうに話し合っていた。 「またやって参りました。よろしく願います」  加藤は、彼の眼が小屋の暗さに|馴《な》れない前に|挨《あい》|拶《さつ》だけはさきにやった。よろしくお願いしますという言葉のなかには、いろいろの意味を含めていた。みんなのパーティーに入れてくれという希望もあったし、この小屋に泊めてくれという願いもあった。返事がないまましばらく過ぎてから、 「そんなところに立っていないで、上ってストーブに当ったらどうです」  松治がいった。  そのことばに救われたように加藤は、荷物をそこにおろして、|靴《くつ》を脱いだ。松治が、加藤のために、ストーブのそばに|椅《い》|子《す》がわりの空箱を用意してくれた。加藤は松治にお礼をいった。鞍部では風は強かったが、こらえられないほどの寒さではなかった。だが、やはり、ストーブの|傍《そば》に|坐《すわ》るとうれしかった。  沈黙が続いた。加藤に話しかけて来る者はなかった。きのう、|天狗平《てんぐだいら》で別れたときと同じようなつめたい空気が流れていた。 「きのう、あなたは一ノ越へ登っていったでしょう。強い風でしたから心配しましたよ」  長い沈黙のあとで土田リーダーがいった。考えに考えた末に発見した話題のようだった。加藤は、ほっとした。少なくとも、土田リーダーが、加藤をストーブ談義の一員に加えようとしていることがわかったからである。 「一ノ越から雄山の神社までは、歩いたり、|這《は》ったりしていきました。頂上近くでは、ずっと|匍《ほ》|匐《ふく》前進でした」 「ほう、匍匐前進ね。そんなに風の強いとき、ひとりで山へ登って、もしものことがあったらどうします」  土田の声は静かだったが、あきらかに、加藤の行動を暴挙として見た批判だった。 「でも登りました。登れないほど強い風ではありませんでしたから」 「それは登ったでしょう。しかしね、加藤さん。ただがむしゃらに山へ登ることだけが登山ではありませんよ。よく山を調べ、天候を調べたうえで、慎重に一歩一歩を頂上に向ってきざんでいくのが登山です。頂上に立つということより、その道程がどうであったかが、登山か登山でないかの分れ道になるのです」  加藤は黙って聞いていた。きのうの雄山登山は、登山ではないといおうとしているのだなと思った。 (あなたの登山の定義では、きのうぼくが雄山に登ったことは、登山ではないかも知れません。しかし、ぼく自身の登山の定義によれば、きのうの雄山登山は立派な登山です。ぼくにとっては、あれぐらいの風はたいしたことには思われないのです。危険とは感じないのです。山は立って登らねばならないという法則はないでしょう。時によれば、格好は悪いけれど這って登ることだってあり得るでしょう)  加藤は心の中でそういっていた。その加藤の心の中のつぶやきが、例の不可解な微笑となって現われた。  土田の顔が緊張した。土田は、加藤の顔に浮んだ微笑を冷笑と取ったのである。|臆病者《おくびょうもの》め、あんな風がこわいのか、きみたちは、あんな風におそれをなしているのかと、加藤が土田たち六人に向って投げた|嗤《わら》いと見たのである。  ストーブの周囲の空気は再び凍った。土田は二度と加藤と口をきくつもりはないぞというふうに、山日記のページを開いて、鉛筆を出した。他の男たちも、加藤の視線をさけるように、横を向いた。松治だけが、加藤と他の男たちの間をなんとかして取りなそうとするように、しきりに視線をあっちこっちと動かしていた。  加藤は、そのつめたい沈黙に耐えられなくなった。こっちで話しかけないかぎり、六人が永久に口をききそうにもないと見て取ると、 「どうです。これからみんなで剣へ登りませんか」  加藤のことばは、いかにも|突《とっ》|飛《ぴ》であった。六人のパーティーは六人で行動している。そのパーティーに、たったひとりの加藤が、誘いかけたのだから、突飛というよりも、奇妙であった。ぶしつけでもあり、非常識でもあり、非礼でもあった。  六人はいっせいに加藤の方を向いた。六人の眼は一様に加藤を責めていた。生意気なことをいうなという眼であった。いままでいくらかの親愛感を持って見ていた松治の眼さえも、加藤に対して、明らかに悪感情を抱いた眼に変っていた。 「あなたは別山乗越をこえて来たでしょう。あそこでさえあれだけの風が吹いている。剣岳の頂上付近では三十メートル以上の風は吹いているでしょう。とても登山できるような状態ではないですよ」  土田リーダーは、静かにいった。かなりきびしい眼つきをしていたが、言葉はていねいだった。加藤に対する感情をおし殺しているようだった。 「登れませんか。それなら、ぼくをここに泊めて下さいませんか」  加藤は六人と自分との間が、ますます悪い方向にむいていくことを自覚していた。それでも加藤は、そこにいたかった。どんなに嫌われても、その六人のそばにいたかった。 「泊めてやりたいが、天気が悪くなれば、あなたはひとりで帰れなくなるでしょう。冬の立山は、ひとりで来ることは、もともと無理なんですよ。天気のいいうちにおりた方がいいではないですか」  土田は、小屋の外の風でも気にするような顔をした。  帰る——ひとりで雪原の中を帰っていけというのか。今夜もまたあの|陰《いん》|鬱《うつ》な室堂でひとりで寝ろというのか。加藤は考えただけでぞっとした。 (どうしてもひとりでいることがいやなんです。みんなと一緒にいたいんです。ただ傍に置いて|貰《もら》うだけでもいいんです)  加藤の眼は哀願にかわりつつあった。 「私をあなたがたのパーティーの一員に加えていただけませんか。けっして御迷惑はかけません」  加藤は土田に向って頭をさげた。 「それはできませんよ。ぼくらはすべてこの六人で行動するように準備して来ている。あなたは単独行をやっているから、パーティーの意味がよくわからないだろうが、パーティーは心のよく解け合ったものの集合体でなければならない。そうでなければ間違いが起る。ぼくらはあなたの名前を知っていてもあなたを知らない。あなたもぼくらを知らない。そんな|曖《あい》|昧《まい》な関係でパーティーを組むなどということはこのうえない危険なことですよ。あなたは、すでに、関西では名の通った登山家でしょう。そのあなたが、そんな無茶をいうとは、おかしいじゃあないですか」  そうだ、そのとおりだと加藤は思った。相手を知らない者どうしがパーティーを組んで遭難を起した例は、ウインパーのマッターホルン初|登《とう》|攀《はん》の惨劇以来無数にある。  山においては、自分以外になにものも信用のおけるものはないという、自信が、彼をここまで引き|摺《ず》って来たのである。 (そのおれが、なぜ人をたよろうとするのだろうか)  雪の剣岳に登りたいのだが、ひとりでは自信がないから、他のパーティーと共に行きたいという打算のもとに、パーティーに加えて下さいといっているのではなかった。雪の剣に、ぜひとも登らねばならないという理由はなかった。どうしても、雪の剣をやりたいならば、そのつもりで、はじめっから準備してかかれば、やってやれないことはなかった。  だいたい神戸を出るとき、剣岳は、頭の中にはなかった。雪の立山訪問という|漠《ばく》|然《ぜん》とした計画のまま出て来たのだから、目的はすでに充分達しているのである。帰ってもいい時期であった。 「加藤さん、冬山には冬山のルールがあることを御存知でしょう。剣沢小屋へ泊りたいなら、ちゃんと案内人をつれて来るべきです。案内人を雇う金がおしかったら、冬山へは来ないことですな」  土田のその一言は加藤をひどくみじめなものにさせた。貧乏人は冬山へは来るなといわれたような気がした。案内人を雇い、充分な日程で山へ出て来る裕福な登山家たちと違って、加藤は一介のサラリーマン登山家である。加藤にかぎらず、多くのサラリーマンは、金と日時が充分ではない。だからといって、冬山をあきらめろといういい方は、加藤の腹にこたえた。 (冬山は金持ちだけのものであろうか)  冬山が、永久に社会人登山家に開放されないことは堪えられないことであった。だが、現に土田が加藤の前でいっていることには、ひとかけらの誇張もないし、はったりもなかった。剣沢小屋は、その持主の私有財産であり、小屋の中のストーブも、燃料も、すべて営業用として運びこまれたものである。小屋を使うならば、その小屋の所有者の許可を得たうえ、案内人をつれて来るのがあたりまえのことであった。  出ていけといっているのだなと思った。もはや彼らとともにここに|止《とど》まるのぞみは断ち切られたのだと思った。 「松治君、加藤さんに御飯をあたためて、ごちそうしてやってくれないか」  土田リーダーは加藤の沈黙を了解と見たようだった。土田は、加藤が米を持って来ていないことを知っているから、松治に飯をあたためてごちそうしろといったのである。しかし、加藤には、そのことばは素直に受入れられなかった。残飯があったら食べさせてやれと、土田が松治にいっているように聞えた。案内人もつれず、ろくな食糧も持たずにやって来た、貧乏人の登山者にめぐみを垂れてやれよといっているふうに聞えたのである。  加藤は眼をあげた。 「いえ、結構です。食糧はまだ充分持っております」 「では、お菓子でもどうです。松治君、菓子を出してくれ」 「いや、結構です。いろいろとありがとうございました」  涙が出そうだった。|悪《あく》|罵《ば》とともに小屋から追い出されるような気持だった。  靴を履いている加藤のところへ松治が来て耳もとでささやいた。 「加藤さん、すまないね」  すまないことがあるものか、悪いのは、もともとこっちなんだと加藤は自分にいい聞かせていた。悪いのはこっちなのだが、なぜこれほどまで、みじめな気持に追いこまれたのだろうか。こうなることはわかっていながら、ついここまで来てしまった自分が、|虚《こ》|仮《け》か|阿《あ》|呆《ほう》に思えた。  加藤はスキーを履いた。  剣沢小屋をあとにして、|別《べつ》|山《さん》|乗《のっ》|越《こし》をこえて、雷鳥沢へ。そして今夜はまたあの室堂に泊らなければならないと思うと、胸が凍る思いだった。剣沢小屋に泊りたいと思った。小屋の|片《かた》|隅《すみ》に、犬のように、丸くなっていてもいいから、残っていたいと思った。  加藤のスキーはいっこう進まなかった。彼は、まだ、剣沢小屋に引かれていた。彼の腰のあたりに、眼に見えないザイルが緊縛され、そのザイルの端が、剣沢小屋にしばりつけられているようだった。 (そのザイルはゴムだな)  と加藤は思った。歩けば歩いただけ、ゴムは伸びていき、それだけ、剣沢小屋へ吸引力は強くなっていった。加藤は、数歩進んではふりかえった。もし剣沢小屋から、|誰《だれ》かが出て来て手でも振ったら、まわれ右して、小屋へ帰って、もう一度小屋に泊めてくれと頼もうと思っていた。  誰も剣沢小屋からは出て来なかった。腰に結びつけられたゴムはやがて切れる。切れたら最後、二度とふたたび剣沢小屋へは帰れないのである。  加藤は彼の腰につけられたゴム|紐《ひも》の伸張力の限界点において立止った。そこまで来ると、風は強くなり、飛雪ばかりでなく、雲海からはね上げられた片雲が雪の斜面をよこぎっていた。  加藤は剣沢小屋に眼をやった。ストーブの紫色の煙は、来たときと同じように立昇っていた。彼はその紫色の煙に、いまもなお、去りがたい愛着の視線をそそいでいた。  煙突の煙の量が次第に多くなっていくようだった。神戸の港で、出港の|間《ま》|際《ぎわ》の船舶の煙突を見るように、その煙はたくましく太かった。へんだなと加藤は思った。ストーブに|薪《まき》を燃しているだけであれほど多量の煙を出すはずがないと思った。なにか薪以外のものを多量に一度にストーブに投入したのかも知れない。そう思って見ていると、いままで立昇っていた煙突の煙が、煙突を出たところで、|渦《うず》を巻き出したのである。乱流が剣沢小屋を取りかこんだのだと加藤は思った。だがその紫煙の渦のあり方は異常だった。煙自体が、意志を持ったもののように、ていねいに剣沢小屋を包みかくすと、さらに煙のひろがりを、雪原に|敷《ふ》|衍《えん》し、しかも、加藤が立っている斜面にそって、紫煙の舌を延ばしはじめたのである。  加藤の方に向って延びて来る紫煙の舌先は生き物を連想させた。  加藤は恐怖をおぼえた。その紫煙の舌先につかまったら、おしまいだという気がした。しかし彼は、しいて、そこを動こうとはしなかった。恐怖を感じながらも、彼はどうにもならないような力で、そこに|釘《くぎ》づけになっていた。  風の音を聞いた。突風だなと思った瞬間、彼は背を低くして、風にこたえる体勢を取った。眼の前が混雑した。白くふわふわした、それでいてたとえようもないほどの多量の物体が、よこぎっていった。視界をおおいつくした。 (|雪崩《な だ れ》が起きたのだ)  彼はそう思った。音もなく雪崩が起って、眼の前が混雑したのだと思った。あらゆるものは、形容もないほどのスケールの大きい白いもののなかにのみこまれていった。剣沢小屋は消えうせていた。  風は|止《や》んだ。  加藤は立上って、いま眼の前で起った、雪崩を確かめようとした。雪に埋もれた剣沢小屋から六人を助け出さねばならないと思った。  なにも変ったことは起っていなかった。剣沢小屋は前どおりで、細々と紫煙を上げていた。加藤は何度か眼をこすった。錯覚ではない。たしかに雪崩を見たのだ。が、現実には、そこにはなにも起ってはいないのである。  彼はその錯覚の原因を考えた。風とともに霧のひとかたまりが彼を襲い、彼の|睫《まつげ》に付着して、しばらくの間彼をめくらにしたということは考えられる。彼が見た白いものは、霧粒の結晶だったと考えられないことはなかった。  加藤は、何回か眼をこすってから、もう一度剣沢小屋へ眼をやった。小屋には異状はなかったが、そのあたりに、いままでなかった暗いものを感じた。それが死の影というならば死の影かも知れない。なにか、いままでそこになかった暗いものが剣沢小屋を取りかこんでいた。  加藤は背筋につめたいものを感じた。そこにそうして長居は無用だという気がした。  加藤は剣沢小屋に背を向けた。彼と剣沢小屋とを結んでいたゴム紐はその瞬間に音を立てて切れた。 (一刻も早く室堂へ帰れ)  加藤の本能は、そう加藤に呼びかけていた。  加藤は別山乗越を越えて、ふたたび眼下に雷鳥沢を見た。|弥《み》|陀《だ》ヶ|原《はら》までの雪原を西にかたむきかけたにぶい太陽の光が照らしていた。彼は、呼吸もできないほど強い西風をまともに受けながら、雷鳥沢へ向っておりていった。あとから、誰かに追われるような気持だった。六人の誰かが、剣沢小屋へ泊めてやるから、引きかえして来いと呼んでいるような気がした。とめてやるといっても引きかえすつもりはなかった。彼らの仕打が憎らしいから、意地を張って引返さないというのではなかった。あの雪崩の錯覚を見た直後に、加藤の心の中から剣沢小屋への執着が消えたのである。あれほど泊りたいと思っていた剣沢小屋から、いまはいっこくも早く遠ざかりたい気持が理解できなかった。  雷鳥沢に踏みこむと風は静かになった。 「ああ助かった」  加藤は太陽に向っていった。  死神に追われていて、やっとその手からのがれた気持だった。 (こんなことはいままでかつて一度もないことだ)  彼は室堂へ向う雪の谷へ踏みこんでからもそのことばかり考えていた。|淋《さび》しいという気持も、六人の|側《そば》にいたいという気持も消えていた。山はひとりでいることがもっとも自然であり、自分と語り合い、山と語り合うために山に来たので、人など、いないほうがいいのだと、いつもの加藤にかえった自分を見直すと、なぜあんな気持になったのかを、ふたたび思いかえして見るのである。  室堂は陰湿な寒い小屋だった。が、加藤にとっては、そんなことは平気だった。むしろ加藤は、室堂に帰って来て、安心して眠れると思ったくらいであった。 (あれほど剣沢小屋の六人を求めたのはなんであろうか)  彼は眠りにつくまえに、またそれを考えた。 (それは死ではなかろうか。彼らに死が約束されていて、その死へ自分は同行しようと願っていたのではなかろうか。求めていたのは、六人の人でも剣沢小屋でもなく、死ではなかったろうか。無意識に、死に|牽《ひ》かれていたのではなかろうか)  六人にあれほど|嫌《きら》われても、剣沢小屋に固執したのは死への道筋からはずされたくなかったのではないだろうか。 (帰りに見た白い幻覚は、やがて剣沢小屋を襲うであろう、雪崩そのものではなかろうか)  ばかな、と加藤はその想像を否定した。剣沢小屋は雪崩に埋まるような場所にはない。そして、雪も雪崩の起るような状態ではない。 (しかし、おれは剣沢小屋にただよう、死の影を見た)  死の影がどんなものかといわれても答えられないが、見たことは見たのだ。やがて、剣沢小屋は死ぬぞと、はっきり感じたのだ。これが、予感というのなら予感でもいい。直感というならば直感でもいい。とにかくおれは、剣沢小屋に死を見たのだ。  すべてが疲労から来るものかも知れない。年末近くになって会社は居残りが続いた。隣室の金川義助のこどもはよく泣いて、加藤の安眠をさまたげた。それから園子と佐倉秀作とが結婚しようとしていることも、加藤を平穏な気持では置かなかった。それらのあらゆる疲労が、いつもと変ったかたちとして現われたのかも知れないと思った。 (だが、もう、おれはもとのままの加藤文太郎に帰ったのだ)  加藤は翌日の旅程を考えた。天気が悪くなるのは確実だった。天気が悪くなるより先に安全地帯まで歩かねばならなかった。立山連峰を形成するだだっ広い雪原上で霧にまかれたら、それこそ死ぬ以外にない。藤橋まではなんとかしていきたかった。明後日は|芦《あし》|峅《くら》|寺《じ》の佐伯氏のところへ立寄って、|弘《こう》|法《ぼう》|小《ご》|屋《や》の泊り賃を払わないといけない。そうしないと、あの六人のパーティーに、加藤は冬山のルールを知らないと笑われるだろうと思った。  彼は、佐伯家の日当りのいい縁側で、彼のたどった雪の道のことを話しながら、泊り料を払っている自分を想像していた。 「で、土田さんたちは、いつごろ山をおりて来ますか」  佐伯氏にそう質問されるところまで想像して、加藤はまた、全身が震え出すほどの悪い予感に襲われた。 「彼らはふたたび芦峅寺へは帰らないかも知れない」  加藤は|暗《くら》|闇《やみ》の中でつぶやいた。小屋の外の風が、笛を吹くような音を立てて加藤に答えていた。  加藤は眼をつぶった。このことは、自分の頭の中にだけしまっておこうと思った。彼ら六人が死ぬなどということが、死なない前にわかってたまるものか。      9  加藤文太郎はしばしば、|何《な》|故《ぜ》山へ行くのかという、きわめて平凡で、そして、きわめて解答のむずかしい問題を考える。何故山へ行くのだという質問に対して、それは、すなわち、山があるからだと答えたという、ある登山家のことばをもってしても、加藤には不充分であった。  山があるから山へ行くのだ。山がなければ行きたくてもいけないだろう。がしかし、山がない場合、彼はどこへもいかずにぼんやりしていられるだろうか。 (もしかりに、加藤文太郎がこのままの姿で|蒙《もう》|古《こ》の大平原へいっていたら、いったいなにをするだろう)  おそらく、彼は歩き|廻《まわ》るだろう。大平原をぐるぐる歩き廻るに違いない。歩かずにはおられないのだ。それではなぜ歩きたいのかと、問いつめられればおそらく加藤は、歩きたいのだ、歩けば気持がいいのだと答えるに違いない。  山へ行っているあいだは|御《ご》|機《き》|嫌《げん》なんだ。山気を吸い、谷川の|清《せい》|冽《れつ》な音を聞き、それを飲むと気がせいせいするから山へ行くのだ。要するに、山が好きなんだ。読書が好き、|魚《うお》|釣《つ》りが好き、競馬が好き、仕事が好き、金をためることが好き、人に慈善をほどこすことが好き……それらの人と同様におれは山が好きなのだ。それだけで、|他《ほか》にはなにもない。 (ではなぜ山が好きになったのか)  特に動機となるものはなかったが、しいていえば彼に地図の見方と山歩きを教えた新納友明がいた。もし彼がいなくとも、おそらく加藤は山へ入っていったに違いない。 (山好きのことはわかった。だが、山好きのために身を危険にさらしてまで、なぜ山に行くのだ)  これもごくありふれた質問だった。魚釣りもときには危険な目に会うことがある。加藤が現在踏みこみつつある登山の段階は、すでに遠く趣味の階層をこえていた。極論すれば、それは生命を|賭《か》けての遊びだった。  生命を賭けてまでなぜ山へ行くのかの問題に対しては、いかなる人も、ほとんど満足に答えることはできなかった。いわゆる探検とも違っていたし、未知へのあこがれでもなく、名誉欲でもない。ここまで問いつめられると、多くは言葉に窮して、そこに山があるからだという、古典的な逃げ口上を再び口にするしかないのである。 (そこに山があるからだと答える以外に、なにもいうことはないであろうか)  加藤文太郎は彼が歩みつつある方向が、いよいよ|険峻《けんしゅん》であればあるほど、その到着点にあるものがなんであるかを考えないわけにはいかなかった。  加藤はその疑問の壁に衝突しては周囲を見廻す。ものを読む。やはり、彼と同じように、生命を賭ける登山家たちの群れはかなりの数に達していた。だが、加藤にしてみれば、彼らが山に生命を賭けるには、それだけのなにかの理由を持っているように思われた。  大学の山岳部の名誉のために、名のある山岳会員は、その山岳会の会員としての誇りのために、そして社会人の山岳会は、わがもの顔に山をのさばり歩く、山の紳士たちに|挑戦《ちょうせん》するために、それから、単独かまたは少数グループで山に生命を賭ける者は、若い情熱の発散の場として、失恋の痛手の捨て場として、|厭《えん》|世《せい》の逃避場として、なんらかの劣等感の反対証明の場として、山に生命を賭けるのである。  加藤はそのいずれにも属さなかった。加藤には山に|憂《うき》|身《み》をやつさねばならないという能動的な理由は、なにひとつとしてないのである。  神戸の町の固いペーブメントを|凍《い》てついた山の道を歩くような気持で踏みしめながら、加藤は、なにかの折に、それは多くの場合、なにか大きな、彼の一身上の変革が起る前に、突然彼を襲って来る、 (なぜ山へ行くのか)  の疑問に自問自答しながら歩いていた。 「神戸はいい町ですね。できることなら一生ここに住んでもいい。前に海、うしろに山、港町だから適当にモダーンで、適当にノスタルジアがただよっていて……」  佐倉秀作は歩きながら静かな声でものをいう。園子に話しかけるのでも、ひとりごとでもなく、なにかふと、そのときの情景の感動を述べたといったふうに、聞えて来る。 「神戸は町全体が詩情にあふれている。|宵《よい》の霧にとけこむふたりの影さえも、それは永遠の約束ごとのように、ゆれて動く……」  園子は、佐倉秀作の意味のあるようなないような、つぶやきに似たそのことばを聞きながら、自分はいま幸福なのだろうかとふと考えた。  佐倉秀作の手が伸びて園子の手を握った。園子は電気を感じたように、手をひいたが、佐倉の握力は強く、彼女の手を決して放そうとはしなかった。 「このまま、あなたとふたりでどこまでも歩いていきたいのだけれど、そのまえに、ふたりは夕食を|摂《と》らねばならない。ふたりはおなかが|空《す》いている」  佐倉はそういうと、坂の途中から左側に折れて、明るい通りに出ると、植込みの奥に青く輝くガス灯の光に向って歩きだした。青いガス灯に向う歩道には|御《み》|影石《かげいし》が敷いてあって、歩くと、こつこつ音がした。  園子は、その青いガス灯がなにかおそろしいもののように見えてならなかった。その|灯《ひ》の下をくぐったら最後、もとのままの姿で、そこを出ては来られないような気がした。 「そこはなんですの」  園子の処女の触角が、青い灯に対してぴくぴく動いていた。 「ホテルです。英国人が建てた古いホテルです。地下がレストランになっているのです。経営者は何度か変ったようですが、あのガス灯だけは前のままなんです。あのガス灯がこのホテルのシンボルなんです。美しいでしょう、ガス灯の光は霧をよくとおして見えるのです」  だが園子はためらっていた。いくべきではないと、彼女の触角が警告していた。 「どうしたんです園子さん、あの長い映画で、ぼくらはいい加減お|腹《なか》が空いています。この地下室の料理はおいしいですよ」  さあといって、佐倉は、握っていた園子の手を離すと、腕を組んだ。あっという間のできごとだったし、ちょうどその時、地下室から腕を組んで出て来た外国人の男女があったから、園子は、佐倉に抵抗して、そのからんだ腕をはずすことをさしひかえた。妙な気持だった。  ガス灯の下をくぐるとき、園子は、佐倉秀作を見た。青くそまった彼の横顔には、ひどくつめたいものがあった。とがった高い鼻が、いままでになく、彼の野心の象徴に見えた。彼の野心とは園子と結婚することである。  彼女もまたそれを受け入れようとしていながら、その野心の鼻が青く|濡《ぬ》れて光っているのを見ると、彼女は、そこから逃げ出したいようにさえ思うのである。  佐倉秀作の腕には力があった。地下室の降り口に来ると、もはやいかなることがあっても、彼女を彼の意志に従わせないではおかないような強引さを持って、いささか肩をはり、外国映画に出て来る|伊達男《だておとこ》のような格好で静かに階段をおりていった。  階段は途中で直角に曲った。その踊り場の壁にステンドグラス製の山があった。とがった山だった。日本の|槍《やり》ヶ|岳《たけ》のような形をしていた。園子は、多分それはマッターホルンを模したものだろうと思った。 「山がこんなところに……」  園子は、踊り場に立止ってそういった。彼女が彼女自身の心に、ある程度そむきながら、階段をおりていく行為に対するためらいが、そんなかたちでそこに現われたことは、彼女にも佐倉秀作にも思いもよらないことだった。 「英国人らしい趣味ですね。英国人という|奴《やつ》は、意外に山が好きらしい。貴族崇拝主義というのかも知れない。登山家には貴族が多いという現実を横目で見ながら、貴族にゆかりのある者だというジェスチュアにこういうものを作りたがる。もっとも日本人にもそういうのがいる。登山は貴族階級だけのものにしておけばいいのに、貧乏人が貴族のまねをしたがる……」  佐倉秀作は園子の腕をぐっと引張ってむきをかえた。階下から流れて来る、肉を焼くにおいが園子の鼻をついた。  その食堂は気品があって落ちついていた。適度な採光度が、園子に安定感を与えた。  園子はナイフとフォークを持って、|皿《さら》の上の肉に眼をやったとき、 (私は幸福になれるだろうか)  と考えた。そう考えることは、不幸を、頭の中で呼び出しそうで不安でもあった。 「どうしたんです、園子さん、さあ」  園子は焼いた肉にナイフを入れた。やわらかい肉だった。しんのほうに、うっすらと桜色の血がにじんでいる肉だった。園子はそれを見ると、やりどころのない淋しさが|湧《わ》き上って来る。とにかく淋しいのだ。ここにこうして佐倉秀作といることが不思議に、かなしいことのように考えられて来るのである。 「いやなんですか、きらいなんですかこの肉が?」  佐倉はややけわしい眼でいった。 「いいえ、きらいではないわ」 「それなら、遠慮なく召しあがれ、レディが口をつけない先に、ぼくは食べたくても食べるわけにはいかないんです」  佐倉が笑った。園子は佐倉の笑いに助けられたように肉を口に入れた。うまかった。寒い霧の中をかなり歩かせられて来て空腹だったから、彼女の胃袋は、そのカロリーの高い肉を大いに歓迎していた。食べだすと、淋しさも、悲しさも消えた。 「ブドウ酒をめし上れ、肉にはこのブドウ酒がよく合うんです」  園子は|嘗《な》めるようにそのブドウ酒を飲んで見た。甘かった。酒という感じではなかった。 「外国人の女の人は、そのコップに三ばいぐらいは飲むんですよ」  そのコップは小さかった。一口に飲めそうなコップだった。 「そして外国人は、そのコップのブドウ酒を飲むときには、こういうふうに……」  佐倉秀作は園子にコップを上げさせて、空間でコツンと音を立てて、それをぐっと飲みほした。  その軽快な音響を伴った乾杯は園子の気に入った。なにかそのレストラン全体が明るくなったようにも思われるのである。 「佐倉さん、さっきはなんだかおかしかったわ。妙に、ここへ入って来るのが|厭《いや》だったのよ。もしここへ入ったら、二度とこのままの姿では帰れないような気がして」  佐倉の顔が一瞬緊張した。ぎょっとしたようだったが、園子はそれに気がつかなかった。 「へんだったわ。わたし、階段のところであのステンドグラスの山を見て立止ったりして」 「きっとそのとき、あなたは加藤君のことでも思い出したのでしょう」  佐倉のそのひとことで園子は、今日の午後佐倉に会って以来ずっと、長い時間、彼女の心の底でくすぶっていた|淋《さび》しさの原動力は加藤の存在ではなかったろうかと思った。彼女の淋しさは、彼女をどこかで見詰めている加藤の淋しさにも通ずるものではないだろうか。彼女はその発見がいささかおそすぎたような気がした。ステンドグラスのマッターホルンを見て、ここに山がといったのは、ここに加藤がいるといったのと同じことだったのだ。階段をおりるなという、加藤の警告だったのかも知れない。 「加藤という奴はつまらぬ男だ。一介の製図工の癖に、貴族の|真《ま》|似《ね》ごとの登山なんかやって」  佐倉は驚くべきことをいった。それまで園子とつき合っていて一度だって、加藤に触れたことのない佐倉が、なぜ突然、加藤の悪口を園子の前で、いったのか彼女にはわからなかった。 「一介の製図工だなんてひどいわ……加藤さんは立派な技術者よ。正式な大学は卒業していないけれど、大学出と同等以上の実力は持っているんだって、|小《お》|父《じ》さんがいっていたわ。それに登山は、もう貴族だけのものではなくなっている。あなたの考えは古い……」  園子は胸苦しさを覚えた。胸苦しさをこらえていると|身体《か ら だ》全体がだるくなる。思考力が遠のいていきそうになる。彼女は酔った経験がなかった。ブドウ酒と思って飲んだのが、味こそ甘いけれど、強烈なアルコール分を持っている洋酒だということを知らなかった。  眼が廻りそうだった。そのままじっとしていたら、倒れそうだった。 「くるしいの……」  園子はいった。佐倉に酒をすすめられて、酔わされたのだということが、はっきりと自覚され、そうさせた佐倉を憎みながらも、佐倉にたよらねばならない自分がみじめに思われた。  佐倉の顔に|淫虐《いんぎゃく》な微笑が浮んだ。獲物を前にした動物の表情に似ていた。青い顔の中に、厚い、黒い|唇《くちびる》が|濡《ぬ》れて光っていた。  佐倉は手をあげてボーイを呼んで、紙片にサインをしてから、ゆっくり、園子の|脇《わき》に立って助け起すと、 「さあ、ぼくにもたれかかってゆっくり歩くんです」  とささやいた。園子は、宙を歩くようだった。心臓の鼓動が頭に向って|衝《つ》き上げていた。やがて心臓は、頭のところまで、浮きあがって、はげしく鳴った。 「一階まではどうしても歩かねばいけないんです。一階からはエレベーターがある」 「エレベーターがどこに……」  それには佐倉は答えなかった。エレベーターで四階へ登ると、そこに、佐倉は、彼の部屋を取っておいたのである。佐倉は右腕で彼女を抱きかかえながら、左手で、ポケットの|鍵《かぎ》に触れた。 「静かにゆっくりと……やがて気分はよくなっていく」  佐倉は園子を助けながら、一段一段ゆっくりと階段を登っていた。  途中踊り場のところで彼女は、再びステンドグラスの山を見た。 「ここに山が……」  それはもう、彼女の心の中の声だった。ここに加藤がいてくれたらと願う心であった。彼女はせまりつつある身の危険を本能的に察知していた。逃げだしたいと思うけれど、知覚は正常なものではなくなっていた。雲の中を歩くような気持で、彼女は、大きなミスを認めかけていた。加藤こそ、彼女が選ぶべき男性であったのではなかろうか。あの無口な加藤は、彼女に、それらしい素振りはひとことも見せたことがなかった。だが、加藤の中に彼女が存在していることは疑いないことのように思われた。 (加藤さんはいったいどこに)  園子は眼をあいていたが、見てはいなかった。眼の前にエレベーターが止り、白い服が動いたのを見たが、そのときはもう、彼女は半ば、眠りかけていた。佐倉が左手で、ドアーの鍵をあけ、そして園子を部屋に入れたとき、園子は佐倉が彼女になにをしようとしているかを、|未《いま》だに残っている知覚の|隅《すみ》の方で感じた。彼女は佐倉をおしのけて逃げようとした。だが、それは、彼女の気持であって、行動としては、佐倉に倒れかかっていくようなかたちとなってしか現われなかった。彼女は完全に足を取られていた。  佐倉は、彼女を横抱きにして、ベッドの上におくと、スタンドにスイッチを入れてすぐ引返して、ドアーに鍵をかけた。  部屋は暖房が効いて暖かかった。雪のように白いダブルベッドの毛布の上に横たわった園子は、眼をつぶっていた。  佐倉秀作は洋服ダンスを開けると|悠《ゆう》|々《ゆう》と洋服を脱いだ。脱ぎながら、ベッドの上に横たわっている|獲《え》|物《もの》に、|貪《どん》|婪《らん》な眼を投げていた。  用意ができても、佐倉はことを急激にいそごうとはしなかった。取った|鼠《ねずみ》をネコがもて遊ぶように、彼は、時間をかけて、ゆっくりと、彼女を|剥《は》いでいった。時々彼は唇のあたりから会心の声をあげた。そして彼は、いよいよ、彼の最終目的を遂行する段取りにかかったとき、 「ばかな女だ」  とひとこといった。  眠りの底にあった彼女は、その声をはっきり聞いた。それは死刑の宣告にも似ていた。彼女はあらゆる力をふりしぼって抵抗した。  佐倉はそれも予定行動にしていたようだった。佐倉は彼女の抵抗をできるだけ長くつづけさせるために、わざと彼女に反撃の機会を与えたりした。だがしかし、酒を飲まされている彼女の抵抗はそう長くはつづかなかった。彼女が必死にもがいたとき、彼女の|爪《つめ》が、佐倉の|頬《ほお》に一筋の|条痕《じょうこん》を残すと、佐倉は、動物が|咆《ほ》えるような声を上げて、彼女に襲いかかっていった。  同じ夜、加藤文太郎は、ガス灯のあるホテルのすぐ隣の海の見える|館《やかた》の一階の会議室で、登山家たちを前にして、しゃべっていた。壁に剣岳一帯の地図が|貼《は》ってあった。その会議室の入口に、加藤文太郎氏講演会後援KRC・神戸登山会・神港山岳会と書いた案内立札があった。  会議室はせいぜい五十人ぐらいがせいいっぱいのところだったが、そこに七十人ばかりの男たちが集まって加藤の話を熱心に聞いていた。 「私は冬山を始めて、まだ二年にしかなりませんので、冬山のことはほんとうにはよく知らないのです」  加藤は話の途中でときどきそれをいった。まだ二年しかならないといっても、去年の一月の八ヶ岳の単独行以来、会社の休暇はすべて冬山へ投げだしており、すでに八ヶ岳、伊吹山、妙見山、常念岳、槍ヶ岳などに登頂していた。立山は今年で二回目であった。  加藤は、八ヶ岳以来の冬山山行を|朴《ぼく》|訥《とつ》な話しぶりだが、正確なデータのもとに話していった。最後に、剣岳をめざしていったけれど、引きかえさねばならなかったのは、風が強いからだったと話した。土田たちと行動を共にしたことは話したけれど、土田たちとの感情問題についてはひとことも口にしなかった。話せば誤解を招くからだった。加藤の話が終りに近づいたころ、KRCの会長藤沢久造のところに電話があった。 「加藤君の話はこれで終ります。質問があればどうぞ」  司会役の志田|虎《とら》|之《の》|助《すけ》が、そういったとき、藤沢久造がいそぎ足で会議室へ入って来て、大きな声でいった。 「剣沢小屋が|雪崩《な だ れ》にやられた。土田君たち六人が行方不明になった」  加藤は、身体中がふるえる気持でそれを聞いていた。あの白い幻想は事実となって現われたのだ。      10  坂を登りきって道を左に取ると、すぐ路地の奥に下宿の二階が見える。  加藤はそこに立止った。あかりが二つついているのは、隣室の金川義助の部屋と彼の部屋の両方に人がいることになる。金川義助の部屋のあかりはいいとして、なぜ加藤の部屋に電灯がついているのだろうか。  いやな予感がした。  玄関を開けると、すぐそこの茶の間に眼つきのよくない男が多幡てつと話していた。 「加藤文太郎か」  男がそういったとき、すぐ加藤は、刑事だなと思った。 「加藤文太郎かと聞いているのだ」  男は加藤の方に向きをかえて、前よりも、大きな声でいった。 「あなたはどなたです」 「なんだって、この野郎」  男は、まるで、ごろつきが、|喧《けん》|嘩《か》を売る理由もないのに喧嘩を売りつけようとするかのように、肩をふりながら加藤に近づこうとしたとき、二階から別の男がおりて来て、 「加藤さんですね、警察のものですが」  といった。その男の方は言葉は丁寧だったが、目つきは、茶の間に|坐《すわ》っている男よりも悪かった。ふたりは眼で示し合せてから、加藤に二階へあがるようにいった。  茶の間の隣室で、多幡新吉の|咳《せき》と赤ん坊の声とそれをあやす金川義助の妻しまの声が聞えた。 「かくさずになんでもいって|貰《もら》いましょう。そうでないと、警察へ行って貰わなければならなくなる。場合によっては、しばらくここへは帰れない」  背の高い方の刑事がいった。 「おい加藤、貴様は金川義助にいままで、運動資金としてどれほどやった」  別の刑事がいった。 「運動資金なんかやったおぼえはない」  加藤文太郎は|憮《ぶ》|然《ぜん》としていった。 「だが、きさまが金川義助に金を貸してやったことは事実だ。それは、もうちゃんと調べがついているのだ。金川義助の女もそれを認めている」 「金川にお産の費用を貸してやったことはある」  加藤はぽつりとひとこといった。 「そのほかに毎月いくらと決めて金川に金をやっていたろう」  加藤は首をふった。 「意地をはるなら、こっちは証拠を出すぞ」  刑事はそういって、ポケットからノートを出して、加藤の貯金通帳の写しを見せた。 「金川義助がここへ来るようになってから、急に貯金が減り出したのは、いったいどういうわけなんだ」 「貯金の使途をいちいち説明するんですか」  加藤は突っかかるようにいった。 「ブタ箱がいやだったら、正直になにもかも吐き出すんだな」  刑事は気負いこんでそういったが、加藤が、村野孝吉の結婚のために貸し出した金額や、加藤自身背広を買うために引き出した金額などを正確にいうと、|拍子《ひょうし》抜けしたような顔で、 「しかし、いい若い者が、なんだって、がつがつ金を|貯《た》めこむのだ。こんなことをするから、主義者のシンパなんていわれるのだぞ」  |彼《かれ》|等《ら》は、そこへ来た目的とは違ったことをいった。  加藤の部屋はかなり荒されていた。山の本や、山日記のページの一枚一枚がめくられた形跡があった。  聞くことがなくなると刑事は、加藤が手に持っている本を見せろといった。  ドイツ語で書かれたディーゼルエンジンの本だった。刑事のひとりは、本の裏をひっくりかえして、そこに書いてある海軍技師立木勲平という署名に眼を光らせていった。 「貴様、この本どこから盗んで来たのだ」 「立木技師から借りて来たのです」 「なに借りて来た。貴様、|嘘《うそ》をいっているな。だいたい、貴様にこの英語の本が読める|筈《はず》がないじゃあないか」 「それは英語の本ではないドイツ語の本です。それからこの本のことは、うちの外山課長に電話で聞いて見て下さい。課長のいる前で、立木技師がこれを読めといって貸してくれたんです」  刑事たちはふたりで顔を見合せた。 「明日も立木技師は会社に来ます。この本について、なにか不審な点があるならば、会社へ電話をかけて立木技師に直接聞いて下さい」 「余計なことはいわないでもいい」  刑事は加藤の顔を|睨《にら》みつけると、 「今後のこともある。主義者なんかと、つき合うんじゃあないぞ。それから、やたらに金を貸してやってもいけない。そうすると、貴様はシンパだということになる。まあ、今度のところは勘弁して置いてやる」  刑事たちは捨てぜりふを残して階段をおりていった。  海軍技師立木勲平の名前が出ると、刑事の態度が急にかわったのが、加藤にはおかしく感じられた。  階下におりると、多幡てつが青い顔をして立っていた。 「どうでした加藤さん」  多幡てつは声をひそめていった。 「どうもこうもないさ。いったい、なんでおれの部屋をあいつらがかき|廻《まわ》したかも分らないんだ」  加藤は口をとがらせていった。 「金川さんが手入れの前に逃げたんです。うまく逃げたんですよ加藤さん」  多幡てつは、金川義助の逃亡に|讃《さん》|辞《じ》を送るような眼をしていた。 「どこへ逃げたんだ」 「それは、私たちにも、奥さんにも知らされていないんです。これからは奥さんがたいへんですわ」  多幡てつは奥の部屋へ眼をやっていった。赤ん坊をかかえて、金川義助の妻のしまが、どうやって生活を支えていくかをいっているようだった。多幡てつの孫娘の美恵子が赤ん坊をあやす声が聞えた。 (主義者は雑草のように強く生きていかねばならないんだ)  金川義助がいったことを、加藤はふと思い出していた。  翌朝、加藤は外山三郎に昨夜のことを報告した。 「そうか金川義助は逃げたのか」  外山三郎は一瞬、きびしい眼を窓の外へやったが、すぐ重荷をおろしたように、ほっとした顔で、 「実は金川義助のことで、きのう会社へ、刑事が来た。金川義助が、うちの会社の労働組合と連絡を取っているらしいという情報のもとにやって来たのだ」 「うちの会社の労働組合となにかあったんですか」 「いや、いまのところははっきりしたものは、つかめないが、連絡があることだけは事実らしい」  外山三郎はそれ以上金川義助のことはいわずに、突然話題をかえるように、加藤君と小さい声でいった。 「園子さんがきのう急に故郷へ帰った。きみによろしくいってくれということだった」 「突然ですね。なにかあったんですか、それにしても……」  ひとことぐらい帰るといってくれてもよさそうだと思った。加藤は山行から帰って来て、まだ一度も園子に会ってなかったことを悔いた。ひょっとすると、佐倉秀作との縁談がすすんで、その準備のために故郷へ帰ったのかも知れない。 「いよいよ佐倉さんと……」  結婚するのですかとはいえなかった。 「いや、それとは違うんだ。要するにあれは帰った。もう神戸へ来ることは当分あるまい」 「手紙を出したいのですが」 「住所か、君に知らせてやってもいいが、いまはその時機ではないような気がする」  外山三郎は眼を加藤から離して、机上の図面におとした。  加藤の頭には、その日一日中園子のことがひっかかっていた。彼女の身になにかがあったのだ。そのなにかが彼にはいくら考えても分らなかった。彼は、チャンスを作っては外山三郎のところへ何回かいった。昼休みの時間も、なんとなく外山三郎の近くに立っていて、外山からの話しかけを待っていた。園子が急に故郷へ帰ったというだけでは納得いかなかった。もう少しくわしい事情を聞きたいのだが、加藤には聞けなかった。  加藤はめずらしくポケットに手を突込んで神戸の町を歩いていた。ナッパ服のズボンのポケットに手を突込んで、なにか考えこみながら、のそのそ歩いている彼の姿が、大通りのショウウインドウのガラスに写っているのを見るまで彼は、彼自身の姿がそんなにみじめなものだとは気がついていなかった。加藤は、はじかれたようにショウウインドウのガラスからはなれると、ズボンのポケットから手を出して、胸を張り、手をふりながら坂道を登っていった。  玄関を開けると、茶の間に彼の下宿のものが全部集まっていた。 「とうとうやったわ、うちの人が指導したのよ」  金川義助の妻のしまが夕刊をゆびさしていった。 (東亜精機工業ストライキに突入)  三面のトップにでかでかと報ぜられていた。その記事をかこんで、多幡てつも、多幡新吉の孫娘の美恵子も、金川義助の妻のしまも酔ったような顔をしていた。加藤は新聞を二度読みかえした。東亜精機工業は佐倉がいる会社だった。金川義助の名も佐倉秀作の名もなかったが、ふたりが、別々のところで、この夕刊を手にしてどんな気持でいるかがよく分った。加藤はストライキの記事を読み終って、眼を紙面から離そうとした。そこに、彼にとっては東亜精機工業のストライキ以上に重大な記事を発見した。雪崩にやられた剣沢小屋あとから遺体が見つかったという記事であった。  雪崩のために生き埋めになった六人のうちのひとりは、発見されたとき、|身体《か ら だ》にぬくもりを持っていたというところを読んで加藤は眼頭を|拭《ぬぐ》った。  あれほど、辞を低くして同行を願ったにもかかわらず、冬山へ来るなら案内者を雇え、案内者を雇う金が惜しいなら冬山へ来るなといって、加藤の同行を拒否した六人が死に、同行を拒否された彼が生きているという、対照事実はあまりに悲劇に満ちていた。  加藤は自室に帰ると、電気を消したままで部屋の中央に坐った。  剣沢で見たあの白い幻影がふたたび、彼の頭の中によみがえって来る。 (異常なまでの|執《しつ》|拗《よう》さで彼等に同行を求めたことは、とりも直さず死を求めたことであり、彼等に同行を拒絶されたとき、おれは死から見はなされていたのだ)  加藤は山の摂理のなかに、言葉にも筆にも、ましてや科学で証明されることのできないなにかがひそんでいるような気がした。山の神秘などと簡単に片づけられるものではなかった。超自然的な四次元の世界があの白いあらしの世界に存在するのかも知れない。 (ひょっとすると、おれはそこへ踏みこもうとしているのではなかろうか)  加藤の心の奥にともしびがついた。遠くてよくまだ見えないけれど、そのともしびは、なぜ山へ行くかの解答へ近づくための指導灯のようにも考えられた。 (貯金を始めたのは、ヒマラヤへ行くための旅費をつくることであり、山へ行くのはヒマラヤへ行くための訓練だと考えていた。だがその目的は、至上のものであろうか。ヒマラヤ以外に、なにもないのであろうか)  加藤は自分に問うた。 (ヒマラヤは一つの具体的目的である。しかし、今やヒマラヤのためだけにすべてがお|膳《ぜん》|立《だ》てされているのではないことは確かである)  加藤は冬山をはじめてから、急激に山というものの奥深い魅力にとらわれていた。  次の日の日曜日に、加藤は、好山荘の志田虎之助をたずねていった。 「志田さん、あなたはなんのために山へ行くのですか」  加藤は志田の顔を見ると、いきなり聞いた。 「山へ行くと、うるさい|女房《にょうぼう》の顔を見ないですむからな」  志田虎之助は大きな声で笑ってから、中学生のような質問をするなと、かなりきつい言葉で加藤を|叱《しか》った。 「理屈なんかじゃあない。その答えは山へ年期を入れていると自然に山が教えてくれるものだ。だが、山という|奴《やつ》は、ひどくけちんぼうでな。一度にそれを教えてはくれないのだ。おそらく|一生涯《いっしょうがい》かかっても、なぜ山へ登るかということが、ほんとうに分らないで死ぬ人が多いのじゃあないかと思う」  志田虎之助は加藤の眼をじっと見ていて、 「|誰《だれ》だって、迷うことがある。迷ったときが危険なんだ」 「いいえ、ぼくは迷ってなんかいません」  加藤はくびをはげしくふった。 「いや、きみは迷っている。迷っていなければ、そんなくだらない質問をする|筈《はず》がない。だいたい、冬山を一年か二年やっただけで迷うなぞとは加藤、貴様生意気だぞ。ほんとうの冬山はこれからだ。二月の穂高へでも登って頭をひやして来るがいい」 「生意気でしょうか、ぼくは」  加藤は志田虎之助の店を出ると、その足で、行きつけの菓子屋へ行った。頭の白い老人が笑顔で加藤を迎えて、また山ですかといった。 「いつもの甘納豆のほかに油であげた甘納豆を少々作って見てくれませんか」 「甘納豆を油で揚げるんですね」  老人はへんな顔をした。 「やってできないことはないけれど、あまり、おいしくはないですよ。やはり、甘納豆は甘納豆、揚げものは揚げもので別に持っていった方がいいじゃあないですか」  老人が揚げものは揚げものといった一言で、加藤は、|乾《ほ》し小魚を油で揚げたらどうだろうかと思った。加藤は翌日、故郷の浜坂から取りよせてあった乾し小魚を菓子屋へ持っていって、おやじにたのんだ。 「やって見ましょう。味は甘口にしましょうか、辛口にしましょうか」 「そうだな、どちらかといえば塩気の効いた方がいいな。だからといって、|咽《の》|喉《ど》が乾くようではこまる。歩きながらぼりぼり食うのだからな」  加藤はポケットから乾し小魚を出して食べる格好をして見せた。  上高地を出たとき加藤は吹雪を予期していた。空は高曇りであった。やがて時間の経過とともに、雲がおりて来て、山という山は雲におおわれ、そして吹雪になるのだ。 「どうも、天気がよくねえな。一日待った方がいいずらよ」  上高地の常さんが空を見ながらいったことばも気になったし、落葉樹林が風に鳴っているのも、けっして安易に聞き捨てにはできなかった。 「加藤君、単独行もいいが、途中であらしにでも襲われたらどうするつもりなんだ」  神戸を立つ前に外山三郎がいったことが思い出される。 「おれはきみに山へ行ってはいけないなどと、いままで一度もいったことはなかった。が、このごろの君の山行を見ていると、どうも気が気ではないんだ。去年の八ヶ岳の冬山山行以来、徹底的に冬山ばっかりやっている君を放っては置けないのだ。会社を休むことをいっているのではない。二週間の休暇を冬取ろうが夏取ろうがそれは君の勝手だ。問題はやはり、君の身にもしものことがあった場合のことなのだ」  外山三郎は加藤の休暇願に判こを押すときにそういった。 「誰かといっしょに行けとおっしゃるのですか」 「できるならそのほうが安全で楽しいだろう」  外山三郎のいった楽しいだろうということばは加藤の|肺《はい》|腑《ふ》をえぐった。そうだ、登山にも楽しみがあるのだ。剣沢小屋で死んだ六人のパーティーはいかにも楽しそうだった。その六人の楽しみを妨害されないために、彼等は加藤を拒否したのであった。 「いいえ、ぼくにとっては、ひとりでいることが最高に楽しいのです」  加藤はそう答えていながら、他人に|煩《わずら》わされず、自分のペースで自分のいきたいところへ行くのがほんとうに楽しいことだろうかと考えていた。他人と山へ入ったことはなかったから、パーティーの楽しみを知らないといえば、知らなかったが、剣沢の経験によって得られた他人との交渉は、予想以上にむずかしいものであることを彼は知っていた。  それに加藤の山における力量は既に群を抜いていた。加藤とともに山を歩ける者はそうはいなかった。そのことも彼自身はある程度知っていた。 「ひとりの山は気軽でいい」  加藤は|梓川《あずさがわ》の河原に出てからそうつぶやいた。ラッセルのあとはかなり古いものだった。ラッセルのあとを飛雪がかくして、ところどころ、足跡が|不明瞭《ふめいりょう》だった。  しかし加藤にとっては、この辺は熟知したところだった。たとえ吹雪になっても、歩いていける自信のあるところだった。 (二月の穂高で頭をひやして来い)  といった志田|虎《とら》|之《の》|助《すけ》の一言が、加藤をしてこの道を歩かせているのだと考えたくはなかった。一年の二週間の休暇は早いところ冬山に使ってしまいたいという性急な気持でもなかった。一月の立山をやって、また二月早々ここへやって来たのは、やはり加藤の前につぎつぎと起った大事件と有機的な関係があるように思われた。 (園子はなぜ、さよならもいわずに神戸を去ったのか。園子が神戸を去った背景として佐倉秀作の存在を考えないわけにはいかないだろう。あの佐倉が——)  風が強くなったが、空は高曇りのままその日一日を維持しようとしていた。飛雪がしばしば彼の前進をはばんだけれど、彼は着実な足取りで、深雪の中を横尾の岩小屋に向って歩いていった。  岩小屋といっても、そこは|洞《どう》|窟《くつ》ではなく、岩の|横《よこ》|面《つら》をえぐり取ったような|凹《おう》|部《ぶ》に過ぎないから、寒いことにおいては外も同然だった。彼はそこで、しばしば彼が野宿の練習でこころみたように、ツェルトザックをかぶり、着れるものは全部着てルックザックの中へ足を突込んで背を丸くして眠った。夜明けの寒気で眼を覚ました彼はいそいでアルコールランプに火をつけて、湯を沸かして飲んだ。朝食は、甘納豆と、油で揚げた乾し小魚だけだ。いつものように、油で揚げた|餡《あん》パンを今度は持って来なかった。油で揚げた餡パンは|嵩《かさ》ばかり多くて、その割に有効な携行食糧とは思われなかった。やはり彼は甘納豆と乾し小魚に主力を置いた。比較的軽くて、携行に便利で、そして食べたいと思うときはいつでもポケットにあった。山に入った場合、加藤にははっきりとした食事どきはなかった。食べたいときに食べるのが食事だった。従って彼は出発しようと思えばいつだって出発できたし、それが別に不思議なことでもなかったのである。  油で揚げた乾し小魚はうまかった。乾し小魚をぱりぱり食べて、甘納豆をほおばっていると、腹はすぐくちくなる。  第二日目の予定は|涸《から》|沢《さわ》の岩小屋までであったが、横尾本谷から、|屏風岩《びょうぶいわ》の下を|廻《まわ》りこんだところで、彼は強烈な吹雪の出迎えを受けた。  眼を開いてはおられなかった。横尾の岩小屋に引きかえすにしても、そこまで歩けるという自信はなかった。加藤は完全にめくらにされた。 「とうとう吹雪になりゃあがった」  加藤はそうつぶやくと、ルックザックをおろして、ダケカンバの下で寝る準備をはじめた。そこは吹きさらしの雪の上だった。風をさえぎるものはなにひとつなかった。ツェルトザック一枚をかぶっただけで寒さに耐え得られるはずはなかった。そこで、寝ることは遭難であり行き倒れを意味した。  だが、加藤はたいしてあわてることもなく、吹雪のなかで|悠《ゆう》|々《ゆう》と夜の準備にかかっていた。着れるものは全部着こんで、ルックザックの中に|靴《くつ》ごと足を突込み、頭からツェルトザックをすっぽりかぶって背を丸めてから、両方のポケットから、油揚げの乾し小魚と甘納豆を交互に出してぼりぼり食べた。食べるだけ食べると、彼は両手をしっかりと|股《また》の間にはさんで仮睡した。|宵《よい》のうちに眠れるだけ眠っておかないと、明け方の寒さで眼が覚めることを彼は知っていた。彼は眠る時間を数時間と決めた。今四時だから、五時間眠ったとして、午後の九時になる。それから夜明けまでは、眠ってはならないのだと思った。 (寒さの中で寝ると死ぬ)  という定説を彼は全面的に信じてはいなかったが、いま彼が直面しようとしているそのことに、彼はあらゆる可能性ある準備をととのえようとした。  加藤は眠った。おそるべき寒さの中に彼は確かに眠り、そして、彼は、数時間後に自分に約束したとおりに眼を覚ましていた。胸にかけた懐中電灯で腕時計を見ると、十時を過ぎていた。  |身体《か ら だ》全体が重かったから、おそるおそる身体を動かして見ると、彼の下半身は吹雪に埋まっていた。そして、吹雪はなお、雪の上に、突出している彼を埋めようとしているようであった。上半身に比較して下半身が暖かいのは、雪に埋もれたせいであった。  加藤はルックザックの中から、補助ザイルを引き出すと、まわりの雪をはらって立上って、ザイルの端をダケカンバの高いところにしっかりと結びつけてから、その端を腰に巻いた。ザイルがあるかないかの違いだけだった。一夜で彼の身が吹雪に埋まると考えたからそんなことをしたのではなかった。眠っている間に、剣沢小屋のような悲劇が起きてはならないからそうしたのでもなかった。  彼は、風雪の中に何十年となく生きながらえて来たダケカンバの生命力を信じて、それと一夜の同盟を結んだつもりだった。 (眠ってはならない、こういうときに眠ったら死ぬのだ)  加藤は彼自身にいった。事実、眠りを誘うほどの寒さは、あらゆる方向から彼を襲って来ていた。足ゆびの先と手のゆび先から、まず感覚が失われていくような気がした。彼は感覚を失いかけた手のゆびで感覚を失いかけた足ゆびの先をもんだ。もめば感覚はもとどおりになり、そこの部分が熱く感じられて来る。背中にやって来る広い面積の寒さは、おしつぶされそうにつらかった。もし寒さに負けるとすれば、背中から来るその寒さの重圧に違いないと加藤は思った。  夜半を過ぎたころ彼は空腹をおぼえた。加藤は、ポケットに入れてある甘納豆をぼりぼり食べた。口を動かしていると身体が暖まって来るように感ずる。食べたものが、胃のなかで、すぐ、いくばくかの熱量に還元されていくようにさえ思われるのである。 (寒いけれど、この寒さは死につながる寒さではない)  明け方近くなって吹雪がおさまって来てから、加藤はそう確信した。そして加藤はしばらく彼の身を睡魔にゆだねた。  苦しい眠りであった。吹雪の音が遠のいていく中で、彼は彼の体温を失うまいということだけを考えながら眠った。 「おい誰かあそこに死んでるぞ」  加藤はそれを遠くに聞いた。夢の中のことばだった。 「よっくその辺を探すんだ。ほかにもいるかも知れないぞ。|昨夜《ゆ う べ》はひどい吹雪だったからな」  その声はずっと近くに聞えた。 「おい、気をつけてピッケルを使えよ。おろく(山で死んだ人間)の顔に傷をつけちゃあいけないぞ」  その声で加藤は眼を覚ました。誰かが死んだのだなと思った。近づいて来る足音が聞える。加藤は、ザイルを引張った。ダケカンバの雪がばらばらとツェルトザックの上に落ちた。加藤はツェルトをはねあげた。 「ああもう朝が来たのか」  加藤は背伸びをしていった。  数人の登山者はその加藤のまわりを取りかこんでいた。口も|利《き》けないほど驚いている顔つきだった。 「あなたひとりですか」  登山者が加藤に聞いた。 「そうだひとりだ」  加藤はそう|応《こた》えてから、登山者の数をかぞえた。五人だった。下山して来た様子だった。 「ひとりで、この雪の中に寝ていたんですか」  一番年の若い男が聞いた。 「ほかに寝るところがないじゃないか」  加藤が答えると、その男はいかにも感心したように同僚たちにいった。 「すげえもんだ。おれたちはテントの中で一晩中ふるえていたのに」  そして五人は、加藤のところを離れると、なにかごそごそ小声で話し合ってから、その中のリーダーらしい男がいった。 「失礼ですが、あなたはどこの方でしょうか」 「山岳会? それともぼくの名前?」  加藤はそういいながらも、手早くねぐらをたたんで出発の用意をした。 「できたらその両方を聞かせていただきたいのですが。ぼくらの山行記録にあなたに会ったことを書きたいのです」  そして、その男は|彼《かれ》|等《ら》の属する山岳会の名前をいった。 「ぼくは神戸の加藤文太郎です」 「単独行の加藤文太郎さんて、あなたですか」  リーダーらしき男は、ある種の|畏《い》|敬《けい》をこめた声でいった。  加藤の名が、見ず知らずの人に知れていることが意外であった。彼はいささか照れた。 「ぼくの関西にいる友人であなたのことをよく知っている男がいるんです。そいつからあなたの単独行の話を聞きました。あなたにここで会うとは光栄ですな」  男は隊員たちを集めて、加藤文太郎についての概略を話した。 「加藤さんは地下たびの文太郎とも呼ばれているのだ。夏山は地下たびをはいて風のように歩く。|燕岳《つばくろだけ》から|大天井《おてんしょう》、|槍《やり》ヶ|岳《たけ》、中岳、南岳、北穂高、奥穂高、前穂高、上高地、これだけのコースをたった一日でやったこともあるのだ」 「冗談いっちゃあこまる。それじゃあ、|天《てん》|狗《ぐ》だ。ぼくには羽根はない」  加藤は、若い人たちに|脇《わき》の下を見せていった。 「これからどうするんです、加藤さん」  パーティーのひとりが加藤にいった。 「奥穂へ登ろうと思っている」 「やはり、ずっとひとりですか」 「多分ずっとひとりでしょう」  多分ずっとひとりでしょう、といってから、加藤は、なにか外部の力で、好む好まざるにかかわらず、単独行の加藤というレッテルを|貼《は》られていくような気がした。  加藤は新雪の中を奥穂に向って歩き出した。日が高く登ると、風が出るだろう。眼もくらむような飛雪が、|涸《から》|沢《さわ》の盆地を襲うだろう。その中を、彼は、|稜線《りょうせん》に向って登り、奥穂への難所では、ピッケルをふるって氷盤にステップをきざまねばならないだろう。 (そして|今《こ》|宵《よい》はどこに寝ることになるのだろうか)  おそらく野宿だろう。  だが、加藤はその野宿をおそれてはいなかった。彼は今、一つの画期的な実験を終ったばかりであった。 (体力に充分な余裕を持たせた状態で野宿に入るならば、たとえ眠っても、寒さに負けて死ぬことはあり得ない)  眠ったら死ぬというのは、疲労|困《こん》|憊《ぱい》している状態のことであって、疲れてもいないし、食糧も充分あるというときならば、ツェルトザック一枚で雪の中に寝ても死ぬことはないのだ。  しかし加藤はその実験の成功に有頂天ではいなかった。もし、みぞれにやられて身体が|濡《ぬ》れていたら、|昨夜《ゆ う べ》は安全だったであろうか。そしてもし、烈風中にあのツェルトが吹きとばされたら、吹雪が二日三日と続いたら——仮定はいくらでもあった。  加藤は雪を踏みしめながら、昨夜の実験の成功は、やはり、神戸の下宿で、ほとんど、絶え間なくこころみていた野宿が、その基本をなすものだと思った。下宿の庭の野宿でおぼえた眠り方のこつが、役に立ったのだと思った。身体をちぢこめて、じっと寒さを我慢しながら眠る。その一種のこつを体得していたからこそ、厳寒の野営に成功したのだと思った。 「単独行の加藤文太郎か」  彼は自らの名を呼んだ。別人の名を聞くように、その名はすでに、彼自身と遊離したところを歩いているように感じた。      11  その年の有給休暇のほとんどを一月、二月の冬山に費やした加藤文太郎は、三月になって、故郷に近い|但《たじ》|馬《ま》の妙見山(一一四二メートル)の残雪を踏んだ。 「冬山は終った」  彼は帰途の車中でひとりごとをいった。この年における加藤の登山行為の一つの区切り点が打たれたのである。冬山は終ったということは、この年はもう山へはいかないという意味ではない。加藤にとっては冬山と同様に夏山も魅力あふれるものであったが、今の加藤は、夏山よりも冬山により以上の未知なるものを求めていたから、限られた日時は重点的に冬山へふりむけたのである。  妙見山から神戸へかえるとすぐ加藤は、下宿の多幡てつに向って、 「明日の朝から一週間、めしを食べませんから——」  といった。 「おや今夜帰って来て、また明日から一週間山ですか」  多幡てつは不思議そうな顔をしていった。 「いや、ずっと会社へ通います」  多幡てつは、いよいよもって分らないという顔をした。  会社に通っていながら、食事を|摂《と》らないということは理解に苦しむことであった。加藤はこの下宿にもう五年いる。よほどのことのないかぎり外食することはなかった。 「どこかよそで食事をなさることにしたのですか」  金川義助の妻しまがいった。しまは、金川義助が行方不明になってからもずっとこの家にいた。いままで、金川夫婦がいた二階の部屋を下宿人に貸して、しまは赤ん坊をつれて階下へおりたのである。それには理由があった。多幡てつの孫娘の美恵子が入院したからである。美恵子は、加藤がこの下宿に来たときから、青白い顔をしていた。学校も休みがちだった。その美恵子もこの一、二年の間に急に背が伸びて、おとなびたことをいったり、神経質なほどの潔癖性を発揮したり、金川しまの生んだ赤ん坊を異常なまでに|可愛《か わ い》がったりした。金川義助が行方不明になって収入の道が断たれた|母子《お や こ》が、東京に住んでいる遠い|親《しん》|戚《せき》をたよって上京するというと、美恵子は泣いてそれを止めた。坊やが|可哀《か わ い》そうだというのである。  金川しまとその子はずるずるべったりに、多幡家に|居候《いそうろう》になり、それから一カ月たたないうちに美恵子は発熱したのである。肺結核であった。  美恵子が入院すると、美恵子がいた階下の三畳間に、二階から金川しまとその子が移り、二階の部屋は貸し間に出した。貸し間に出すことをすすめたのは金川しまであった。美恵子の入院費と、金川しま親子をかかえこんだ多幡家は、こうでもしなければやっていけなかった。 「わたしも年を取ったし、しまさんが手伝ってくださるなら」  多幡てつは承知した。  加藤の隣室には会社員が入った。 「加藤さん、一週間とかぎって外食なさるのは、なにかいわくがありそうね」  金川しまは、顔では笑っているが、加藤が飯を食わないということは直接、下宿の営業成績にも関係するので、不満のようであった。 「外食はしない。そうかといって全然食べないでもない。ぼくは、これから食べないでいられる訓練を始めるんです」 「どういうことだか私には分りませんわ」 「山を歩いていて食糧がなくなった場合のことを考えているんです。ほんの少しの食糧で、幾日も歩く練習をするのです」  金川しまは、かなり驚いた顔をして加藤を見詰めていたが、すぐ|或《あ》る種の|軽《けい》|蔑《べつ》の眼で、 「なんとでもいうことはできますわ。でも、食べるものが眼の前にあって実際そんなことができるものでしょうか」  金川しまの声にはとげがあった。 「加藤さんはお|腹《なか》がすいた経験がないから、そんなことおっしゃるのですわ。わたしたち夫婦は、お金がなくて、水ばかり飲んでいたことがあります。私は、盗んでも食べたいと思いました」 「盗みましたか」 「いいえ、盗めませんでした。死のうとしました」 「すると、死ぬ決心なら、絶食はできるということでしょうか」  しまはそれには答えず、ことばにならない、怒りをこめた眼で加藤を見ると勝手の方へ引込んでいった。  加藤文太郎は、雪の中のビバークで自信を得た。疲労しないうちに、腹一ぱい食べて、風をよけるなにものかをひっかぶって、丸くなって寝るならば、寒気に耐え得るものであるという実験に成功したのである。問題はその食べるものである。山のなかで悪天候に遭遇して、停滞が長びき食糧がなくなったときでも、寒気に耐えながらビバークをつづけ、|或《ある》いは、山の中の|彷《ほう》|徨《こう》をつづけねばならないことがあるかも知れない。そのときのための用意はなにひとつとしてできていないことに気がついたのである。雪中ビバークに成功したのは、|日《ひ》|頃《ごろ》、屋外で寝る練習を積み重ねていたからである。その経験からすると、空腹に耐え得る練習も必要と思われた。彼は二月の山から帰る途中で、しきりにそのことを考えつづけていたのである。  次の朝、加藤は石の入ったルックザックを背負って神港造船所に向った。ここしばらく、石の入ったルックザックを背負わなかったのは、背広の服で通勤していたからだった。背広服を脱いで、ずっと前から着なれているナッパ服を身につけると、加藤は、やっと自分を取りもどしたような気になる。加藤が背広服を着て通勤するようになった遠因として園子の存在は|否《いな》めない事実である。出勤の途中でもし園子に|逢《あ》ったらという気持が、加藤に背広を着せたのだといってもそれは全くの|嘘《うそ》ではなかった。  園子はもういなかった。園子に出会う心配はなかった。加藤は、窮屈な背広服にはいい加減飽きていた。  朝食を|摂《と》っていない加藤にとって、石の入ったルックザックはやや重く感じられた。神港造船所の守衛が加藤を呼びとめていった。 「加藤さん、また石運びを始めましたね」  加藤がルックザックに石を入れて背負って歩くのを守衛はよく知っていた。その守衛に加藤はちょっと笑顔を見せただけで通り過ぎると、設計部第二課へゆっくり入っていった。加藤は、いつもきめられた出勤時刻より三十分早く出勤するので、彼の部屋には、庶務係員の田口みやのほかはいなかった。  加藤は、石の入ったルックザックを部屋の|隅《すみ》におろすと、製図台に向って、昼食休みまで動かなかった。いつも加藤は、昼食は会社の食堂で摂ることになっていたが、その日は、食堂へは出ずに、彼の机の前で、ディーゼルエンジンの本を読んでいた。課では、食堂へ行かずに、弁当を持って来る人もいるから、昼食どきになると、田口みやが、そういう人たちのために茶を入れる。加藤は、彼の机の上に茶の入った|湯《ゆ》|呑《の》みが置かれると、ポケットから紙に包んだ、ひとつかみほどの甘納豆と|乾《ほ》し小魚を出して食べた。甘納豆は三十つぶほどあった。加藤のその日の最初の食事であり、最後の食事でもあった。  加藤は退社時刻になると、石の入ったルックザックを背負って下宿へ帰り、夜の十時ごろまでは、ことりとも音を立てずに二階にいたが、時計が十時を指すと山支度に着がえして階段をおり庭へ出て、ツェルトザックを頭からかぶり、ルックザックに足を突込んで、背を丸めて眼をつぶった。空腹でしばらくは眠れなかった。  飢えは三日目になって、臭覚の矢を使って加藤を責め立てた。石の入ったルックザックを背負って神戸の町を歩いていると、あらゆる種類の食物のにおいが彼を責めた。パンのにおい、肉のにおい、ラードのにおい、魚のにおい、調味料のにおい、住宅地に入ると、臭覚の矢は、彼の|鼻《び》|腔《こう》を通り、頭に突きささった。|味《み》|噌《そ》|汁《しる》のにおい、|肴《さかな》を焼くにおいなどを|嗅《か》ぐと眼がくらむようだった。下宿はもっといけなかった。下宿の玄関を入ると、夕食のおかずとしてなにが用意されているかがにおいで分った。そしてそのにおいは、二階の彼の部屋にまでしみこんでいるのである。食べるものが、つぎから次と頭に浮んで来て、そこにじっとしてはおられなかった。庭に逃げても、においは彼を追って来た。近所のにおいが集まって来るから部屋の中よりも庭の方がかえってよくなかった。彼は、ルックザックの中から石を出して、そのかわりに、ビバーク用の道具と水筒を入れて、裏山へ逃げた。  食べる物のにおいはそこまでは彼を追っては来なかった。だが眼下にきらめく神戸の町の|灯《ひ》は、その灯の下に、必ずなにか食べるものがあり、それは、いますぐおりていっても、容易に手に入れることのできるものであることを思うと、腹がぐうぐう鳴った。彼は、懐中電灯をたよりに、灯の見えない場所を探していった。稜線から神戸の町の反対側におりて、雑木林の中に、やっと灯の見えない場所を見つけると、彼はそこでツェルトザックをかぶって丸くなった。  四日目になると、空腹の影響は彼の思考力にまで及んだ。考えがまとまらないし、少し仕事をすると疲労した。午後になると居眠りが出た。 「加藤君、どこか|身体《か ら だ》が悪いんじゃあないか」  外山三郎が声をかけてくれた。そのまえに、田口みやが加藤の身体の異常を発見したらしく、医務室にいって|診《み》て|貰《もら》ったらどうかといった。|誰《だれ》も、加藤が極端な減食をしていることは知らなかった。  五日目になると、息が切れた。足が彼に|従《つ》いて|廻《まわ》ってくれなかった。においだけでなく眼に見えるものすべてから、食べものが連想された。雲がパンケーキに見え、製図用具が、|箸《はし》やフォークを連想させ、ケシゴムが食べられそうに見えた。 「たしかに君はおかしい。医務室へ行って診て貰って来るんだな」  外山三郎がいった。加藤が|嫌《いや》だというならば、引張ってでもいきそうな見幕だった。 「医務室へ行って来ます」  加藤は立上った。軽い|眩暈《め ま い》がした。加藤は医務室へはいかずに、食堂にいった。既に昼食時間は過ぎて、食堂は閉じられていた。加藤は従業員の出入り口から入った。 「なにしに来たんだ」  白い上っぱりを着た、肥満した調理人がいった。 「なんでもいいから、食べさせてくれ」  加藤がいった。 「昼食時間はもう過ぎているんだ。こんなところへ入って来ては困る」 「おれは今日で五日も絶食しているんだ。いまやっと食べてもいいことになったのだ」 「なに五日も絶食したんだって……それはつらかったろう……」  |賄夫《まかないふ》は加藤の顔をじっと見ていった。加藤は黙って、一円札を出して、おつりは要らないといった。十五銭の昼食代に対して一円は過大だった。賄夫は、あたりを見廻した。ほかに数人の賄夫がいたが、誰もこっちを見てはいなかった。賄夫は一円札をポケットにねじこむと、 「待っていろ、今持って来てやる」  加藤は食堂の隅でがつがつ食べた。なにを食べたか覚えてはいなかった。腹にものがたまると、すべての色が違っていく。 「どうした。医務室ではなんといった」 「なんともいいませんでした」  加藤は外山三郎の眼を避けるようにして、仕事を始めた。  退社時刻が来て、加藤がルックザックに手を掛けたとき、外山三郎がちょっと来てくれと呼んだ。外山三郎が仕事のことで注意を与えるときは、いつも製図板のところでやるのだが、めずらしく外山は、加藤を彼の事務机の方へ呼んだ。 「君は医務室へはいかなかったな。どこへ行っていたんだ」 「食堂です」  加藤はゆっくりしゃべり出した。外山は予想もしていなかった加藤の減食訓練を聞くと、ひどくむずかしい顔をしていった。 「少々、行き過ぎじゃあないかな加藤君。きみは、山をやるために会社にいるのか、会社に勤めながら、趣味として山へ行くのかどっちなんだ。いいかね、加藤君、ぼくは君の所属課長としてはっきり君にいっておく。今後、君がいくら山をやろうとそれには干渉しないが、山をやるために、会社に迷惑をかけるようなことがあれば、君に会社を辞めて貰わねばならない。いいかね。公私の分別だけははっきりして置いてくれたまえ。君は、君の同期生の中でもっとも将来を嘱望されている。技師への昇格も考えねばならない。あんまり山に身を入れすぎて、ばかな|真《ま》|似《ね》をしたら、それが、君自身の足をひっぱることになる。この課には三人の技師と、十八人の技手と、十六人の工手がいる。十八人の中から技師がひとり出るということは、たいへんなことなのだ、実力、功績そして人格。そのどれがかけても、技師昇進の道は閉ざされるのだ」  外山三郎はそれだけいうと、立上って加藤の肩を|叩《たた》いていった。 「あんまり、おれに世話をやかせるな」  加藤の下宿の部屋の壁に兵庫県地図が|貼《は》りつけてある。その兵庫県の地図に斜め左上から右下にかけて、太い鉛筆で|袈《け》|裟《さ》|掛《が》けに一本直線が引かれている。浜坂と神戸を結んだ直線である。その直線にからまるように赤い線が神戸から、|生《いく》|野《の》町あたりまで延びていた。  加藤は時折その地図に向い合って、五分か、十分の時間をすごすことがある。赤線は神戸の町から、有馬道を北に向ってしばらくいったところから東の|鍋蓋山《なべぶたやま》へそれて、またもとの道へかえり、|水呑《みずのみ》、二軒茶屋、|箕谷《みのたに》まで来て、そこから西に向きをかえ、原野、福地、中村、東下まで来て、北に向って|帝釈山《たいしゃくさん》(五八六メートル)のいただきを越えて、帝釈山の北西側の|淡《おう》|河《ご》町へ出ている。そのようにして赤線は、神戸と浜坂を結ぶ直線にからまるようにして、その付近の山頂を縫いながら北西へ進んでいった。  冬山山行にほとんどの休暇を取ってしまった加藤が、次の冬山のシーズンに入るまでの山行として考えついた、足で、神戸と故郷の浜坂を結ぼうという計画であった。それも、人の通る道だけを歩くのではなく、神戸と浜坂を結ぶ直線の近くにある山に登りながら浜坂へいこうという考えであった。彼は、土曜日になると山支度をして、汽車やバスを利用して、その前の週に到達したところまで行き、そこから、歩き出すのである。歩けるだけ歩いて、日曜日おそく神戸へ帰って来ることもあるし、月曜日の朝、神戸へついてそのまま会社へ出勤することもあった。  これは、十年近くも前に新納友明に教えて貰った地図遊びの再燃のようなものであった。そのころの地図遊びは、やたらに歩き廻って五万分の一を赤く染めていくのが楽しみだったが、いま加藤のやっている地図遊びは、山から山をたどりながら故郷の土を踏もうというはっきりした目標があった。それにもうひとつ、このこころみの中に、加藤が組みこんだのは、減食山行であった。木曜日までは食べられるだけ食べた。そして、金曜日に入ると、昼食にひとにぎりの甘納豆と乾し小魚を食べるだけで、土曜日、日曜日の山行に出かけるのである。土曜日、日曜日の山行中にも減食は続いた。  加藤は、六月、七月の梅雨期の雨の中でも、彼の故郷訪問の計画は中止しようとはしなかった。土曜日の夜はたいてい野宿した。彼にとって野宿はなんの心配もいらないことだったが、水にはしばしば悩まされた。食糧はなくなっても歩けたが、水がなくなると死ぬほど苦しい目に合わされることがあった。彼は水を食糧以上に大事にした。  夏は過ぎた。地図上の赤い線は、多可郡の|笠《かさ》|形《がた》|山《やま》(九三九メートル)、|朝《あさ》|来《ご》郡の段峰(一一〇三メートル)、|笠《かさ》|杉《すぎ》山(一〇三二メートル)、|養《や》|父《ぶ》郡の|須留峰《するがみね》(一〇五三メートル)等をへて、十月には彼の故郷浜坂のある|美《み》|方《かた》郡へ延びていったのである。  美方郡には妙見山(一一四二メートル)|蘇《そ》|武《ふ》|岳《だけ》(一〇七五メートル)があるが、この二つは既に何回か登っていた。加藤は|鉢《はち》|伏《ぶせ》山(一二二一メートル)|瀞《とろ》|川《かわ》|山《やま》(一〇三九メートル)の二つを|狙《ねら》った。  十一月の第一週目の金曜日が会社の創立記念日であった。加藤はつぎの土曜日を休暇にして貰うと、連続三日間の故郷訪問の山行に出発したのである。  加藤は木曜日の夜神戸を立った。大阪で福知山線に乗りかえ、福知山行きの最終列車に乗った。行けるところまで行って寝るのがいつもの彼のやり方だった。彼は福知山で下車して、駅の待合室で翌朝の一番列車を待った。下宿の庭や神戸の裏山で寝るより、駅の待合室の方がはるかに楽だった。  金曜日の朝早く|八《よう》|鹿《か》町についた加藤は、関宮に向って歩き出した。道は八木川に沿って上流へ続いていた。  八木川の流域に沿って帯状につづく、せまい畑地と、そこに連なる部落は、晩秋の|朝《あさ》|靄《もや》に包まれていた。日が高く昇ったころには、彼は関宮につき、小憩した後、吉井、中瀬、|小《お》|路《じ》|頃《ころ》と八木川の源流へさかのぼっていった。小路頃で北へ行く道と西へ行く道に分れている。北へ進めば浜坂へ行けるのだが、そっちへは行かず、西に道をとって、川原場、外野、|梨《なし》|原《はら》と、山と山の|峡間《きょうかん》にできた小部落をつなぐ道を登っていった。この辺まで来ると、かなり傾斜は急であり、|渓流《けいりゅう》の音だけが聞える静かな村だった。  加藤が歩いていくと、ものめずらしそうに、村の子供が見送っているのも、いかにも山の中へ来たという感じだった。その谷の一番奥に大久保という小村があった。  加藤はそこで地図を開いた。鉢伏山はそこの北方二キロ半のところにあったが、地図には頂上に向う道がなかった。彼は大久保で一泊することにした。人の眼がうるさいから、部落のはずれに出て、川のそばで野宿にかかった。コッフェルで湯をわかして、その中に茶の葉を入れた。茶を飲みながら暮れていく紅葉の山を|眺《なが》めながら、彼はその日の行程を思い返した。彼が歩いた約三十数キロの道は、彼の一日行程としては、そうきついものではなかったが、減食は身体にこたえた。食糧の甘納豆と乾し小魚は、彼のルックザックの中に売るほどあった。腹一ぱい食べても、一週間は充分持つだけの量は用意していた。それにもかかわらず、彼は減食で自分自身を責めた。食べるものがあるのに、それに手をつけないというしつけを自分の身体にたたきこむためだった。彼は、減食山行を始めたころから、雄大な山行を|漠《ばく》|然《ぜん》と考えていた。どこからどこまでという具体的な計画ではなく、そのうち誰もやったことのないような、スケールの大きな山行を、やって見たいという野心が燃えはじめていた。そのための訓練だと思えば、腹の減ることも、歩くつらさも我慢できた。 (だがいったい、おれはどんな山行をやろうとしているのだろうか)  彼は渓流の音を聞きながら眠りにつくまでそんなことを考えた。  翌朝、眼を覚ますと、彼は少量の甘納豆と乾し小魚を食べ、渓流の水を水筒に入れて出発した。大久保から鉢伏山へ直登する道はなかったが、大久保から隣村の秋岡に出る山道があった。その途中から鉢伏山に登れそうだった。地図の上からの判断だった。加藤は朝霧の|霽《は》れるのを待って出発した。山道から北の草地に踏みこみ、たいした苦労もなく鉢伏山の三角点に立った。次の目的地は瀞川山だったが、一時はれた霧がまた張り出して視界を閉ざして動かないところを見ると、どうやら雨になりそうだった。 「雨だっておれは歩くんだ」  彼は鉢伏山から北東に延びている、やや幅ひろい|濶葉樹林《かつようじゅりん》の尾根をおりていった。草刈場らしいところに出ると、そこから|大《おお》|笹《ざさ》部落へおりる道があった。  大笹部落でその北にある瀞川山への登山路を聞いたがなかった。加藤は雨の中を、高坂部落まで|迂《う》|回《かい》していった。ここもはっきりした登山路はなかったが、途中まで木を切り出した|杣《そま》|道《みち》があった。  加藤が瀞川山の頂上についたときは、正午を過ぎていた。彼はそこで、昼食がわりにひとつかみの甘納豆と乾し小魚を食べた。減食山行といっても、一日一回では無理なことを彼は体験していたから、山行中は少しずつ三度に分けて食べた。  雨は瀞川山の山頂で本降りになった。その中を彼は、地図をたよりに更に北に向った。草尾根を二キロほど北に歩いたところで左側の谷へおりると、そこに|小祠《しょうし》があり、そこから板仕野部落へ出る山道があるはずだった。だが、雨の中でのその行動は無茶だった。彼は尾根をひとつ間違え、深い谷間に入った。迷ったと気がついたら、彼は動かなかった。加藤はビバークを決心した。倒れたまま半ば朽ちかけている大木の陰に、ツェルトザックを張って、その中で眠った。夜半、彼は鳥の声を聞いて眼を覚ました。その鳥がなんの鳥だか、またなんで夜半に鳴いたのか加藤には分らなかった。鳥は二声、三声、叫ぶように鳴いただけだった。  それから加藤は眠れなかった。一年がかりでくわだてた故郷訪問が、いよいよその終局を迎えようとしているという興奮もあった。久しぶりで父や兄に|逢《あ》える喜びもあった。故郷のことを考えると、思い出はつきない。彼は少年のころ、浜を飛びまわり、海で泳ぎ山で遊んだことを思い出した。少年のころ、この奥に瀞川山と鉢伏山という高い山があると聞かされ、一度でいいから登って見たいと思ったことがあった。その高い山は加藤にとってはあっけないほど低い山だったことも、遠い昔の思い出とつながってなつかしく考えられた。  眠ろうとしても眠れなかった。風雨が強くなったからでもあった。彼は、しいて眠ろうとはせず、頭に浮んで来るものを、だまって眺める気持で夜明けを待っていた。  夜が明けても風雨はおさまらなかった。加藤は、ねぐらから出ると、彼が歩いて来たとおりの道を瀞川山の頂上まで引返し、高坂部落に下山した。そして彼は湯舟川にそって|香《か》|住《すみ》へ通ずる道を|真《まっ》|直《す》ぐ北に進んで入江まで出ると、道を左に取って、春来川にそって温泉町へ出、そこから岸田川にそった道を浜坂の町へ向って、まっしぐらに歩いていった。  一分でも早く故郷へ行きつきたいという気持で加藤は歩きつづけた。その日彼が歩いた道のりは四十キロ近くもあった。だが加藤にとってはそのぐらいの距離はなんでもなかった。彼は午後の三時|頃《ころ》には浜坂の町を歩いていた。  加藤が伯母に会ったのは、彼の生家に近いところだった。雨が|止《や》んで日が当っていたが、あちこちに水たまりが光っていた。伯母は少女をつれていた。どこかで見たことのある少女だと思ったが、名を思い出せなかった。 「なんていう格好なの」  伯母は加藤のものものしい山支度に眼を向けていった。雨は上ったが、彼の服は|濡《ぬ》れていた。地下足袋は|泥《どろ》にまみれ、|巻《まき》|脚《ぎゃ》|絆《はん》には草の実がついていた。 「山賊みたいじゃないか、どこへ行って来たの」  しかし伯母は、久しぶりで会った加藤に、にこやかに笑いかけていた。 「神戸から山を越えて歩いて来たのです」 「なんだって」  さすがの伯母もそれには驚いたようだった。 「文太郎はほんとう山が好きだからね」  伯母はその感慨をひとりだけでしまって置くのがもったいないのか、並んで立っている少女にいった。少女の眼は澄んで大きかった。黒曜石のように輝くその眼は、|瞬《まばた》きもせずに加藤の顔を見詰めていた。 「花子さん、|甥《おい》の文太郎です。山が好きで、山ばかり歩いている」  伯母は少女にそういったが、少女は、軽くうなずいただけで、加藤からは眼を放さなかった。少女の視線と加藤の視線がなにかを探り合うようにからまった。少女は加藤の中に、なにかをたしかめようとしている眼であった。加藤もその少女をどこかで見た記憶があった。どこかで見たことがあるだけでなく、その少女の眼の輝きは、加藤の奥深いところでじっと彼を見まもりつづけていたようにも思われるのである。だが加藤にはその少女が誰であるかは思い出せなかった。  少女はメリンスの|袷《あわせ》を着ていた。紫地に大きな白い花と赤い花の飛んだ|元《げん》|禄《ろく》そでの肩上げの着物は、少女によく似合っていた。黄色い三尺帯を胸高にしめていた。黒髪のおさげが背中にとどくほど長かった。白い丸い|頬《ほお》をしたその美しい少女が、ちょっと伯母の方を見た。なにかいいたいような気配だったが、伯母はそれには気づかなかった。 「あとでゆくからね」  伯母は加藤にそういうと、少女をつれて去った。加藤はそこにしばらく立って、伯母たちのいったあとを見送っていた。伯母などはどうでもよかった。伯母と並んでいく、少女のことが気になったから見送ったのである。  少女の背は、伯母に、もう少しでとどきそうなくらいだった。少女は、伯母よりは一歩ほどおくれて歩いていた。少女は更に一歩おくれて、そして、加藤の期待どおり、ふりかえってくれた。 「あっそうだ」  加藤は思わず声を上げた。数年前に|宇《う》|都《づ》|野《の》神社の石の階段で、腰の|手拭《てぬぐい》を引きさいて、|下《げ》|駄《た》の緒をすげかえてやったあの時の少女だ。あの澄んだ|綺《き》|麗《れい》な眼は、あの少女以外にはない。身体は大きくなっているけれど、あの眼だけはあのときのままなんだ。石段の途中で、加藤をふりかえって、なにか小声でいったあのときの少女に違いないと思った。  加藤は、いままで少女の姿をうつしていた|水《みず》|溜《たま》りのそばに立って、|昨夜《ゆ う べ》夜半に眼を覚ましてから、狂ったように故郷を恋うたのは、あの少女が、この町のどこかに住んでいるという彼の心の|片《かた》|隅《すみ》の記憶が、彼を郷愁にかり立てていたのかも知れないと思った。  彼の生家は、彼がこの家を出たときと同じだった。道路に面した、|格《こう》|子《し》|戸《ど》も、格子戸の奥の障子の立てつけも同じだったが、彼の父はしばらく来ない間に、おどろくほどのおとろえを見せていた。  加藤の父は奥の間に寝たままだった。父は彼を見て泣いた。 「文太郎、お前は山ばかりいっとるようだが、嫁を|貰《もら》うことも本気になって考えたらどうだ。おれはお前が嫁貰わんうちは死ねないのだ」  加藤は黙って父のいうことを聞いていた。嫁を貰えと父がいうと、さっき、会った少女のことがすぐ頭に浮び上って来る。伯母は、彼女のことを花子と呼んだ。花子が着ていた花の模様の着物を思い出していた。  伯母がやって来ると、加藤の生家は急ににぎやかになる。 「驚いたよ。花子さんと文太郎さんは五年も前から知り合っていたそうだ。そういえば、なんかこうふたりとも妙に気張って、話したいのに、わざとがまんしているようだった」  伯母は加藤の顔を見るといきなりいった。 「知っている知っている。何年か前に、宇都野神社の石段で……」  加藤はそういいながら、自分の顔が赤くなっていくのを感じた。 「|誰《だれ》だい、その花子さんというのは」  加藤の父が話に割り込んだ。 「そら、網元の清さんとこの娘の花子さん……」 「ああ、清さんとこの娘さんか、おれは、その娘さんにまだ会うたことがないが、よい娘さんか」 「それは、ほんとうにいい娘さんですよ。浜坂小町って言われるほどの娘さんだからね」 「そうか、|家《いえ》|柄《がら》は良し、娘さんが良ければ、文太郎の嫁に貰いたいものだな」  父はしみじみといった。 「そんなことを言っても、花子さんはまだ十五ですよ、昔ならともかく、今では、十五では少々早いんじゃないかしら」  ねえ、といって伯母は、からかうような眼を加藤に向けた。 「それなら、今から約束して置いて、年ごろになって貰ったら、どうだ。おれは生きているうちに文太郎の嫁をきめて置きたいのだ」 「よく分りました。私にまかして下さい。いいようにしますからね」  伯母は父をなだめながら、加藤に向って、それまでになく真剣な眼で、 「花子さんをどう思う」  と聞いた。 「どうもこうもない。相手はまだ子供だ」  加藤はそういうと、そこに居たたまれなくなったように、家を飛び出して海岸に走った。身体中が焼けるように熱かった。伯母の前で好きだとは答えられなかったが、あの少女の|瞳《ひとみ》を永久に忘れることはできないと思った。  彼は海岸に立って日本海へ向って力いっぱい石を投げた。投げるたびに、石の落ちるところは延びていった。  加藤は浜坂の海と山を全部胸の中にかかえこんだように楽しかった。彼は砂浜を走りながら、神戸から故郷まで、太平洋から日本海へ歩き継いだ自分を思った。 「太平洋から日本海へ、日本海から太平洋へ……」  彼は、そんなことばを口にしながら走っているうち、突然立止っていった。 「そうだ、厳冬の立山連峰から後立山連峰を越えて見よう」  それは日本海側から太平洋側へ北アルプスを越えるたいへんな冒険だった。 「間もなく冬になる。そうしたらおれはきっとやる」  彼は日本海に向っていった。季節風はまだ吹き出してはいなかったが、日本海は荒波が立っていた。      12 「もう一度いってみるがいい」  好山荘運動具店主の志田|虎《とら》|之《の》|助《すけ》は加藤の眼を見詰めていった。 「富山県の|猪《いの》|谷《たに》から大多和峠、真川峠を越えて、太郎平、上ノ岳、|黒《くろ》|部《べ》五郎岳、|三《みつ》|俣《また》|蓮《れん》|華《げ》岳、|鷲《わし》|羽《ば》|岳《だけ》、黒岳、野口五郎岳、三ッ岳、|烏《え》|帽《ぼ》|子《し》岳、濁小屋、|葛《くず》の|湯《ゆ》、そして長野県の大町へ出る」  加藤は、冒頭の富山県というところと長野県というところに力を入れていった。結論だけいうと日本海側の富山県から日本中部の山脈を横断して|信濃《し な の》へ出ることになるのである。これは加藤が、神戸から故郷の浜坂へ、山を越えて行きついた日に、浜坂の海辺で思いついたことであった。 「夏ならば、君のことだ、三日もあれば充分やってのけるだろう」 「冬にやろうと思っています」  加藤は、感情の|涸《か》れた顔でいった。 「それをひとりでやろうっていうのか」  志田虎之助はいささかあきれ顔でいってから、 「もう一度口の中で、そのルートをいってみろ、眼をつむって、厳冬の景色を思い出しながら——とても、ひとりでやろうなんていってもできるものではないぞ。それをやるなら、数人のパーティーを組んで、秋の間に、要所、要所に食糧燃料をデポ(貯蔵)しておいてからでかけるんだな。それでも、かなり困難だぞ。冬になれば連日吹雪だ」 「わかっています」 「わかっているなら、そんな無茶はやめろ」 「いいえ、あのあたりが連日吹雪だということがわかっているといったのです」  加藤は平然とした顔でいった。 「どうしてもやるというのか」 「やるつもりです」 「死ぬぞ」 「たとえ二日や三日吹雪に閉じこめられたところで死ぬようなことはありません」 「四日、五日となったらどうする。一週間吹雪がつづいたらどうする」  加藤は答えなかった。彼は一週間吹雪が続いても生きていられる自信があったが、それを志田虎之助の前でいうのは、生意気に思われるからやめたのである。  ふたりが黙ると、さっきから店の入口の方で、ふたりの話を聞いていた|身体《か ら だ》は大きいがまだ少年らしい|面《おも》|影《かげ》を残している男が近づいて来て、ふたりに頭をさげた。 「聞いたか、ばかなことをいう|奴《やつ》だ。こいつは」  志田虎之助はその男に加藤のことをいってから、 「そうだ、きみは、加藤君とはじめてだな」  志田がその男を加藤に紹介しようとすると、男は、自ら一歩前に出て、 「宮村です、加藤さんの講演は聞いていますし、加藤さんの書かれたものは、全部読んでいます」  宮村健は、自分のいったことを自分で確認するように、 「だから、はじめてではないような気がします」  加藤は、彼に対して、ちょっと頭をさげただけだった。|無《ぶ》|愛《あい》|想《そう》な顔に、しいてこしらえたような微笑を浮べると、そこに現われた宮村健という男を、てんからばかにしているふうにも見えた。だが、宮村はいっこう、そんなことには、おかまいなく、 「加藤さんの冬の八ヶ岳山行記録を、ぼくは数回読みました。あれには感動しました」  宮村が加藤と志田との会話を横取りしそうないきおいで話し出したのを見て志田虎之助がいった。 「加藤君、宮村君は君の崇拝者だよ。たんなる崇拝者であるばかりでなく、実践においてそれを示している。地図を手にして歩き|廻《まわ》る遊びからはじめて、|須《す》|磨《ま》の|敦盛塚《あつもりづか》から高取山、|摩《ま》|耶《や》|山《さん》、六甲山、東六甲、|宝塚《たからづか》と、五十キロの神戸アルプスを一日で縦走したり、このごろは、さかんに北アルプス方面にもでかけているようだ。それがね、いつもひとりなんだ。どうもおれには、宮村君は加藤君のあとを追っているように思えてならない」  宮村は志田にそういわれても、気にするようなことはなく、なにか、熱っぽい眼をして、加藤の顔を見詰めていた。 「つまらぬことはやめたらいい」  加藤はぽつんといった。つまらぬことというのは、宮村健のやっている単独行をさしているのではなかった。もし、宮村が加藤のやったとおりのことを|真《ま》|似《ね》しようというならば、それはつまらぬことだといったのである。 (単独行なんてけっして楽しいことではない)  加藤はそういってやりたかった。苦しいことの方が多いのだ。その苦しみに比較して得られるものはなにもないのだ。あの山を登ったという、自己満足以外にはなにもないのだと教えてやりたかった。 (なんのために山へ登るかという疑問のために、山へ登り、その疑問のほんの一部が分りかけたような気がして山をおりて来ては、そこには空虚以外のなにものもないのに気がついて、また山へ行く……この誰にも説明できない、深いかなしみが、お前にはわからないだろう)  加藤は宮村にそういってやりたかった。 (きみが、おれのあとを追うことは勝手だ。だが、おれと同じように、山という、得体の知れないものの|捕虜《と り こ》になることをおれは決してすすめはしない) 「山はひとりで歩くものではない」  加藤は、宮村の眼に、いくらかやさしい言葉でいってやった。 「でも加藤さんは——」 「おれは、ひとりでしか、山を歩けない男なんだ。だからひとりで歩く。単独行なんか、いわば山における異端者のようなものだ。おれは、今だって、適当なひとがあれば一緒に山へ行きたいと思っている」  宮村はなにもいわなかった。彼の顔には加藤に会ったときよりも、はるかに大きな感動が現われていた。 「それで加藤君、おれになんの用があって来たのだ」  志田虎之助は、話を取り|戻《もど》そうとした。 「オーバーズボンのいいものを欲しいんです。防水してあって、軽くて、あたたかで、延びが|利《き》いて……」 「無茶をいっちゃあこまる。そんないいのがあったらおれが買いたい。まあいい、きみのことだから、探しておいてやろう」  志田虎之助は、加藤の注文をノートに書きこみながら、 「どうしてもやるっていうんだな」  と、きつい眼を向けた。 「やります、やると決めたんです。それに第二に欲しいのはこれです」  加藤はポケットから、紙を出して志田虎之助の前に置いた。 「なんだこれは……」  それは、一見、なにかの機械の設計図のようだったが、よく見ると、ウィンドヤッケの設計図であった。加藤は設計技手だから、彼の経験から生み出した、厳冬用のウィンドヤッケを図面にしたのである。  眼にあたるところは一枚の横に細長いセルロイドがあてがわれていた。|袖《そで》の先と、|上《うわ》|衣《ぎ》のすその部分の密着用のゴムひもが凍ったりして、弾力を|失《な》くした場合を考慮して、バンドをつけたり、|防風衣《ウインドヤッケ》の内側に毛布を縫いつけたりする構造だった。 「こいつはひどく手のこんだものだ」  志田が図面を加藤にかえしていった。 「こういう特殊なものを作るとすれば、ひどく高価なものになる。どうだね加藤君、自分でやって見たら——。あり合せのウィンドヤッケを、きみの気に入ったように改造してみたらいい」 「できないんですか」 「できないのではない、時間がかかるし、きみの気に入ったようにできるかどうかわからない」 「じゃあ自分でつくろう」  加藤は図面をひっこめると、単独行者は登山用具でさえも単独で作らねばならないのかと思った。おかしかった。 「もう一度いっておくが、やめた方がいいと思うがね」  志田虎之助は、はじめにくらべると、ずっとしたでに出たいい方で加藤の反省をうながした。加藤はそれにはもう|応《こた》えずに、 「では、どうも。ぼくは明日の夜行で|発《た》ちます」  加藤は店を出ようとした。 「おいおい加藤君、あまりひとをからかうものではない。明日発つのか、冬だというからおれは、一月か二月と思っていた。十一月のなかばならば、それほど危険なこともあるまい」 「いや、行くのは一月です。今度のは、|偵《てい》|察《さつ》山行です。一応、厳冬期に通る道を、歩いて来るつもりです」  加藤は好山荘を出ると、いつもの速歩で歩きだした。ナッパ服に|下《げ》|駄《た》ばき、中折帽子をかぶっていた。その帽子がひさしの出た作業帽なら、そういう格好をした人はめずらしくはなかったが、ナッパ服に中折帽は異様だった。そのあとを二十メートルほど置いて宮村健が|従《つ》いていった。  追いついて加藤になにか話したいらしかった。  声をかけようとした。なんどかためらったあとで、宮村は、加藤の後を猛然と歩き出した。競歩でもするつもりのようだった。加藤が、どれほど足が速いかを見定めてやろうとするつもりのようだった。尾行であったが、目的は別のものにあったから、はたから見ると、おかしな男が二人、間を置いて歩いていくとしか見えなかった。加藤はうしろを意識していなかった。宮村が追尾して来ることは知らなかった。彼はいつものペースで、坂を登り、坂を下った。神戸の山手には起伏が多かった。そういうところを加藤は意識して歩いた。それも、|日《ひ》|頃《ごろ》の足と心臓の訓練だった。  加藤の足は下宿へ近づくに従って速くなった。やや急な坂を一気に登って、角を曲ると加藤の姿は消えた。宮村はそこに取り残されて、額の汗を|拭《ふ》いた。  ひろびろとした雪の斜面がつづいていた。そこまで来ると、雪がしまっていて、それまでのように、雪の中にスキーがもぐって困るようなことはなかった。  視界はよく利いた。といっても、どこからどこまで見わたせるというふうではなかった。天気はよかったが、冬山につきものの風があって、飛雪が視界をせまくしていた。飛雪は幕のようにひろがり、ときには全山を包みかくすことがあった。  飛雪がおさまって、ほっとひといきついたとき、加藤は、そこが一月の北アルプスだということを忘れることがあった。雪は地形を平均化していた。低いところは雪で埋めつくして、そのうえを強風がブラッシュをかけていた。滑らかな白い美しい山脈はまぶしかった。その山脈のところどころに|樅《もみ》の木が半ば雪に埋もれかかっていた。どの木を見ても同じように見えた。類型化された樅の木の点在が、その雪原の飾りとしてなくてはならないものであるかのよう、樅の木のあるところだけ、雪のつもりかたの平均化がみだされて、はっきりと風下に飛雪の流線を描き出しているところもあった。  加藤の荷は重かった。七日間の食糧と燃料と防寒具と、そのほか冬山に必要なものがいっさい、その大きなキスリングにつめこまれていた。彼は昭和六年の一月一日の雪を踏んでいることを喜んでいた。  昭和四年の一月に冬の八ヶ岳に入って以来、彼は休暇のほとんどを冬山に消費していた。行った先は、北アルプスに集中され、昭和四年以来、それまで、彼が体験した冬山の風雪の記録は四十日以上になっていた。  彼が短い期間に、驚異的な速度で冬山に入っていけたのは、それ以前の十年間の山における|研《けん》|磨《ま》がもたらしたものであることは疑う余地もなかったが、その速度が急激であり、常に単独行であるということが、加藤自身にも若干の不安を感じさせていた。  昭和五年の一月の立山行のときには彼は同行者を求めた。偶然、一緒になった土田リーダーにきらわれても、きらわれても彼は|従《つ》いていった。そして、 (冬山へ来るなら案内人をつれて来い。案内人を雇う金がなければ冬山へ来るな)  といわれて、ひとり剣沢小屋をあとにしたのも、きのうのことのように思われる。 (そして、彼らはそのあとでなだれで死んだのだ)  彼は履いているスキーの重さを感じなかった。そういうときは、もっとも快調のときであり、いろいろのことが頭に浮び上るときでもあった。考えながら歩いていられるのは、彼が泊るべき上ノ岳小屋がすぐ近くにあるからだった。十一月の半ばの偵察山行のときとはかなり違っていたが、天気がよいかぎり道に迷う心配はなかった。  彼はあの白い幻影をいまさらのように思い出す。あの瞬間、彼は終生の単独行の契約書に署名して、山という偉大なる権力者の前に差出したように考えられてならない。  山はいう、 「加藤よ、お前は|生涯《しょうがい》の単独行を誓うことができるか」 「誓います」 「では、山はお前の生命を保証する。だが加藤よ。もし、この契約を破った場合は、山はお前の生命について責任が持てない」  加藤は、そんなばかばかしいことを考えながら、いったい登山とはなんであろうか、なんのために山へ来るのだろうかという、あの難解な問題にふとつき当るのである。  上ノ岳小屋は風の中に立っていた。風当りが強いために小屋は雪に埋まってはいなかった。彼は戸を開けて、小屋の中へ荷物を入れてほっとした。小屋の中には雪が三十センチほど積っていた。  荷物を全部運びこんで、最後に入口を閉じようとして空を見上げると、いつの間にか曇っていた。  彼は寝る場所を探した。彼が寝るところだけ雪をかきのけることを考えた。 (雪をかきのけてそのうえに……)  なにか敷くものがないかと見廻すと、天井の|梁《はり》の上によく乾いた|這《はい》|松《まつ》の束が並べてあった。彼はそれをおろして、その上に寝ようと考えた。  梁の上に登るには、ちょっとばかり|猿《さる》の|真《ま》|似《ね》をしなければならなかった。彼は|靴《くつ》を脱いで、引戸の|桟《さん》に足をかけ、|鴨《かも》|居《い》につかまって、身体をひき上げた。天井の梁は三尺ばかりの間隔で二本並んでいて、その梁にまたがるように這松の枯れ枝の束が置かれ、その上に、山小屋で寝具を入れるのに使う|布《ふ》|団《とん》|箱《ばこ》が置いてあった。布団箱にかぶせてあるむしろに雪がつもっていた。  彼は寝る場所をそこにきめた。わざわざ這松の束を下へおろすことはなかった。おろしても、もとどおりにすることは、容易のことではない。  加藤は去年の冬、雪に埋もれた立山の|室《むろ》|堂《どう》小屋へ入るとき、窓の一部をごく少しばかりこわした。そのことは、持主に通知して、弁償したが、ある山岳会誌の誌上で小屋を破壊したという理由で手痛い攻撃を受けた。小屋を破壊したということより、冬山へ案内人もつれずに入っていったということのほうが、問題にされたのである。  加藤の冬山単独行には、彼自身で作った原則がいくつかあった。その中に、  宿泊場所は既存の小屋を利用する。  その小屋の持主には事前に連絡を取って了解を得て置き、後で宿泊料金を払う。  という二項があった。単独行であればあるだけ、その宿泊地について慎重でなければならなかった。彼は小屋のある縦走路を|狙《ねら》った。冬山においては、小屋から小屋までの歩行時間は夏山と違って、その何倍かを要することがある。その歩行時間は彼のそれまでの経験によってなんとか補うことのできる自信があった。彼は、それを実行していた。ビバークは、非常時のことである。やむを得ない場合、雪中ビバークをするために、日頃その練習を積み重ねているのであって、求めて雪中のビバークをするつもりはなかった。  加藤は足にたよっていた。速足の文太郎の特徴こそ、冬山で生かすべきだと考えていた。冬の無人小屋を使用することについて、既成登山家たちによって批判されるようになると、加藤はそのことをひどく気にした。もし案内人(その小屋を経営する人が許可した)をつれなければ、その小屋を使用できないということになれば、小屋の存在を勘定に入れた彼の単独行はできなくなるのであった。  彼は、去年剣沢からの帰途、|弘《こう》|法《ぼう》小屋の持主の佐伯氏のところによってそのことを話した。 「前もってそういってくれたら、ひとりでいったっていいですよ。前にことわってなくても、どうしても泊らなければならなくなったら、あとで、泊ったといってくれればいい。山小屋の持主としては、だまって入って小屋をこわされるのが一番つらいことだということだけ、知っておいてくれたら、それでいいのですよ」  登山家たちが、加藤の単独行における無人小屋使用についていかに批判的であっても、その小屋の持主の多くは弘法小屋の主人と同じであった。 (ことわっておけば、不法侵入にはならないし、もし破損させたら、弁償すればいい)  加藤は、外部からの批判に対して、きちんとしたかった。彼の山行にけちをつけてもらいたくなかった。  加藤は這松の枯れ枝の束の上に寝ることにした。そうすれば、その小屋の物を動かさないですむことになる。  彼は、這松の枯れ枝の上に|塒《ねぐら》を作った。布団箱をあけると、布団と毛布があった。彼は、その寝どこが、思いの外豪華なものであるので、ひどく満足した顔つきで、下におりて、食事の支度をした。炉もあるし、梁の上の這松の枯れ枝を一束燃せば、赤い炎はあがる。そこで、湯をわかし、|濡《ぬ》れたものをかわかしたかったけれどやめた。小屋の燃料を使う許可は得てなかった。  彼はコッフェルで湯をわかし、その中へ甘納豆を入れた。即製のゆであずきを主食に、油であげた|乾《ほ》し小魚を食べた。あとは寝るだけだった。外へ出て見ると、いつの間にか雪になっていた。小屋に入って、彼は頭上の塒を見上げた。�|梁上《りょうじょう》の君子�ということばを思い出した。文字どおり梁上の君子となろうとしている自分と、その語源とのかけ違いを考えると、おかしくてたまらなかった。加藤は声を立てて笑った。壁についている雪が音を立てて落ちた。  二日間山は荒れた。山だけでなく、小屋のなかまで雪が吹きこんで来た。風はほとんど一定速で、ときどき|呼《い》|吸《き》をつくことがあるけれど、そのあとにまた強い風が吹いた。突風性の風が吹くと、小屋が揺れた。どこからともなく吹きこんで来る粉雪が小屋の中を舞いあるいていた。  加藤は寝たままだった。空腹を感ずると起き上って、ポケットからひとつかみの甘納豆を出して食べ、|魔法瓶《テルモス》の湯を飲んで寝た。雪の中を歩いているときは、その道が、もう安心だと思いこむと、あれこれとつまらぬことが思い浮ぶけれど、小屋の中の梁の上で眠っている彼は、不思議にものを思わなかった。眠って起きて、なにかいくらか食べると、また眠った。眠り疲れというのかもしれないと思った。それまでの疲労の蓄積が一度に解消していくような眠りでもあった。  暴風雪は二日間吹きまくって、夕方ごろからいくらかおさまった。なにか外が明るくなった感じだった。加藤は梁からおりて外へ出た。風景は以前と少しも変っていなかった。積雪がましたことは、眼で見ただけではわからなかった。白一色の世界は相変らず白一色でしかなかった。それから一時間ほどたって吹雪は一呼吸した。日は白山別山の方向に沈み、|夕《ゆう》|陽《ひ》が、新雪の山々を赤く染めていた。  その夕景は彼ひとりのものとしては美しすぎた。赤でも、桃色でも、他のいかなる色でもなかった。その色は、いま彼が見ているその瞬間だけのもので、過去においても将来においても再現できないと思われるような色だった。  太陽の光は、いま降りつもったばかりの雪の粒子の一つぶ一つぶのなかで燃えようとしていた。寒気と風圧で、凍り固められた雪面に反射する、あの非情な夕映えではなかった。むしろ、あたたか味があった。ふっくらとして厚みを感ずる、それはどこかに童女の|頬《ほお》を思わせるものがあった。  音が無いのが不思議だった。あれほど吹きまくった風が|嘘《うそ》のように|止《や》んでいることは、またしばらく|経《た》てば、猛然と吹き出す前の休息のように思えてならなかった。山のいただきのひとつひとつを、あれは何岳だというふうには見ていなかった。彼の眼にはすべての山も谷も一緒になってとびこんで来た。放心したような彼の眼には、めったに見ることのできない静けさがあった。  彼は自分を忘れて山の夕景に溶けこんでいた。ふと気がつくと、彼の手もまた赤くそまっていた。  彼ははっとしたように、眼を空に投げた。青空が夜を迎えようとしていた。日が山のかなたに消えると同時に山は冷酷な表情になった。彼は、薬師岳北尾根の上に月齢十四日の月を見た。太陽にかわったその月を見ていると、背筋が寒くなった。その月は、加藤にはただつめたい物体に思われた。  その夜夜半を過ぎてまた風が出た。飛雪が夜中、小屋の壁にブラッシュをかけていた。加藤は、風の音と、急激に冷えこんで来る温度から明日の晴天を予期した。夜が明けた。吹雪であったけれど、さほどひどいものではなかった。空から降る雪よりも、風で吹きとばされる雪の量の方がはるかに多かった。視界は、歩くのに不自由ないていどだった。  加藤は出発を決意した。吹雪の中の単独行は予定の行動だった。どのようにして、吹雪の呼吸の中をくぐり抜けるかが、この単独行を成功させるかどうかの境目だった。彼はアルコールランプで湯を沸かして、|魔法瓶《テルモス》の中へ入れた。梁の上の塒を、もとどおりにして、小屋を閉めて、そこを出るのに三十分とはかからなかった。彼の食事は、常に懐中にあった。いちいち、飯を|炊《た》き、|味《み》|噌《そ》|汁《しる》をすするというふうな面倒な食事の必要はなかった。  加藤は、彼が試作した|防風衣《ウインドヤッケ》を着用した。眼にあたる部分にセルロイドを縫いつけたものであった。たしかにそれは風に対して有効ではあったが、彼がおそれていたように、|呼《い》|吸《き》ぐるしかった。酸素の補給が、不足勝ちになった。彼はやむなく、口と、鼻に当る部分の窓を開いた。そうすれば、紫外線よけの眼鏡をかけるかわりに、セルロイドを縫いつけたというだけで、少なくとも顔面の部分については従来のウィンドヤッケとは違ってはいなかった。しかし、それ以外の点では、彼の試作品について、彼が満足し得るものは多かった。  彼のスキーは彼の足に密着していた。一歩一歩に損がなく、彼の|身体《か ら だ》を前にすすめ、起伏を越えていった。下り坂になると、彼は勇敢に滑った。その辺には、致命傷になるような|雪《せっ》|庇《ぴ》はなかった。|黒《くろ》|部《べ》五郎岳の下でスキーをアイゼンにはきかえていると、吹雪が彼を閉じこめた。だが彼は、そのちょっとした|瘤《こぶ》が、黒部五郎岳への登り口であることを疑わなかった。十一月の半ばすぎに、そこを歩いたとき確認しておいたところだった。  アイゼンを履いて、スキーを背負って歩くのは、強風の前に不安定な身体をさらけ出すことになるのだが、加藤には|馴《な》れた姿勢だった。黒部五郎の小屋を吹雪の中に発見して、加藤は時計を見た。十二時だった。その小屋に泊るにはやや早い時間だったが、|三《みつ》|俣《また》|蓮《れん》|華《げ》小屋までいくのも気がかりだった。冬山の行動は三時までが限界である。三時までに、三俣蓮華小屋までいけるかどうかが問題だった。  加藤はしばらく、吹雪の中に立って、風の強さを身体でこたえていた。かなりの吹雪だったが、数十メートル先まで見えた。彼は地図を出した。黒部|乗《のっ》|越《こし》の手前の二五一八高地までは、なだらかな下り坂の|稜線《りょうせん》で、道に迷うようなところではなかった。黒部乗越から三俣蓮華岳までの道は、見透しの効かないかぎり困難のように思われた。  地図の上に、十一月の|偵《てい》|察《さつ》の時に記入した注意事項が書きこまれていた。 「よし、二五一八高地までいこう。もし天候が悪かったら、引きかえして黒部五郎小屋泊りだ」  加藤は進退両面作戦を立てた。稜線を少しおりたところで、彼はスキーを履いた。スキーを履いたついでに、ポケットから、甘納豆とから揚げの乾し小魚を交互に出してぼりぼり食べた。|魔法瓶《テルモス》の湯を一口飲むと、生きかえったような勇気を感じた。  下り坂にスキーは有効だったが、黒部乗越を越えて、しばらく登ってからの、ふきさらしの雪の斜面ではもう使えなかった。加藤はアイゼンに履きかえた。  急にあたりが暗くなった。猛烈な吹雪に閉じこめられたのは、そこからだった。もしその天候悪化が、もう一時間早く来ていたならば、彼は黒部五郎小屋へ引きかえしたはずだったが、そこまで来れば、三俣蓮華小屋へいくより方法はなかった。  彼は吹雪の中でうずくまって、地図と磁石を出した。 「高い方へ高い方へと登るかぎりいつかは三俣蓮華の頂上に出るはずだ。そこで三角点を探し出すことだ。三角点が分れば、小屋の方向は分る」  それからは、高い方へ登るということ以外になにも考えなかった。  吹雪は彼を埋めつくそうとした。しばらくでも立止っていると、そこをめがけて、あらゆる方向から吹雪がおそいかかって来るように見えた。吹雪はしばしば、彼の前でうずを巻いた。雪炎が立ちはだかって行手をはばんだ。だが彼は、彼の手製のウィンドヤッケのセルロイドの窓から、冷静に風の動きを見守っていた。背後に風を負っているかぎり、彼の方向は間違えていないし、連続的に高所に足をすすめているかぎり、その上に三俣蓮華の頂上があることを信じて疑わなかった。  彼はピッケルをつきながら斜面を登っていくのだが、ときどき足が雪の中にもぐって、その足を引き出すのに思いのほか時間がかかった。  頂上の三角点は露出していた。三角点の石の標識のまわりを吹雪が舞い廻っているのを見詰めながら、加藤は、地図を開いて三俣蓮華小屋の方向をきめようとした。稜線をくの字におりていけばいいのだが、視界が全く効かない吹雪の中で方向を誤らずにおりていくことはむずかしいことであった。彼は地図と磁石を両手に持った。地図は四つに折りたたんであった。彼は、地図と磁石で歩こうとしたのである。彼は、進むべき方向を地図と磁石で求めて、その方向に現われる、なにかの目標物を待った。  吹雪が一呼吸すると、きっとなにかが見えた。それが岩である場合も、雪の|堆《たい》|積《せき》のちょっとした変形であることもあった。彼はそれに向って、歩数を数えて歩いた。一度に十メートル歩ければよい方だった。歩いた距離を鉛筆で、地図の余白にかきこみ、合計が百メートルになると地図にその行跡を二ミリの長さに記入した。吹雪になるとまた視界は消えた。だが彼は、地図と磁石と歩数で行跡図を書いていくことはやめなかった。  寒さで、手が凍った。地図を持っているゆびの感覚がなくなっていた。地図を風にとられるという心配もあった。彼は寒さで磁石が凍るということを聞いていた。磁石が凍るはずがないから、それは、磁石を動かす回転部分の油でも凍ることだと思っていた。彼はそのことを心配したが、その寒さでは磁石は凍らなかった。  加藤は、吹雪の中の単独行を、いままでになくつらいことに思った。ふたりだったらこういう場合、進行方向にひとりを立たせて、うしろから誘導していけば地図が正確であるかぎり、道を誤ることはなかった。  暗くなるまでに小屋につかなければ、雪中のビバークである。 「いよいよとなったら、稜線の風をさけて、|雪《せつ》|洞《どう》を掘るさ」  加藤はひとりごとをいった。それが彼を元気づけた。彼には雪の中に寝られる自信があった。既に体験ずみのことでもあった。疲労はしていたが、まだまだ余力があった。歩きながら、ちょいちょい食べているから腹は|空《す》いてはいなかった。  彼は|魔法瓶《テルモス》の湯をいっぱい飲んでから、前よりも元気に吹雪にいどんでいった。  三俣蓮華小屋は屋根だけ残して雪に埋まっていた。加藤は、残光のなかに、小屋を発見すると、すぐ小屋の発掘にかかった。十一月に来たとき、その辺に窓があった記憶があった。だがそこには窓はなく、いくら掘っても板壁しかなかった。  山は夜を迎えて本格的な暴風雪となった。ピッケルとスキーで雪を掘っていると、それらの道具と一緒に、彼の身体が吹き飛ばされそうであった。  加藤は小屋の板壁をピッケルで破った。やむを得ない処置だと思った。謝罪と充分な弁償はしなければならないと思った。この行為が、彼を眼の|仇《かたき》にしている一部の登山家たちの攻撃の的になることを自覚しながら、彼は小屋の一部に穴を明けた。 (おれは、雪の中のビバークをおそれてはいない。だがそれはいよいよのときのことである。小屋があれば、小屋に泊るのが正攻法である)  彼は自分にいいきかせていた。      13  吹雪が小屋を打つ音を聞きながら加藤は眠りつづけた。二日目の昼ごろになって吹雪の音が弱まると、それを待っていたように加藤は起き上ってすぐ地図を出して、懐中電灯を当てた。彼は次の行程を考えていた。|三《みつ》|俣《また》|蓮《れん》|華《げ》岳から|鷲《わし》|羽《ば》|岳《だけ》、黒岳、野口五郎岳、三ッ岳、|烏《え》|帽《ぼ》|子《し》|岳《だけ》と眼をやった。三俣蓮華の小屋を出ると、烏帽子岳までは小屋がなかった。  それまで彼がたどって来た上ノ岳から三俣蓮華岳までの間には黒部五郎小屋があったのに、その距離の一倍半にもおよぶこのルートには小屋がなかった。しかも、三俣蓮華岳から烏帽子岳までの稜線は、いままで歩いて来たところよりはるかに困難な地形が予想された。天気がよくて見とおしさえきけば、加藤の足には、その十三キロの距離はむずかしいものではなかったが、もし吹雪になったら、枝尾根に迷いこんだり、稜線からはずれて沢におりたりする可能性は充分あった。  加藤はときどき眼をつぶって、十一月に歩いたときのことを思い出そうとした。地図と地形とを記憶の中で比較しながら、その困難なルートについて、あれこれと思いをめぐらせていた。 (途中で天候が悪化したらどうする)  第一の加藤がいった。 「雪洞を掘ってビバークするさ」  第二の加藤が答える。 (寒いぞ、ものすごく寒いぞ) 「寒いことには|馴《な》れている。食糧はある」 (だが吹雪が、二日も三日も続いたらどうする) 「天候|恢《かい》|復《ふく》まで待つさ」 (自信があるのか) 「…………」  雪洞を掘って、その中に二日も三日もいた経験はなかった。自信があるかと聞かれれば返答にこまるのである。完全な雪洞を掘れば、中はあたたかいから、二日でも三日でも入っていることはできるだろうが、いまの加藤は完全な雪洞を掘る道具を持っていない。スキーとピッケルで完全な雪洞を掘るわけにはいかない。不完全な雪洞だとすれば、吹雪の状況の|如《い》|何《かん》によっては、かなり面倒なことになると思われた。 (どうなんだ加藤、自信がないなら、この小屋に泊って、幾日でも天気の恢復するのを待て、それから引きかえせ)  その心の声に加藤は、|相《あい》|槌《づち》を打とうとした。だが、すぐ第二の加藤が、それにはっきりと答えたのである。 「自信はあるぞ。たとえ幾日、吹雪が続いても、どっちみちおれは死なないという自信がある。やってやれないことはないという自信があるのだ」 (ではやるがいい)  二人の加藤は一人になった。  加藤は地図をおさめて、外の風に耳をかたむけた。おとろえを見せていた風は、以前にも増して強くなった。だが風の方向は少々南に変ったように思われる。 (これ以上悪い天気というのはない。天気が変るとすれば、よくなるということだ)  加藤は翌日の出発にそなえた。  明け方の寒気とともに眼を覚ますと風は静かになっていた。外に顔を出してみると、いつしか雪はやんでいた。 「さあ出発だ」  加藤は、懐中コンロにベンジン液を注入した。シガレットケース大のそれを毛糸の胴巻に入れるとわずかばかりの重みを感ずる。  彼はいつものような簡単な食事を取り、あと片づけをきちんとしてから小屋を出た。  風は依然として強く、地吹雪が稜線の上に燃えていた。  風が南に|廻《まわ》ったのは、低気圧が日本海に現われたのかも知れないと思った。すると、間もなく、風は西になり、ひどい吹雪になる可能性がある。  加藤は、このごくありふれた山の気象を知っていたからなんとしてでも、猛吹雪になる前に、危険な場所を通過して、少なくとも野口五郎岳まではいきたいと思っていた。  鷲羽岳の登りにかかると、風はさらにおとろえたが霧が出た。風よりも、始末の悪い霧に視界をさえ切られた加藤は、この日の行程が容易でないことを知った。鷲羽岳の登りも、雪がかたく、スキーを脱いで、アイゼンに履きかえねばならなかった。  鷲羽岳のいただきまではどうやら視界が効いたが、そこからはいよいよ濃い霧になった。氷の霧だった。どこにでも、触れれば氷の花をつくる霧だった。白い花は、加藤の身体中に咲いた。彼自身で作った奇妙なウィンドヤッケの呼吸をするための丸窓にも、氷の花が白く咲いた。セルロイドの|覗《のぞ》き|穴《あな》にもついた。ぬぐっても、ぬぐっても、しつっこく付着した。  風が強くなると、飛雪と霧がまじり合った。その気体とも固体ともつかない白い乱舞の中で、加藤はしばしば道を失って、長いこと立ちん棒しなければならなかった。  そのような悪天候の中でも、加藤は彼の歩くペースをわきまえていた。何分間歩いたから、地図上のどの位置あたりまで来ているはずだという計算が、つねに頭の中でなされていた。暗中|摸《も》|索《さく》はしなかった。たとえ、吹雪の中でも、彼は航法をつづけていた。歩速と磁石と地図とで、彼の進路は北へ北へと延びていった。  彼が、そのような悪条件の天候の中で、道を間違えずに行けるのは、別な見地に立って見れば、彼がひとりだからということにもなる。彼はたよるべき相手がいなかった。あらゆることを彼の責任においてなさねばならないから、ひとつひとつのことが慎重になされるのであった。  霧と飛雪の中の彼の航法は間違ってはいなかった。  加藤は見おぼえある黒岳の岩壁にぶっつかってほっとした。  彼はそこに荷物を置いた。そこから黒岳の頂上まで往復するつもりだった。烏帽子岳までの道程はまだ長い。黒岳の頂上を踏むことよりも、一刻も早く前進することの方が必要だったのに、彼はそれをしなかった。彼の時計は十二時を指していた。  彼は黒岳の頂上を目ざした。黒岳は標高二九七七メートルである。今度のルート中の最高峰であった。 (おれは山へ来たのだ)  登山の終局の目的は最高峰に立つことだった。彼のヒマラヤ貯金もヒマラヤの最高峰へ到着するためのものであった。歩くことは頂上へたどりつくための方便であった。彼は最高峰へ登る意義をそのように考えていた。  黒岳の頂上は|眼《め》をあけられないほどの吹雪だった。風は西にまわりつつあった。気温が降下して、霧が雪にかわった。暴風雪の様相になりつつあった。黒岳から野口五郎岳までの稜線は、あらゆる|苛《か》|酷《こく》な条件をそろえて加藤を待ち受けていた。  風は三十メートルを越えた。  大きな荷物を背負っていては、風に吹きとばされる危険があった。|雪《せっ》|庇《ぴ》もいたるところにあった。風のために|磨《みが》かれた氷盤もあった。雪の吹きだまりがあるかと思うと、アイゼンの|爪《つめ》も立たないように固く凍った雪盤もあった。  滑落の心配も、|雪崩《な だ れ》を起す可能性も、風に吹きとばされる危険性も、ぐずぐずしていて夜になってしまうと、凍死のおそれもあった。それに、ぶっそうこの上もないことは視界がきかないために、道を失うことであった。  しかし、加藤は冷静に、歩速と磁石と地図による航法をつづけていた。危険な場所に来ると、スキーとルックザックを別々に運んだ。そういうところが、数えきれないほどあった。時間はどんどん過ぎていった。三時を過ぎると、冬山の行動は停止することが原則だったが、加藤は、それを無視して歩いた。安全な場所までいって、穴を掘るつもりだった。 (どうだ加藤、少しは参ったか) 「どういたしまして、おれは、このまま一晩中歩いたって平気なんだ。それにおれは二晩寝だめしているから眠くはない。歩きながら、甘納豆を食べているから腹は減ってはいない、|魔法瓶《テルモス》には湯があるしな」 (だが加藤、疲労は突然襲って来るものだぞ、そのときになってあわてるな) 「おれは|素人《しろうと》じゃあない。疲労|困《こん》|憊《ぱい》にいたるまで歩くようなばかな|真《ま》|似《ね》はしない、体力に充分余裕があるうちに、ビバークする。そうすれば大丈夫だ」 (じゃあ、そろそろ、休んだら?) 「いやここはいけない。野口五郎岳を越えたところにいい休み場所があるのだ」  加藤は、自問自答しながら歩いていった。  薄暗くなっていた。  加藤は野口五郎岳を越えた。彼はまだ疲労を見せていなかった。頂上の三角点標石を懐中電灯で探すだけの余裕さえあった。  野口五郎岳を越えて、少々おりたところに|窪《くぼ》|地《ち》があった。そこは雪の吹きだまりになっていた。  加藤はスキーで、|竪《たて》|穴《あな》を掘った。彼の|身体《か ら だ》がようやく入れるだけの穴ができると、雨合羽で穴にふたをして、その下にもぐりこんだ。彼はその穴の中で、充分に食べ、湯を飲み、両方の手をズボンの下に入れて眼をつぶった。懐中コンロは、その小さな熱源から、無限のエネルギーを放射しているようにあたたかかった。  頭上に荒れ狂っている吹雪の音を聞きながら加藤は眠った。穴のふたは完全ではないから多少の吹きこみはあったが、寒くて眠れないほどではなかった。雪が吹きこむことより、雪によって、入口がふさがれてしまうことのほうが心配だった。  仮眠であった。二時間ほど眠って彼は眼を覚ました。ひどく寒かった。穴の中にいるのに、外にいるように寒かった。  懐中電灯をつけてみると、|雪《せつ》|洞《どう》のふたをした雨合羽の破れ穴から雪が吹きこんでいた。それだけではなかった。吹きこんだ雪はせまい雪洞を舞い廻っていた。そのまわりようが加藤には異常に感じられた。  懐中電灯で、吹きこんで来る粉雪の行方を調べてみると、雨合羽の破れ穴から吹きこんで来た粉雪は、彼の上半身に当って吹き散らされていた。一部は彼の身体の上部に舞いあがり、雪洞の上を廻って、また彼の|膝《ひざ》|元《もと》に帰って来た。雨合羽の破れ穴から吹きこんだ粉雪は、彼という障害物に衝突して、その流線がはなはだしく変えられていたのである。 「吹雪はやんだのだな」  と彼はいった。粉雪が吹きこんで来るところをみると、雪はやんで、地吹雪に変ったのだと思った。風と地物によって、たたかれ、摩擦された乾いた粉雪が、小さい穴から吹きこんで来て、雪洞の中を舞いあるくということは別にめずらしいことではなかったが、加藤は、雪洞の中の粉雪の動きに懐中電灯を当てながら、じっと考えこんでいた。 (気体というものは|面《おも》|白《しろ》い動き方をするものだ)  彼はそう思った。  彼がそこで気体と仮に定義したのは、粉雪を雪洞に運びこんで来る風のことであった。 (あの破れ穴が、ディーゼルエンジンの燃料噴射弁だとすれば、粉雪は噴射される重油の微粒子ということになる)  加藤はその着想に思わず、ほほえんだ。山を歩いていて、仕事のことを考えることも時にはあった。同僚たちとの感情問題や、仕事の上での、小さいトラブルが突然頭に思い浮ぶことがあったが、それらの多くは人と人との問題であった。技術そのものについて考えるということは、いままで一度もなかったことだった。 (雨合羽の破れ穴が噴射ノッズルで、あそこから、霧化された重油が吹き出されるとすれば、この雪洞は、いわば燃焼室である。そうすると、おれはピストンのヘッドに|坐《すわ》りこんでいることになり、雨合羽は、シリンダーヘッドということになる)  加藤は、シリンダーの中でピストンの動く行程を頭の中で順を追って考えた。  排気↓吸気↓圧縮↓着火↓爆発↓|膨脹《ぼうちょう》↓排気 (この行程の中でいま自分が置かれている状態は——圧縮行程が終り、まさに着火の瞬間である)  ピストンがシリンダー内の燃焼室内の空気の体積を限界まで圧縮したところに、噴射弁から、霧化された重油が送りこまれて来て、そこで着火爆発を起す。その寸前の状態のピストンのヘッドに坐りこんでいる自分を想像して、加藤は少々|滑《こっ》|稽《けい》な気がした。  ディーゼルエンジンの技術の中でいま問題にされているのは、この瞬間における燃料の霧化促進である。霧化された燃料が、燃焼室全体にまんべんなく分布された瞬間——つまり、燃料と空気の完全混合がなされた瞬間に着火することが、エンジンの効率を高めることであった。  このために、従来、噴射弁にいろいろの工夫がなされた。噴射弁の取りつけ位置や、燃焼室の大きさ、形状などいろいろと工夫されていたが、まだまだ改良の余地は充分にあった。 (ディーゼルエンジンの技術上の重要点は、いかにして霧化促進をやるかということにある)  加藤は海軍技師立木勲平のことばを思い出した。 「霧化促進、霧化促進……」  加藤は雪洞の中で、吹きこんで来る粉雪の流線を|眺《なが》めながら、彼の頭が異常に|冴《さ》えていくのを感じていた。 (粉雪はおれの身体にぶっつかって、舞い上り、天井に当ってまたもどってくる。粉雪はぐるぐる廻る)  加藤の眼が光った。  加藤は彼の身体を、ピストンのヘッドに坐っているそれではなく、ピストンのヘッドの一部として考えてみた。ピストンヘッドの奇形ができた。 「そうだ、ピストンのヘッドの形状を考えたらどうだろうか」  それまでピストンのヘッドの形状はあまり考えられなかったが、ピストンのヘッドの形状を、燃料の噴射方向に対してある傾斜を持たせたらどうであろうか。噴射されて来る噴霧状の燃料は、そのピストンヘッドの傾斜角度に助けられて、|竪《たて》の|渦《うず》|巻《まき》を作る。そうすれば燃料と空気との混合はよくなる。  加藤はその考えを実験に移すつもりででもあるかのように、自らの身体の位置をかえたり、胸をそらせたりしてみた。粉雪の流線は、彼の身体の動かしようによって変った。 (ピストンヘッドの形状をかえると、圧縮比の低下が考えられる。だから、ピストンヘッドの形状を変えると同時にシリンダーヘッドの形状も考慮せねばなるまい)  加藤の頭の中にシリンダーの概略設計図が書きあげられたころになって、外が明るくなった。夜が明けるには早い時間だった。加藤が穴から顔を出すと、丸い月が出ていた。  加藤は雪洞の中で考えついた霧化促進の原理を、もう一度まとめようとした。どこかに、考え方の上で大きなミスがありはしないかと思ってみた。機械学的に無理はどこにもなかった。ただこの案を持って帰って同僚たちに話したら、一笑に付されそうに思われてならなかった。彼は同室の人の顔をつぎつぎと思い浮べた。 「ばかな、そんな、かたわのようなピストンができてたまるものか」  そういって笑う顔とは別に、外山三郎と立木勲平の真剣な顔があった。 (よし帰ってから、設計してみよう。笑われないようにしっかりしたものを設計するのだ)  加藤は穴から外へ出た。  月が彼を待っていた。山々は、月の光を反射して輝いていた。懐中電灯をつけないでも歩けるほどの明るい雪の|稜線《りょうせん》を、彼は|烏《え》|帽《ぼ》|子《し》|岳《だけ》へ向って歩いていた。  彼が動くと、彼の影も動いた。動くものといったら、その二つだけであるような、月の山稜にいることを、彼はしみじみとすばらしいことだと思った。おそらく、月の光をたよりに雪氷に|凍《い》てつく|山《さん》|巓《てん》を歩いている者は、彼以外にはいないだろうと思った。  彼は、月が作り出す明暗に眼をやった。怪奇な表現もあり、優美な形もあった。そのような景観を、ことばや筆にできないことが残念だと彼は思った。  風はあったが、身に危険を感じさせるほどのものではなかった。アイゼンはよくきいた。アイゼンの立てる、悲しい音は、その夜は喜びの声に聞えた。あらゆるものが凍っているのに、どこからか山のにおいが感じられるほど、加藤の感覚は豊かであった。  疲労もなく、あせりもなく、彼は、淡い月の光の中につぎつぎと形をかえていく稜線の美しさに導かれながら、ゆっくり歩いていた。  明け方までには、烏帽子小屋につくことができるだろう。そこでひとねむりして、うまくいけば、明日のうちに濁小屋までいきつくことができるだろうと思った。  烏帽子小屋は雪に埋もれてはいなかった。強風のために雪は吹きとばされ、秋来たときと同じように月の光の中に|佇《ちょ》|立《りつ》していた。小屋の中は暗かったが、|誰《だれ》かが中にいるような気配が感じられた。  加藤文太郎は小屋の戸を|叩《たた》いた。厳冬期に、こんな小屋に人がいるはずがないと思いながら入口を探した。窓が簡単に開いた。小屋の中には雪の|堆《たい》|積《せき》がなく、意外に乾いていた。どこかに人のにおいがした。懐中電灯で部屋の中を照らすと、|三《みつ》|俣《また》|蓮《れん》|華《げ》の小屋と同じように、ふとんが、|梁《はり》にかけ渡してあった。  炉には、火が消えてまだそう時間が経過していない証拠に焼け残りの|榾《ほた》があった。  加藤は、その小屋にごく最近まで人がいたということを考えるだけで楽しかった。十二月三十一日の朝、大多和峠を越えてから、八日間、人には一度も会ってはいなかった。  ひとりで山を歩いた経験は多かったし、二、三日の間、まったく人に会わなかったことはあった。だが一週間以上も人に会わなかったのは、生れてはじめての経験であった。  人間以外の動物とも会わなかった。たいてい山小屋ではネズミの姿を見かけるものだが、今度の山行にはネズミの姿さえも見かけなかった。|兎《うさぎ》のあしあとも|羚羊《かもしか》のあしあともなかった。  加藤は死の世界について考えたことがなかったけれど、彼がこころみた山行は、いわば死の世界を訪問したようなものだった。だから、烏帽子の小屋で人のにおいを感じたとき、加藤は、現世へひきもどされたような気がした。 (誰が、この小屋へ泊ったのだろうか)  彼は懐中電灯で泊った人のあとを探した。登山家ならば、|缶《かん》|詰《づめ》のあきかんとか、包み紙の端切れとか、なにか、そういったものの|片《へん》|鱗《りん》を残しているはずであったが、そういうものはなく、囲炉裏のそばに、獣類の毛が落ちていた。犬のものらしかった。猟犬が落していった毛か、猟師が身につけている毛皮の毛かわからなかったが、どうやら小屋にいたのは、猟師のように思われた。  加藤はひとねむりして起きたら、その猟師に会えるのではないかと思った。人に会って話ができるということが、いまの加藤にとって最大の楽しみだった。  眼を覚まして時計を見ると十時を過ぎていた。日は高く上っていた。吹雪はやみ、青空の下に、彼が踏破して来た白銀の峰々が静まりかえっていた。だが|伏《ふっ》|角《かく》の視界に入って来る谷という谷には、霧がつまっていた。  彼はこういう場合、あとどうなるかよく知っていた。おそらく、二時間もすると、谷におしこめられていた霧は、|山《やま》|肌《はだ》に沿って動き出し、やがて山全体は吹雪の中に閉じこめられてしまうのである。  彼は出発の準備をした。  彼の山行計画はその終末に達しようとしていた。|黒《くろ》|部《べ》川の上流を左に眺めながら、Uの字型に歩いて富山県から長野県側に越えようとしていた。  加藤は小屋を出るとすぐ足跡を探した。犬をつれた|藁《わら》|靴《ぐつ》の足跡があった。足跡から見て、一日か二日前のもののようだった。  加藤はその足跡についていった。おそらく猟師は猟を終って帰途についたものと思われる。猟師の跡をつけていけば、間違いなく濁小屋にいきつくことができるだろうと思った。  間もなく彼の身体は濃い霧の中に入った。猟師の足跡に乱れがあった。そこまで下降して来た猟師の足跡は、そこから急に、斜面をふたたび登りだしたのである。どうやら獲物の足跡を発見してそのあとを追ったもののようだった。そうとしか考えられなかった。そうだとすれば、これ以上猟師の足跡を追うことはばかげているし、そんなことをしていると日が暮れてしまうおそれがあった。  加藤は烏帽子小屋へ引きかえそうかと思った。烏帽子小屋へ引きかえして、夏道を、濁小屋までおりるのがもっとも安全だと思ったが、ここまでおりてしまうと、深雪のなかを烏帽子小屋まで引きかえすことはかなり困難だった。  迷ったと気がつくと、悪い条件が一度に、前にずらりと並んだ。深雪、やぶ、|雪崩《な だ れ》の危険などであった。  スキーと輪かんじきとアイゼンを交互に使っていると、ひどく面倒くさく、時間がかかった。  雪崩のあとはいたるところに口をあけていた。雪崩をさけるために尾根伝いにおりていっても、やがては、どこかで、雪崩の可能性がある斜面を通過しなければならなかった。  彼は、自分自身を|叱《しか》った。人恋しさのあまり、猟師の足跡を追ったことが失敗のもとだった。  地図と磁石と、彼が歩いた時間を考えに入れると彼の位置は夏道より一つか二つ隣の尾根をたどっているように思われた。 「そうだとすれば、間もなく高瀬川にぶっつかるはずだ」  夜になって、霧が薄らぎ、やがて、月の光で、どうやら、おおざっぱな地形が観望できるようになると、加藤はそれまでよりも大胆に雪面を歩いた。遠くに滝の音を聞いた。それから間もなく彼は高瀬川の川原に行きついたのである。  川原の上に猟師と犬の足跡があった。猟師と犬に|翻《ほん》|弄《ろう》されたような気持だった。  加藤は疲労をおぼえた。腕時計を見ると夜の十時を過ぎていた。濁小屋には|筵《むしろ》がたった三枚しかなかった。八日間にわたる吹雪の山行の終着駅としては、あまりにも寒々としていた。猟師が立寄った気配もなかった。  加藤は小屋を出て、すぐ対岸に見える電力会社の社宅に眼をやった。そこには明りが見えた。  人が住んでいると思うと矢も|楯《たて》もたまらなかった。  加藤は戸を叩いて一夜の宿を|乞《こ》うた。電力会社の駐在員は、加藤の異様な姿を見つめたままで、しばらくは決心がつかないようだった。 「どこから来たのですか」  電力会社の駐在員は、きびしい眼を加藤に向けた。 「真川から山へ入って……」 「真川? というと富山県の真川ですか」  電力会社の駐在員はひどく驚いたようだった。真川から山を越えて来たことが|嘘《うそ》のように思われたらしかった。 「真川を十二月三十一日に出て……」  加藤の口の動きは寒さのために重かった。途中で言葉を切ってから、 「今日は何日ですか」  加藤は日を聞いた。山日記を見れば、日はわかるのだが、すぐ今日が何日かといえるだけの自覚に欠けていた。 「まあ、お入りなさい」  駐在員は加藤を家の中へ入れて、 「今日は一月の八日です」  といった。  加藤は、|風《ふ》|呂《ろ》に入れられ、暖かい飯を出された。|味《み》|噌《そ》|汁《しる》もあった。菜のつけものもあったし、干し|鱈《だら》もあった。甘納豆とから揚げの|乾《ほ》し小魚だけを食べつづけていた加藤にとって、この夕食は豪華に過ぎるものだった。 「山はひどかったでしょう」  食事のかたがついたころ、駐在員がいった。 「ずっと吹雪でした」 「そうでしょう。そんな山の中を、でっかい荷物を背負って、十日も……」  駐在員はわからないという顔だった。 「だが、無事に山を越えて来ました」  加藤はいった。 「そうですね。だが、それでいいのですかね」  駐在員はそれ以上のことはいわなかったが、加藤がやりとげたことが、想像を絶して、困難なことだということは充分理解しているようだった。  翌朝は雪が降っていた。  雪の中を十時に出発して、大町の駅についたのは午後の二時だった。松本で中央線に乗りかえ、さらに彼は|塩《しお》|尻《じり》、名古屋と二度乗りかえた。彼は乗りかえ以外の時間は汽車の中で眠りつづけていた。翌日の朝、名古屋で新聞を買った。 「関西山岳界の|麒《き》|麟《りん》|児《じ》加藤文太郎北アルプスで遭難か」  偶然に開いた三面に、加藤自身の名を見たときの加藤の驚きはたいへんだった。加藤はつぎつぎと新聞を買った。 「単独登山行の第一人者、加藤文太郎雪の北アルプスに消息を断つ」  という見出しもあった。  記事によると、十二月三十一日、大多和を出発して以来、九日にもなるのに|音《おと》|沙《さ》|汰《た》がないから、あるいは遭難したのではないかと書かれてあった。外山三郎の談話が載せてあった。 (加藤にかぎって遭難するようなことは絶対にありません)  加藤は、会社の外山三郎あて電報を打った。無事に下山したことと、神戸に到着する予定を知らせた。  加藤が神戸の駅におりると、十数人の新聞記者が彼をかこんだ。写真のフラッシュがきらめいた。矢継早の質問も受けた。  彼は、なぜ新聞記者がおおぜいでおしかけて来たのか判断に苦しんだ。新聞記者に騒がれるようないいことも、|勿《もち》|論《ろん》悪いこともしていないのに、これほど多くの人間が、彼を取り巻くことが不思議でならなかった。 「連日吹雪だったそうですね」 「食糧はどうしました」 「燃料は」 「なだれにはやられませんでしたか」 「たったひとりで十日間も吹雪の中を歩いて、越中から|信濃《し な の》へ越えたなどということは常識では考えられないことです。なにかそれを証明するものがありますか」 「あなたは登山予定を|誰《だれ》にもいわないで、山へ行ったというがほんとうですか」 「あなたが遭難するのは、あなたが好きでやったからしょうがないとして、はたの人にかける迷惑をどう考えていますか」  加藤は突立っていた。答えようがなかった。みんなが、自分を責めていることははっきりしているが、なぜみんなが自分を責めるか、それがわからなかった。  いちいち答えられなかった。黙っていると、それが肯定に取られるようにも見えたが、加藤は|頑強《がんきょう》に沈黙していた。その加藤の態度が新聞記者を|刺《し》|戟《げき》したようだった。  外山三郎が加藤にかわって新聞記者に応対していた。加藤を弁護する外山三郎の口のあたりを眺めながら、加藤は、いったい、なぜこんなことになったかをもう一度考えようとした。  加藤の腕を誰かががっちりと握った。 「こっちへ来い」  強い力は加藤を新聞記者の囲みからひっぱり出すと、駅の前に待たせてある自動車におしこんだ。  自動車に乗ってから、加藤は相手が藤沢久造であることを知った。 「えらいことをやったものだ」  藤沢久造は加藤にひとこといっただけだった。自動車は海の見える|館《やかた》の前で止った。藤沢久造は、加藤の荷物を、神戸登山会の事務室へ運びこんでから、彼をつれて、すぐ隣のホテルの地下室につれていった。 「ここのビフテキは|旨《うま》いぞ」  藤沢久造は、地下室へおりる途中の壁のステンドグラス製のマッターホルンを見上げながらいった。  ふたりは、ずっと前に、佐倉と園子が|坐《すわ》ったと同じところに腰かけた。  加藤はナイフとフォークを持ったまま考えこんでいた。 「加藤君、いっぱいやるかね」  加藤は首をよこにふって、 「藤沢さん、ぼくはいったいどうしたっていうんです」 「どうもしないさ、きみはおれと一緒にビフテキを食っているだけのことだ。飯を食ったら下宿へ帰って寝るんだな。新聞のことなんかあまり気にするな。とにかくきみは、誰にもできなかったことをやったのだ。単独行の加藤文太郎が完成したのだ」  そういって藤沢久造はコップのビールを飲みほした。 ※ 19行の昭和改元の詔書は外字がいくつか使われているようですが、文字を確認することができなかったため、一般的な表記に変更されています。底本をお持ちの方がおられたら、この部分の注記をお願いします。